極上の感触
「イザヨイ様ー! 早く来ないと日が暮れちまうッスよー!!」
カルゼオンから続く街道を外れ、目指す『迷いの森』へと向かう平原の道なき道。
先頭を駆けるポックが、ぴょんぴょんと犬耳を揺らしながら遠くから手を振っている。
「ちょっと待ってよ……! そんなに急がなくても……っ!」
イザヨイはドレスの裾を摘み、極端な小股で必死に後を追っていた。
カンストステータスの持ち主であるイザヨイの敏捷性が低いわけではない。本気を出せば、ポックを置き去りにする速度で走ることも可能だ。
だが――今のイザヨイには、全速力で『走れない』物理的かつ絶望的な理由があった。
ズシンッ、ドフンッ!
一歩少し大きめに踏み出すたびに、胸元の『暴力的な双丘』が、遠心力と重力のダブルパンチを受けて、上下左右に荒れ狂うように揺さぶられるのだ。
(ぐぅっ……痛てぇっ……! ち、千切れるっ!! コルセットごと弾け飛ぶわ!!)
イザヨイは誰にも聞こえないよう小声で悲鳴を上げながら、両腕で必死に胸の揺れを押さえつけていた。
これこそが、イザヨイが前衛での戦いを諦めざるを得ない最大の理由。
魔法使いの固定砲台ならまだしも、移動を伴う戦闘や長距離のダッシュは、この巨大すぎるメロン二つを抱えた状態では、文字通りの激痛を伴うのだ。
(クソッ……! どうしてこんな目に……いや、そもそもキャラクリで最大までデカくした俺が全部悪いんだけどさ!!)
自己嫌悪と胸の痛みに悶絶していると、先を走っていたポックがタタタッと戻ってきた。
「イザヨイ様、大丈夫ッスか? なんだか顔色悪くて、胸のあたり押さえてるッスけど……どこか苦しいんスか?」
ポックが心配そうに覗き込んでくる。獣人特有の純粋で曇りのない瞳。
「えっ!? あ、いやっ! なんでもないよ!」
イザヨイは慌てて腕を下ろし、不自然な作り笑いを浮かべた。
『おっぱいが揺れて痛いからです』などと言えるわけがない。
「その……私、魔法ばっかり使ってて体力がないから……走るの、ちょっと苦手で……」
とりあえず無難な「か弱い魔法使いアピール」で誤魔化すことにした。
「なるほど! そういうことだったんスね!」
ポックはパァッと顔を輝かせ、ポンと手を打った。
そして、イザヨイの目の前でクルリと背を向け、しゃがみ込んだのだ。
「え?」
「だったら、オイラが背負って連れていくッス! さあ、乗ってくだせぇ!」
「ええっ!? い、いやいや! いくらなんでもそれは悪いよ! 私、結構……重いかもしれないし……」
(主にこの無駄な脂肪のせいで、見た目より重量あるからな!)
だが、ポックは犬耳をピンと立て、自信満々に尻尾をブンブンと振った。
「何言ってんスか! イザヨイ様くらい細くて軽いお嬢さんなら、羽根みたいなモンっス! オイラ、獣人だから力と体力には自信あるッス。大男でも背負って山道走れるくらいなんスから!」
「えぇー……」
「このままゆっくり歩いてたら、森の中で夜になっちまうッス。トレントが一番活発になるのは夜なんスよ。ここはオイラに任せてくだせぇ!」
ポックの言うことは理にかなっている。
このままおっぱいの痛みに耐えて小股で歩き続ければ、ただでさえ不気味な森の夜間探索という最悪の状況に陥る。
「……じゃあ、ちょっとだけ、お願いしてもいいかな」
「はいッス! どーんと任せるッス!」
イザヨイは覚悟を決め、ポックの背中にそっと手を回し、おんぶされる形で体を預けた。
ギュッ
「――うひゃっっっ!!!!?」
イザヨイが体を預けた瞬間。
ポックの口から、声にならない奇妙な絶叫が漏れ、彼の全身がカチンコチンに硬直した。
「え? ポックくん? どうしたの?」
イザヨイが首を傾げて背中から声をかけると、ポックは振り返ることもできず、ただ小刻みに震えている。
「い、いやぁぁぁっ! な、なんでもねぇッス!! オイラ、ちょっと……足がつりそうになっただけッス!!」
ポックは声の裏返りを必死に誤魔化しながら、頭から湯気を噴き出さんばかりに顔を真っ赤にしていた。
無理もない。
イザヨイのあの『暴力的な双丘』が、薄いドレスとコルセット越しに、ポックの背中に思い切り、隙間なく、完璧に密着してしまったのだ。
(ななな、なんスかこの感触ぅぅぅぅっ!?)
ポックの脳内は、恐怖の魔物に対する警戒心など一瞬で吹き飛び、完全な大パニックに陥っていた。
背中に押し付けられる、信じられないほどの弾力。自分の体温と混ざり合う、甘くて柔らかい感覚。
さらに、顔のすぐ横からふわりと香ってくる、イザヨイの石鹸と花のようないい匂い。
ポックも獣人とはいえ、年頃の健全な男の子である。
こんな絶世の美少女の最強武器を背中に押し付けられて、冷静でいられるはずがない。
「やっぱり、重かったかな? 無理しなくていいよ、降りようか?」
「だ、ダメッス!!!」
イザヨイが気遣って体を離そうとすると、ポックは弾かれたように叫び、イザヨイの太ももをガシッと掴んで固定した。
「お、男に二言はねぇッス! オイラが連れて行くって言ったんスから、絶対にイザヨイ様を森の奥まで無事にお運びするッス!!」
ポックは顔を赤くしながらも立ち上がる。
(これ以上密着されたらオイラの理性がぶっ飛んじまうけど、ここで降ろすのも男としてカッコ悪いッス! ……っていうか、この感触、正直天国すぎるッス!)
「そう? じゃあ、ごめんね。お言葉に甘えるよ」
イザヨイが完全にリラックスして、さらに「ぎゅっ」と体重を預けたことで、双丘のプニッという感触が、ポックの背中の神経を直撃する。
「ひぐっ……!」
ポックは変な声を漏らしながら、必死に煩悩を振り払うように首をブルブルと横に振り、そのままものすごい勢いで駆け出した。
タタタタタタッ!!
「わぁっ! すごい速い!」
イザヨイが感嘆の声を上げる。
確かに獣人の脚力は凄まじく、イザヨイを背負っているとは思えないスピードで草原を駆け抜けていく。
イザヨイにとっては、おっぱいが揺れる痛みもなく、快適なドライブ(?)である。
だが――
ポックが走る。当然、地面を蹴るたびに上下の振動が発生する。
そして、振動が発生すれば、イザヨイの胸は重力に従って動き……ポックの背中で、リズミカルに、かつ情赦なく『バウンド』し続けることになるのだ。
ポフンッ、ムギュッ
走る。
ポフンッ、ムギュッ
「あわわわわ……っ」
ポックは涙目になりながら、舌を噛まないように必死に口を真一文字に結んだ。
(や、やばいッス! 走るたびに、背中で天国が弾んでるッス!! 集中しろオイラ! 前だけを見るッス!! 魔物の気配を探るんだ!!)
ポックの優れた五感は今、森の危険を察知するよりも先に、背中の極上の感触と匂いに全神経が持っていかれそうになっていた。
イザヨイは、そんな下で死闘を繰り広げる思春期獣人の苦悩など知る由もなく、「おー、風が気持ちいいなー」と暢気に景色を楽しんでいる。
『迷いの森』までの道のりは、ポックにとって、命の危機に瀕するワイバーン討伐よりも、ある意味で人生最大の、精神的かつ肉体的な『最難関クエスト』と化していたのである。




