獣人の斥候
それから二日後。
テアトラムの街に行軍の足音が響き渡った。
王都から派遣された、王国第一騎士団の本隊である精鋭部隊がついに到着したのだ。
これで街の防衛は盤石なものとなり、いよいよイザヨイの元凶討伐作戦が開始される時が来た。
作戦の最終確認のため、イザヨイは再びアルドリックの屋敷を訪れていた。
「よくぞ来てくださった、イザヨイ殿」
執務室に招き入れられたイザヨイを、アルドリックとアンドリューが迎える。
「騎士団の到着で街の防衛は完璧です。これで心置きなく作戦を決行できるな」
アンドリューが力強く頷く。
「はい、いつでも出発できますよ」
「おお、頼もしい。だがその前に、貴女に紹介しておきたい者がいるのだ」
アルドリックが部屋の隅に控えていた小柄な影を呼び寄せた。
「ポック、こちらへ」
「は、はいッス!!」
元気よく飛び出してきたのは、身軽な革鎧に身を包んだ、十代後半くらいの青年だった。
彼の最大の特徴は、頭の頂点からピョコンと生えた犬のようなフサフサの獣耳と、お尻で千切れんばかりにパタパタと振られている尻尾である。
エターナルクレイドルの種族設定にある『獣人』だ。
魔法適性が低い代わりに、人間を凌駕する身体能力と、発達した五感(嗅覚・聴覚)を持つ種族である。
ポックと呼ばれた獣人の青年は、イザヨイの姿を見るなり、カッと目を輝かせ、犬の尻尾をブォンブォンと振り回しながら猛烈な勢いで駆け寄ってきた。
「おおおおっ!! 本物ッス!! 本物のイザヨイ様ッス!!」
「うわっ、ち、近っ!?」
ポックはイザヨイのギリギリ手前で立ち止まり、キラキラとした尊敬の眼差しで見つめた。
「オイラ、ポックって言うッス! 二日前の魔物の大群の時、城壁の上からイザヨイ様のすっげぇ魔法見てたッスよ! あんな派手な氷魔法、生まれて初めて見たッス! もうオイラ、超感激ッス!!」
「あ、ありがとう、ポックくん……」
イザヨイは、本物の犬のような人懐っこさと尋常ではないハイテンションに、完全に気圧されながらも引き攣った笑顔を返した。
(すげぇ尻尾の振れ幅。ちぎれないのかなアレ)
「コホン。ポック、イザヨイ殿が困っておいでだぞ」
「あ、すんませんッス!」
アルドリックが咳払いをすると、ポックは慌てて姿勢を正した。
「イザヨイ殿。今回の『迷いの森』への探索ですが、彼を案内役として同行させてほしいのです」
「案内役ですか?」
「ええ。『迷いの森』はただの森ではありません。あの中には『トレント』という、大樹に擬態して森の地形そのものを変えてしまう魔物が多数生息しているのです。並の冒険者では、一度入れば二度と出てこられない」
アルドリックの説明に、イザヨイも納得した。
ゲーム内でも『迷いの森』系ダンジョンは、延々とループさせられる面倒なギミックがあった。
「ですが、獣人の優れた嗅覚と方向感覚を持つ彼ならば、トレントの擬態を見破り、最短距離で森の奥へと貴女を導けるでしょう。……それに、もう一つ理由があります」
アルドリックが深刻な顔でポックを見ると、ポックの耳と尻尾がピンと張り詰め、真面目な顔つきに変わった。
「実はオイラ……数日前の斥候の時、森の奥でその『黒い瘴気』の魔物を直接見たッス」
「えっ、見たの?」
イザヨイが身を乗り出す。
「はいッス。木の上から隠れて見てたんですけど……あの黒いモヤモヤした瘴気の中から、ゴブリンやオークなんかの魔物が、ボトボトって……まるで『湧き出してくる』みたいに生まれてきたんスよ!」
「湧き出してきた……?」
イザヨイの目が驚愕に見開かれた。
「オイラ、あんなの見たことないッス。あのまま放っておいたら、魔物が無限に湧き続けて、また何千匹って群れになって襲ってくると思ったから……急いで街に戻って報告したッス」
ポックの報告は、衝撃的なものだった。
アルドリックやアンドリューも、その話を聞いて再び顔を険しくしている。
だが、イザヨイの心の中では、別の次元の「異常事態」に対する警鐘がガンガンと鳴り響いていた。
(……ちょっと待てよ。黒い瘴気の中から、魔物が湧き出す?)
イザヨイは記憶の中のエターナルクレイドルのシステムを必死に検索した。
(そんな能力を持ったボスキャラなんて、聞いたことがないぞ。魔物の召喚スキルを持つボスはいるけど、瘴気から『無限に湧き出す』なんて、どう考えても通常のゲームシステムの範疇を超えてる……)
魔物暴走の元凶は、ただの「強いボス」ではない。
まるで、ゲームの世界の『バグ』か何かのような、異質の存在。
(……これは俺の知ってるゲームの知識だけじゃ、完全に対応しきれないかもしれないな)
イザヨイの額を、一筋の冷や汗が伝う。
無双できると高を括っていた討伐クエストが、急に得体の知れない「不確定要素」を含み始めたのだ。
「イザヨイ殿。危険な任務となることは承知しております。しかし、あの瘴気を止められるのは、貴女の大魔法しかありません。どうか、ポックの案内で森の深部へ赴き、元凶を討ち果たしてください」
アルドリックが再び深く頭を下げた。
「……分かりました。ポックくん、案内よろしくね」
「はいッス! イザヨイ様の足手まといにならないよう、オイラ全力で道案内するッスよ!!」
イザヨイは表面上はいつもの自信満々な笑みを浮かべて頷いたが、内心では、かつてないプレッシャーと、謎に対する警戒心で心臓をドクンと鳴らしていた。
(何が起きるか分からないな。……これは、少し本気でかからないとヤバいかもしれない)
最強の美少女魔導士と、ハイテンションな犬系獣人。
奇妙な二人の探索パーティは、不気味に静まり返る『迷いの森』の最深部へと、いよいよその足を踏み入れることとなる。




