偽りの設定
「ひぐっ……うぅ……」
シエルの胸でしばらく泣きじゃくっていたシルフィアが、ようやく落ち着きを取り戻し、真っ赤に腫らした目を袖で擦った。
「落ち着いた?」
「……撫でないでよ」
シエルが優しく頭を撫でるとシルフィアは弱々しく抵抗したが、その声にはいつもの刺はなかった。
泣き晴らした赤い目と、少し乱れたプラチナブロンドのツインテール。
その痛々しい姿に、イザヨイはズキリと良心の呵責を感じていた。
(う~ん、一人の女の子のプライドをここまでズタズタにするのは流石に気が引けるな。……よし、仕方ない。ここは、この場に集まった仲間たちを納得させる『悲劇のヒロイン設定』を開示して、シルフィアちゃんの疑念と劣等感を払拭するしかない!)
イザヨイは一つ深呼吸をし、四人に向き直った。
「シルフィアちゃん。ボルグさんたちも。……今まで隠してて、ごめんなさい」
静かでどこか悲しげな声色(演技)。
その響きに、シエルに寄りかかっていたシルフィアもハッとしてイザヨイを見た。
「……私の本当の過去の話をします。どうして私が、規格外の魔法を使えるのかという理由も」
ボルグ、シエル、クローザーが固唾を呑む。
シルフィアも涙を拭い、ジッとイザヨイを見つめた。
「実は……私、人里離れた森の奥深くで、お母さんと二人きりで、誰にも会わずにひっそりと暮らしていたんです」
イザヨイはここに来るまで道中で、シミュレーションしていた「王道ファンタジー悲劇のヒロイン設定」を、少し憂いを帯びた表情で語り始めた。
「お母さんは……とある大きな国の、王族の『隠し子』だったらしいんです。でも、存在を知られれば権力争いに巻き込まれて暗殺されてしまうから、身分を隠して逃げ出し、ずっと私と二人で隠れ住んでいました」
「王族の……隠し子……」
ボルグが驚愕に目を見張る。
「お母さんは魔法の才能があったみたいで、私にもその才能があったみたいでした。私は外の世界を知らなかったから……お母さんを喜ばせたくて、ただひたすらに、お母さんから教わるままに魔法の特訓を続けてきたんです」
イザヨイは少し俯き、切なげに目を伏せた。
「だから、自分がどれくらいの実力なのか、外の冒険者と比べてどれくらい強いのか……全く自覚がなかったんです。《ダイヤモンドダスト》がどれだけすごい魔法なのかも、今日シルフィアちゃんに言われるまで、本当に知りませんでした」
イザヨイは、ゲーマー特有のスラスラとしたアドリブで嘘の設定を組み立てていく。
(これなら、世間知らずで魔法の加減が分からない理由付けにもなるだろう)
イザヨイは内心でガッツポーズを作った。
「……でも数年前、お母さんは重い病気で亡くなってしまって……。ずっと一人で森で生きてきたんですが、とうとう蓄えも尽きてしまって、外の街へ出てきて……冒険者になったんです。だから、右も左も分からなくて」
話し終えると、部屋にはしんとした沈黙が落ちた。
「……っ」
「イザヨイ、お前……そんな壮絶な過去を……」
ボルグが天を仰ぎ、大粒の涙を堪えるように目を瞬かせている。
「……ずっと、寂しかっただろうに。気付いてやれなくてすまなかった」
クローザーが前髪の奥で痛ましく目を細めた。
「イザヨイちゃぁぁぁん……っ!!」
シエルに至っては、シルフィアを解放して今度はイザヨイに抱きつき、ワンワンと号泣し始めた。
「そんなに重い運命を背負って……一人で頑張ってたのね……! これからは私が、お母さんの代わりにいっぱい甘やかしてあげるからね!」
「あ、あはは……ありがとうございます、シエルさん」
三人の予想を遥かに超える過保護な同情っぷりに、イザヨイは冷や汗を流しながら苦笑した。
(嘘設定なのに、めっちゃ罪悪感湧いてきた……)
しかしシルフィアだけは、まだ完全に納得したわけではなかった。
泣き晴らした目で、イザヨイが着ている豪華絢爛な『星屑の聖衣』をじっと見つめ、鼻声で尋ねた。
「……じゃあアンタがいつも着てる、その無駄にキラキラした服は何なのよ。森の奥で隠れ住んでたのに、そんな上流貴族みたいなドレス、おかしいじゃない」
「えっ」
イザヨイの言葉が詰まった。
(しまった! この『星屑の聖衣』の出所の理由を考えてなかった! どうしよう、森の奥で自作したとか言えば――)
イザヨイが必死に言い訳を脳内検索しようとした、その時だった。
「ちょっとシルフィアちゃん! なんてデリカシーのないこと聞くの!」
泣いていたシエルが、般若のような顔でシルフィアを叱りつけた。
「そ、そんなの……『お母さんの形見』に決まってるじゃないの!!」
「えっ?」
シルフィアだけでなく、イザヨイもぽかんと口を開けた。
「隠し子とはいえ、元は王族の血を引くお方なんでしょ!? だったら、逃げ出す時に王家の宝物である最高級のドレスの一つや二つ、持ち出していてもおかしくないじゃない! それを、一人残されたイザヨイちゃんが、お母さんの思い出としてずっと大切に着ているのよ! そうよね、イザヨイちゃん!?」
「あっ、はい! そ、その通りです!! これ、お母さんの形見なんです!!」
イザヨイは迷うことなく、その完璧すぎる解釈(シエルの妄想)に乗っかった。
(シエルさん、ナイスアシストすぎる! ていうか俺、短時間で考えた設定の割には、我ながらめっちゃ良いシナリオ組めたんじゃないか!?)
イザヨイは内心で自画自賛し、ホッと胸を撫で下ろした。
「そ、そう……。形見だったのね。ごめんなさい、嫌なこと聞いちゃって……」
さすがのシルフィアも、それ以上追及するのは酷だと思ったのか、申し訳なさそうに視線を落とし、小さく謝った。
「いいんだよ、シルフィアちゃん。これで、私のこと信じてくれる?」
イザヨイが優しく微笑みかけると、シルフィアは顔を赤くしてプイッとそっぽを向いた。
「ふ、ふんっ。まあ、そういう事情なら仕方ないわね! アンタの非常識な強さも、一応納得してあげるわ!」
これで一件落着――
と、誰もが思っていた……
「……でも。まだ納得いかないわ」
シエルの胸から離れ、立ち上がったシルフィアが、依然としてジト目でイザヨイを睨みつけていた。
「魔法の強さは才能と修行だとして……そのドレスが形見だってのも、まあ百歩譲って信じてあげるわ」
シルフィアは、イザヨイの胸元へとビシッと指差した。
「じゃあそれは何よ!! そのあり得ないくらいデカいおっぱいは!!」
「……へっ?」
突然のシビアな指摘に、イザヨイは目を丸くした。
「森の奥で、お母さんと二人きりで質素に暮らしてたくせに、なんでそんな立派に育つわけ!? 絶対おかしいわ! ……分かったわ、魔法ね!」
シルフィアの顔に、嫉妬に狂った名探偵のような推理の光が宿った。
「アンタ、魔法の才能があるのをいいことに、自分の胸を大きくする『豊胸の魔法』でも開発したんでしょ!? そうよ、絶対そうに決まってるわ!!」
完全に言いがかりの嫉妬である。
だが……
「……確かに。いくらなんでも、あそこまで大きいのは不自然よね。魔法の力で盛ってるって言われたら、納得しちゃうわ……」
なぜかシエルまでが腕を組んで、ジト目でイザヨイの胸元を睨み始めたのだ。
ボルグとクローザーは、この手の話題に入ると致命傷を負うことを理解しているため、顔を真っ赤にして天井を見上げ、気配を消している。
しかし、聞き耳はしっかり立てているのは男の性というものだろう。
「えっ、ちょ、違う! そんな魔法ないって――」
イザヨイは慌てて両手を振って否定したが。
(……いや、待てよ? 俺のおっぱいがデカいのは、ゲームのキャラクリでスライダーを最大まで引っ張ったからだ。ってことは……自分で好きにいじって大きくしたんだから、シルフィアちゃんの『魔法で大きくした』って推理、ある意味では当たっているような……?)
その事実に気付いてしまったイザヨイは、咄嗟に返す言葉が見つからず、不自然に口をパクパクさせて沈黙してしまった。
「やっぱり……!」
そのイザヨイの一瞬の沈黙と動揺を、Aランク冒険者の鋭い勘は見逃さなかった。
「ほらっ!! 図星じゃない!! 言葉に詰まったわね!!」
シルフィアが勝ち誇ったように叫び、イザヨイに詰め寄る。
「アンタ……ズルいわよ! 魔法でデカおっぱいにして、魔女の威厳も人気も独り占めする気ね! その魔法わたしにも教えなさいよぉぉぉっ!!」
「わわわっ! 違うって! 魔法じゃないから! 教えられないからぁっ!」
「ウソよ! じゃあなんでそんなにデカいのよ! 証拠を見せなさいよぉ!」
「や、やめてっ、引っ張らないで! 千切れるぅっ!」
悲劇のヒロイン感動の身の上話から一転。
高級宿の客室は、Aランク幼女魔導士の嫉妬に狂ったおっぱい追及と、必死に胸元を隠して逃げ回る巨乳美少女の、前代未聞のドタバタ劇へと急展開していくのだった。




