↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
115/150

迷いの森④

『バカな……! あの大いなる深淵の結晶が……こんな小娘の一太刀で……っ!』


 フードの男は、両断され光を失った紫色の結晶の欠片を見つめ、信じられないというように首を振って後退した。


「さあ、お遊びは終わりだ。お前らの目的と、この瘴気の仕組み、洗いざらい吐いてもらおうか」


 イザヨイがネメシスソードの切っ先を向けたまま、冷徹な声で一歩踏み出す。

 圧倒的なステータス差は明白だ。逃がすつもりはない。


 だが、男はギリッと歯を食いしばり、顔のないフードの奥で不気味に笑った。


『……よかろう。今日のところは我らのデータ不足、素体の調整不足と認めよう。だが、これで勝ったなどと思うなよ、イレギュラー。……幽世の影は、すでにこの現し世の至る所に這い出ているのだからな』

「逃がすかよっ!」


 イザヨイが地を蹴り、剣を振り下ろそうとした、その瞬間。

 男の全身が黒い瘴気へと溶け出し、地面の影の中へ吸い込まれるようにして、完全に姿を消してしまったのだ。


「あ、逃げられた! ……クソッ、転移魔法か? それとも本当に幽霊みたいな特性なのか?」


 イザヨイが剣を振って周囲の空間を切り裂くが、手応えはない。

 残されたのは、魔法吸収の機能を失い、ただの岩の塊となったゴーレムの残骸だけだった。


「……はぁ。まあ、親玉も退かせたし、これでとりあえず魔物の異常発生は止まるかな」


 イザヨイはネメシスソードを虚空へとしまい、ホッと息を吐き出した。


「イ、イザヨイ様ぁぁぁっ!!」


 その直後、足元で固まっていたポックが、犬耳をピンと立て、尻尾を千切れんばかりに振って弾丸のように飛び付いてきた。


「す、すっげぇッス!! なんなんスか今の!! イザヨイ様、あんな凄い魔法使いなのに、剣の腕前もとんでもないんスね!? あのデカいゴーレムを一刀両断するとか、強すぎッス! オイラ、もう一生イザヨイ様についていくッス!!」

「あはは……まあ、そんな大層なものじゃないよ。ただの腕力だし」


 鼻息を荒くして目をキラキラさせる獣人の少年に、イザヨイは引き攣った愛想笑いを浮かべながら、必死に距離を保とうとした。


「でも、あの野郎もビビって逃げ出したッスね! これでテアトラムの街も平和になるッス!」

「うん、そうだね」


 ポックの頭をよしよしと撫でて宥めながらも、イザヨイの内心は、決して晴れやかなものではなかった。


(幽世の住人。そして、魔力を無効化する謎の結晶……)


 あのフードの男と結晶の存在は、イザヨイの『エターナルクレイドル』の知識から完全に外れているイレギュラーだ。

 今回のゴーレムは、たまたま物理攻撃(カンストステータスによる超火力)で押し切ることができたが、もし本当に魔法が一切通じない、あるいは反射してくるような強敵が現れたら?


(魔法しか使えない今の『固定砲台スタイル』じゃ、詰むかもしれない)


 イザヨイは、そっと自分の胸元を見下ろした。

 これまでは「やっぱり前衛で殴り合った方が楽しいから」という、一種の趣味やロマンの延長として、アラクネの糸を使った『揺れないインナー』を欲しがっていた。

 だからこそ、おっぱいが揺れる痛みに悩まされながらも、「魔法だけでサクサク狩れるなら、おっぱい防具作りも後回しでいいや」と、少し余裕をこいていた部分があった。


 だが、事態は変わった。

 これから先、未知の敵や魔法耐性を持つ強力なボスと戦うには、絶対に剣を振るってのインファイト――前衛での近接戦闘能力が必須となる。


(この暴力的なおっぱいの揺れと激痛に耐えながら戦うなんて不可能だ。アラクネ防具の作成……これはもう、ただの趣味じゃない。生存を懸けた最重要急務かもな……)


 事態の深刻さに、イザヨイは額に冷や汗を浮かべた。

 領主のコネをフル活用しても、必ず幻の職人を見つけ出さなければならない。


「……イザヨイ様? どうかしたッスか? 顔色が怖いッスよ……?」

「あっ」


 考え込んで険しい顔になっていたイザヨイに、ポックが犬耳をへにょんと下げて心配そうに尋ねた。


「いや! なんでもないよ!」


 イザヨイはハッとして、慌てていつもの花のような完璧な笑顔を作った。


「ちょっと、逃げられちゃって悔しかっただけ! でも、これで魔物の大群の発生源は叩けたんだし、街のみんなも安心して眠れるようになるね!」

「はいッス! イザヨイ様のおかげッスよ!」


 純粋に喜ぶポックの姿に、イザヨイも胸の内の不安を一旦奥へと押し込んだ。

 そうだ、今はまだ先の見えない脅威よりも、目の前の街を守り抜いたことを素直に喜ぶべきだろう。


「よしっ! ポックくん、街へ帰ろう! みんな心配してるだろうしね!」

「はいッス! ……あ、イザヨイ様。帰りもオイラがおぶっていくッスか!?」

「あはは、帰りは歩いて帰るよ! これ以上ポックくんの負担を増やすわけにはいかないからね!」


 ポックが分かりやすくシュンと耳を垂らしたのを見て、イザヨイは苦笑しながら『迷いの森』を背に歩き出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
元男だけに、背中におっぱい押し当てる感触目当てなのを察したかな? でも男だから気持ちは分かるので苦笑で済ませた、みたいな?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。