Aランク冒険者の威厳崩壊
重厚な木製の扉がバタンと閉まり、シルフィアの広い客室は密室と化した。
部屋の中央、ふかふかの絨毯の上に四人を立たせたまま、シルフィアは腕を組み、仁王立ちでイザヨイたちを睨みつけた。
「さあ、吐きなさいアンタたち。この『イザヨイ』っていう女が、本当は何者なのか……隠さずに全部言いなさい!」
シルフィアの切っ先が、ボルグ、シエル、クローザーの三人へ向けられた。
「へっ? イザヨイが何者かって……?」
「いや、俺たちはカルゼオンのギルドで出会っただけで……訳あって金がないって言うから、一緒にオーク討伐に行ったのが始まりだが」
「……その時から、イザヨイの魔法の威力は規格外だった。グリフォンを瞬殺するほどにな」
クローザーが淡々と事実を述べる。
「そうよ。本当に天才的な魔導士で、私たちの可愛い仲間よ! それの何がおかしいの?」
しかし、その答えはシルフィアの求めるものではなかったらしい。
「そうじゃないわよ!! わたしが聞いてるのは、そういう上辺の活躍じゃないの! この女の『素性』よ! どこで魔法を学んだのか、どこの国の出身なのか、なんであんな高等魔法をほぼ無詠唱で連発できるのかって聞いてるのよ!!」
「えっ……」
「いや、そんなこと言われても……俺たちも知らねぇよ」
ボルグたちが顔を見合わせると、シルフィアは信じられないというように目を剥いた。
「はぁっ!? 知らないって……アンタたち、同じパーティなんでしょ!? 今までずっと一緒にいて、どうしてこの女の異常さに気付いて、問い詰めようとしなかったのよ!!」
シルフィアの激しい追及に、三人は少し気まずそうに、だが確かな信念を持って答えた。
「……そりゃあ、疑問に思ったことはあるさ。でもな」
ボルグが腕を組み、静かに言った。
「……確かにイザヨイの素性は怪しいかもしれない。だがな、シルフィア。俺たちは、あえて深くは聞かなかったんだ」
「なんでよ!」
「冒険者ってのはな、誰でも一つや二つ、言えねぇ過去や、人には言いたくねぇ事情を抱えて生きてるもんだ。俺だって、クローザーだって、シエルだってそうだ」
「……」
「イザヨイは俺たちを何度も助けてくれた。仲間として信用してる相手を、無理に問い詰めて疑うような真似は、俺はしたくねぇんだよ」
「……ああ。同感だ」
クローザーが短く同意する。
「イザヨイは俺たちにその事情を話さない。でも、俺たちが危ない時は、いつもその『規格外の魔法』で助けてくれた。……俺たちを仲間として信じて、背中を預けてくれたんだ」
「……」
「だから俺たちも、こいつを仲間として信じる。素性がどうであれ、こいつが俺たちの『イザヨイ』であることに変わりはねぇんだからな。無理に探りを入れるような、野暮な真似はしねぇよ」
シエルも優しく微笑み、イザヨイの肩に手を置いた。
「そうよ。イザヨイちゃんがいい子だってことは、私たちが一番よく分かってるもの」
その過保護なまでの信頼と温かい言葉に、イザヨイは罪悪感で胃をキリキリと痛ませていた。
(うっ……中身男で設定捏造してるだけなんて、絶対に言えない……)
しかしその美しい仲間の絆も、シルフィアにとっては全く納得のいくものではなかった。
「……信じられない。アンタたち、本当におめでたいわね」
シルフィアは震える声で呟き、イザヨイをキッと睨みつけた。
「いい? この女が今日使った《ダイヤモンドダスト》はね……王都の宮廷魔導士の中でも、最上位の数人しか使えないような、高等魔法なのよ! それをあの規模で、しかもほぼ無詠唱に発動するなんて……人間の魔力キャパシティじゃ不可能なのよ!!」
「へえ、そんなすげぇ魔法だったのか」
シルフィアの必死な訴えに、ボルグはと呑気に感心していた。
クローザーも妙に納得している。
魔法の専門知識がない人には、その「異常性」のベクトルが上手く伝わっていないようだ。
その彼らの鈍感な反応が、ついにシルフィアの心の糸をプツリと切ってしまった。
「……なんで、みんな普通にしてるのよ」
ポツリと、シルフィアの口から零れた声が震えていた。
「わたしは……Aランクの冒険者よ。何年も血の滲むような修行をして、やっと氷の魔女って呼ばれるようになったのに……。わたしでさえ、《ダイヤモンドダスト》なんて使えないのに……ッ!」
シルフィアの目から、大粒の涙がポロポロと溢れ落ち始めた。
「なのに……ぽっと出のEランクの女が、あんな大魔法をポンポン連発するなんて……! 信じられるわけないじゃない……っ!!」
杖が床に落ち、カランと虚しい音を立てた。
シルフィアは両手で顔を覆い、しゃがみ込んでしまった。
「今まで何度も、酒場でも駐屯所でも、イザヨイが『氷の魔女』だって勘違いされたわ……! わたしは悔しくて否定したけど……でも、あんな魔法を見せられちゃ……」
グスッ、としゃくり上げる声が部屋に響く。
「わたしよりイザヨイの方が……ずっと『氷の魔女』にふさわしいじゃない……っ! わたしなんかより、ずっと強くて、美人で……っ、おっぱいもデカくて……っ!! もう、氷の魔女って名乗っても、誰も信じてくれないじゃないのよぉぉぉっ!!」
手柄を奪われた悔しさ、圧倒的な実力差を見せつけられた絶望、そして同性としてのプロポーションへの理不尽な嫉妬。
それらが全てごちゃ混ぜになり、Aランク冒険者の威厳は完全に崩壊し、まるで迷子になった子供のように、声を出してワンワンと泣き出してしまったのだ。
「あわわっ、シルフィアちゃん! 泣かないで!」
その痛々しい姿に、一番に動いたのはやはりシエルだった。
慌ててシルフィアのそばに膝をつき、その小さな背中を優しく、母親のようにポンポンと撫で始めた。
「よしよし、辛かったわねぇ。悔しかったわねぇ。……大丈夫よ、シルフィアちゃんの頑張りは、私たちがちゃんと分かってるからね」
「うぇぇぇんっ! シエルさんのバカーッ! 子ども扱いするなぁぁっ……!」
いつもなら「触らないで!」と強がって逃げ出すシルフィアだったが、今のシルフィアにはそんな心の余裕は残っていなかった。
シエルの法衣に顔を押し付け、大きな瞳からボロボロと涙を流し続けている。
その様子を、ボルグとクローザーはオロオロと見守り、そして事件の元凶であるイザヨイは――
(……やばい。俺、完全に一人の少女のアイデンティティとプライドを粉々に粉砕してしまった。これは……どうやってフォローすればいいんだ!?)
突然の「幼女のガチ泣き」という予期せぬフラグ回収に直面し、ただただ冷や汗を滝のように流して立ち尽くすことしかできなかったのである。




