迷いの森③
『行け。そして喰らい尽くせ。あの目障りな城壁の街を、恐怖と絶望の底に沈めてやるのだ』
フードの男が腕を振り下ろすと、紫色の瘴気を放つ巨大なゴーレムが、「ギゴゴ……ッ」と鈍い岩の擦れ合う音を響かせて、ゆっくりと方向を変えた。
目指す先は、領兵たちとシルフィアが守りを固めているテアトラムの街だ。
「や、ヤバいッスよイザヨイ様! あんなのが街に行ったら……っ!」
ポックが犬耳をペタンと伏せ、震える声で叫ぶ。
「……あんな巨大な質量で突っ込まれたら、いくらシルフィアちゃんでも防ぎきれない。魔法が全部吸収されちゃうなら、防衛線の意味がない……っ!」
イザヨイも焦燥感に唇を噛んだ。
王都の精鋭騎士団がいようと、物理的な質量と「魔法無効化」という絶対的アドバンテージを持つこの化け物の前では、城壁など容易く粉砕されてしまうだろう。
ズシン、ズシン……
ゴーレムの一歩が、大地を揺らす。
だが、その動きを観察していたイザヨイは、ふと目を細めた。
(……魔法吸収の能力はあるけど、動き自体は普通のゴーレムと大差ないな。遅いし、機動力は普通なのか)
魔法が効かない。
ならば、どうするか。
答えは一つ。極めてシンプルで、ゲーマーとしての『イザヨイの真骨頂』であった。
「ポックくん。ちょっと離れてて」
イザヨイは静かに告げると、右手を虚空にかざした。
シュァァンッ……!
空気が震え、何もない空間から一振りの漆黒の片手剣――『ネメシスソード』が現れ、イザヨイの白魚のような手に握られた。
『クハハハハ! なんだそれは?』
イザヨイが剣を構えたのを見て、フードの男は笑い出した。
『魔法が通じぬからといって、細腕の魔導士が剣など握って何とする? その核は魔力を喰らうだけではない。物理衝撃すらも減衰させる絶対の耐性を持つ! 貴様の脆弱な筋力で振るう玩具の剣など、傷一つ付けられぬわ!』
魔法特化の魔導士が、苦し紛れに近接武器を振るう。
それはRPGにおいて、魔力切れを起こした初心者が取る最も愚かで滑稽な末路だ。
男の嘲笑は、極めて真っ当な反応だった。
「……耐性があるって? へぇ、それは楽しみだね」
だが、イザヨイの口角が、不敵に吊り上がった。
次の瞬間。
「ッ……!!」
イザヨイは左手で、自身の豊かな双丘をガシッと上から押さえつけた。
ドレスの上からコルセットごと強くホールドし、これ以上の遠心力と揺れ(それに伴う激痛)を物理的に封殺する。
(よし、片手は封じられるけど……このデカい的になら、スキル無しでも十分届く!)
「せぁぁぁぁッ!!」
ドンッ!!
イザヨイが地面を蹴った。
その踏み込みだけで、足元の土がクレーターのように爆ぜる。
魔法使いとは思えない――いや、超一流の騎士すらも凌駕する凄まじい脚力と突進速度。
『なっ……!?』
フードの男の嘲笑が、驚愕に凍りついた。
男の視界から、銀髪の少女がブレて消えたのだ。
「ギガァッ!?」
のっそりと歩を進めていたゴーレムが、眼前に迫る小さな影に気付き、迎撃しようと丸太のような巨大な腕を振り上げる。
遅い。あまりにも遅すぎる。
「もらった!!」
イザヨイはゴーレムの懐へ瞬時に潜り込むと、大地を蹴って高く跳躍した。
左手で胸の揺れを抑え込んだまま、右手に握られたネメシスソードを、月下で黒く煌めかせる。
狙うは一つ。
ゴーレムの胸部に妖しく輝く、全ての元凶である紫色の結晶。
「ふんッ!!」
気合と共に、イザヨイの腕が振り下ろされる。
レベル200。
「魔法が使えるが、基礎ステータスは完全に物理攻撃特化」という、ピーキーすぎる魔導剣士のカンスト筋力が、片手剣という器に乗せて爆発した。
ズバァァァァァァァァァァンッ!!!!
漆黒の剣閃が、紫の結晶を――いや、ゴーレムの分厚い岩の装甲ごと、完全に両断した。
『ギ……ギギ、ギィィィッ!?』
「魔法と物理耐性」という男の自慢など、まるで紙くずでも切るかのような一切の抵抗もなく、結晶は綺麗に二つに割れ、その輝きを失った。
「ズドォォォォンッ!!」
核を破壊された紫のゴーレムは、断末魔の音と共に全身から黒い瘴気を噴き出しながら、ガラガラと崩れ落ち、ただの巨大な土塊と化して地面に沈んだ。
「……ふぅ。やっぱり、硬い敵は物理でカチ割るに限るな」
イザヨイはネメシスソードの刀身をスッと払い、左手を胸から離して、乱れた銀髪をサッとかき上げた。
『ば、ば、馬鹿な……ッッ!?』
崩れ落ちたゴーレムの残骸を前に、フードの男は完全にパニックを起こし、数歩後ずさった。
『あ、あり得ない!! あの絶対耐性の核が……あのような細腕の魔導士の剣で、両断されるなど!! き、貴様は……貴様は一体、何者なのだッ!?』
男の声には、先程までの余裕は微塵もなく、純粋な恐怖と混乱だけが渦巻いている。
イザヨイは、ポカンと口を開けて硬直しているポックの横をすり抜け、ネメシスソードの切っ先をフードの男へと真っ直ぐに向けた。
そして極上の美少女の顔で笑顔を浮かべながら、勝ち誇ったように宣言した。
「残念だったな。魔法使いだと思って油断した? ……俺、実はこっちの方がメインなんだわ」
美少女の口から放たれた『俺』という一人称と、その圧倒的な武の力。
フードの男にとって、それはどのような大魔法よりも恐ろしく、理不尽な絶望の宣告であった。




