迷いの森②
「シュルルルル……ッ」
フードの男が腕を振り上げると、地面から噴き出した漆黒の瘴気が、まるで粘土を捏ねるように形を成していく。
瘴気の塊が急速に実体化し、ゴブリンやオークといった醜悪な魔物たちへと変貌し、咆哮を上げて周囲を埋め尽くし始めた。
「イザヨイ様! あれッス! オイラが見たのも全く同じ光景ッスよ!!」
「やっぱり、あいつが魔物増産の元凶で間違いないみたいだね」
イザヨイは冷静に状況を判断し、右手を素早く掲げた。
「連鎖せよ、《チェーンライトニング》!」
紫電が走り、先頭のオークを起点に、湧き出たばかりの数十匹の魔物たちへと雷撃が枝分かれして直撃する。
バリバリッという凄まじい放電音と共に、生まれたての魔物たちは一瞬にして黒焦げの塵と化した。
『ほう……?』
フードの男が、僅かに興味深そうな声を漏らす。
『この数の影を一瞬で焼き払うか。これほどの魔力を持つ魔導士など、そうそういるものではない。……なるほど、お前が計画を邪魔したイレギュラーか』
「計画だか何だか知らないけど、迷惑なんだよ! 大人しく消えろ!」
イザヨイが鋭く睨みつけるが、フードの男は全く動じていなかった。
『ククク……良い素体だ。我らの大いなる実験、その試金石としてこれほど相応しい相手はいまい』
男が再び両腕を掲げると、先程よりもさらに濃厚で巨大な黒い瘴気が、地面からドス黒い渦を巻いて噴出した。
「ガキィィィン……ッ」
岩が擦れ合うような重低音と共に瘴気の中から姿を現したのは、全長四メートルを超える巨大な岩の塊――ゴーレムだ。
だが、通常のロックゴーレムとは全く違う。
その表面は禍々しい赤黒い色をしており、全身から先程の『黒い瘴気』をゆらゆらと立ち昇らせている。
「イザヨイ様! あんなゴーレム、見たことないッス!」
ポックが後ずさる。
(確かに、エターナルクレイドルのモンスター図鑑にはないデザインだ。……でも、ゴーレム系なら魔法の耐性は低いはず)
イザヨイが次なる魔法の準備に入ろうとした、その時。
フードの男は懐から、紫に妖しく光る八面体の水晶を取り出した。
『さて。この高純度の魔力を前にして……どれほどのデータが取れるか、良い実験になりそうだ』
男はそう呟くと、その水晶を無造作にゴーレムの胸部――コアがあるであろう場所へと埋め込んだ。
ゴォォォォォンッ!!
水晶が埋め込まれた瞬間、ゴーレムの全身の岩肌が、赤黒い色から毒々しい紫色へと一気に変色し、放たれる瘴気の密度が爆発的に跳ね上がったのだ。
『さあ……見せてみろ。結晶を核とした疑似生命体がどこまで通じるか。……いい実験になる』
「……ッ、何をしたのか知らないけど、デカい的が増えただけだよ!」
イザヨイは左手を空へと突き上げた。
出し惜しみしている余裕はない。最大火力で一気に粉砕する。
「貫け! 《ライトニングスピア》!!」
上空から収束した極大の雷の槍が、紫のゴーレムの脳天を目掛けて、一直線に落下した。
Aランクのグリフォンを一撃で沈めた強力な単体攻撃魔法。
ズドォォンッ! という轟音と共に、凄まじい閃光が森を照らし出す。
「やったッスか!?」
ポックが目を輝かせて叫ぶ。
だが――
閃光が収まった後、目に飛び込んできた光景に息を呑んだ。
「嘘だろ……!?」
紫のゴーレムは、無傷で立っていた。
それどころか、雷の槍が直撃した頭上の空間から、胸に埋め込まれた『紫の水晶』に向けて、強大な雷の魔力がズルズルと吸い込まれていくのが見えたのだ。
『ギギ……ガガガッ……』
魔力を吸収しきった水晶が妖しく輝き、ゴーレムの巨体がさらに一回り大きくなる。
「ま、魔法が……吸収された……!?」
「イザヨイ様!? 雷が効いてないッスよ!?」
ポックがパニックになって後ずさる。
(魔法を吸収する敵……エターナルクレイドルにもそういう仕様のボスはいた。特定の属性を吸収して回復したり強化されたりする厄介なギミックだ。……でも!)
イザヨイが驚愕しているのは、魔法が効かなかったことではない。
この『紫色のゴーレム』も、胸に埋め込まれた『水晶』も、そして『幽世』という言葉も。
カンストまでやり込んだゲームの知識データベースのどこを探しても、完全に『存在しない(見覚えがない)』からだ。
(……マジかよ。こいつら、俺の知ってるゲームの枠から完全に外れてるぞ……!)
エターナルクレイドルのシステムにおいて、『魔法吸収』の能力を持つボスモンスターは確かに存在する。
しかし、それは特定の魔法属性を無効化し、自身のHPを回復するというギミックであり、あのような「水晶のアイテム一つ」で強制的に属性魔法を全て無効化するようなチート機能ではなかったはずだ。
(あんな仕様、ゲームには絶対に無かったぞ! ……マジで、こいつら何なんだ!?)
未知のギミック。ゲームの常識が通じない相手。
イザヨイの心に、この世界に来て初めて、明確な『焦り』が生まれた。
『クハハハハハッ! どうした? 自慢の魔力が通じずに絶望したか?』
フードの男が、嘲笑うように腕を広げる。
『この核は、現し世の魔力構造を全て喰らい尽くす。魔法が通用しない無敵の存在……さあ、どうやって抗うつもりだ、魔導士よ!』
紫に輝く異形のゴーレムが、地響きを立てながらイザヨイへと歩みを進める。
絶対的な火力だった魔法が封じられた今、最強の美少女魔導士は、未知なる脅威を前に最大の試練に立たされていた。




