イザヨイの提案
ベッドの上で、シルフィアの理不尽な(ある意味真理を突いた)『豊胸魔法教えなさいよアタック』から必死に逃げ回るイザヨイ。
しかし、これ以上騒ぎを長引かせれば、他のボロまで出かねないとセンサーが警鐘を鳴らした。
「ス、ストーップ!! シルフィアちゃん、待って! こんなことしてる場合じゃないでしょ!!」
「何よ!」
イザヨイが大きな声で叫び、両手でバツ印を作る。
シルフィアは不満げに手を止めた。
「まだ終わってないじゃない! あの『黒い瘴気の魔物』は、まだ森の奥に潜んだままでしょ!? 元凶を討伐してないのに、こんなとこでおっぱい揉もうとしている場合じゃないって!」
「も、揉んでないわよっ!」
シルフィアは顔を赤くして言い返したが、イザヨイの言葉の真理には反論できなかった。
コボルトリーダーもオーガの群れも退けたが、敵の親玉は一度も姿を見せていない。
「……そうね。あんな不気味な気配を残したままじゃ、テアトラムの平和は守りきれないわ。で、どうする気?」
シルフィアが杖を握り直し、Aランク冒険者の真剣な眼差しで尋ねる。
ボルグたち三人も、息を呑んでイザヨイの次の言葉を待った。
「私に一つ提案があるんだけど」
イザヨイは不敵な笑みを浮かべ、シルフィアに顔を寄せた。
◇
数時間後。
「おお……! シルフィア殿、そしてイザヨイ殿! お二人のおかげで、このテアトラムは救われました! なんと感謝の言葉を述べればよいか!」
領主代行であるアルドリックの広大な屋敷の、重厚な会議室。
集まった武官や騎士たちが見守る中、上座に座るアルドリックが、立ち上がって二人の少女に深々と頭を下げていた。
「どういたしまして。Aランク冒険者として、当然の仕事をしたまでよ」
「私たちも、増援としてのお役に立てて光栄です」
イザヨイも『星屑の聖衣』の裾をつまみ、優雅にカーテシーを返した。
「いやはや、本当に良かった……。これでようやく、民も安眠できるというもの――」
アルドリックが安堵の息を吐きかけた、その時だった。
「まだよ。まだ安心できる状況じゃないわ」
シルフィアが、冷や水を浴びせるような低い声で言葉を遮った。
「えっ……? いや、大群は殲滅し、残党も森へ逃げ帰りましたが……」
「甘いわね。あの群れの奥にいた『黒い瘴気を纏った魔物』。……あいつが姿を見せなかった以上、この街の脅威はまだ何も去っていないのよ」
「……!」
「そしてその奥から……『黒い瘴気』の気配を感じたの。あれが元凶よ。あれを放置しておけば、すぐにまた四度目、五度目の襲撃があるはずよ」
シルフィアの宣告に、会議室の空気が一気に凍りつき、武官たちの顔から血の気が引いた。
「そ、そんな……! まだ終わっていないと言うのか……!」
「黒い瘴気などという未知の化け物に、我々の疲弊した兵力でどう立ち向かえば……!」
絶望が部屋を包み込みそうになった瞬間、イザヨイが一歩前へと進み出た。
「だから、私が提案します」
イザヨイの凛とした声が響き、全員の視線が集中する。
「あと数日もすれば、王都からの騎士団の増援がこの街に到着するはずですよね? ならば……増援が到着して防衛の態勢が完全に整い次第、私が一人で『迷いの森』の奥へ入り、その元凶を倒してきます」
「なっ……!?」
アルドリックが目を見開き、アンドリューも驚愕に顔を上げた。
「イ、イザヨイ殿! 一人で森の奥へ向かうなど、いくら貴女でも危険すぎます! 元凶を断たねばならないのは分かりますが……っ」
「大丈夫です」
イザヨイはアンドリューの制止を笑顔で遮った。
「もう三度も大規模な襲撃があったんです。元凶を絶たない限り、テアトラムに真の平和は来ません。それに……」
イザヨイはシルフィアを見た。
「私が森の奥へ向かっている間、もし親玉が別の群れを街に差し向けてきても……ここにはシルフィアちゃんと、到着した王都の騎士団がいます。彼女たちが街を守り、私が元凶を討つ。これが一番確実で、被害を抑えられる作戦だと思いませんか?」
理路整然とした提案。
確かに、イザヨイの圧倒的な単体火力を元凶に向け、広範囲制圧に長けたシルフィアと軍隊で街を守るというのは、戦術的に最も理にかなっている。
しかし、アルドリックはまだ顔を青ざめさせていた。
「理屈は分かります。ですが……得体の知れない強力な化け物が潜む森へ、貴女一人を行かせるわけには……! もし、万が一のことがあれば……!」
それは、カルゼオン領主からの賓客であり、街の大恩人である少女を、死地へ向かわせることへの当然の躊躇いだった。
だが、その懸念を吹き飛ばしたのは、他でもないシルフィアだった。
「……心配ないわ。行かせなさい」
シルフィアが杖をドンッと鳴らし、力強い声で断言したのだ。
「え?」
「わたしが保証するわ。この子……イザヨイの実力は本物よ。悔しいけど、わたしの氷結魔法よりも上の次元にあるわ。だからこの子が森へ行けば、絶対にその黒い親玉を消し炭にして帰ってくる。……わたしは、そう信じてる」
シルフィアついさっきまで、嫉妬と劣等感で泣きじゃくっていた。
だが今は、一人の冒険者として、仲間として、イザヨイの『実力』を誰よりも正当に評価し、全幅の信頼を置いている。
Aランク冒険者の誇りにかけてイザヨイの実力を全肯定したのだ。
その言葉の重みに、武官たちも息を呑んだ。
「シルフィアちゃん……」
「ふんっ」
イザヨイも少し驚いて見ると、シルフィアは顔を赤くしてそっぽを向いた。
「アンタがヘマして死んだら、わたしの見る目がなかったってことになるんだからね! 絶対生きて帰ってきなさいよ!」
そのやり取りを見て、アルドリックは深く、深く息を吐き出し、覚悟を決めたように力強く頷いた。
「……承知いたしました。イザヨイ殿の提案、お受けいたします」
アルドリックは居住まいを正し、二人の少女に向かって深く頭を下げた。
「王都の増援が到着し次第、イザヨイ殿には『迷いの森』の調査及び元凶討伐を。そしてシルフィア殿には、引き続きこの街の絶対防衛を依頼いたします。……どうか、テアトラムの未来を、お二人に託させてください!」
「はいっ! お任せください!」
「当然よ!」
イザヨイが元気よく返事をし、会議室には悲壮感ではない、来るべき決戦に向けた熱い士気が満ちていった。




