不機嫌なシルフィア
「おおおっ……! シルフィア様! そしてイザヨイ殿! なんとお礼を申し上げればよいか……!」
魔物の大群が完全に退き、勝利の歓声が上がる戦場。
テアトラムの兵士長が、兜を小脇に抱えて駆け寄り、二人の前に深々と頭を下げた。
その背後では兵士たちが互いの無事を喜び合い、勝利の余韻に浸っている。
「本当にお二人の大魔法がなければ、我々は今頃どうなっていたか……。この街を救っていただき、感謝の念に堪えません!」
普通であれば、この状況でシルフィアは「ふんっ、まあこのくらい当然よ! さあもっと崇めなさい!」と杖をふんぞり返ってドヤ顔を披露する場面である。
しかし――シルフィアの様子は、明らかにおかしかった。
「……ええ。どういたしまして。わたしは自分の仕事をしただけよ」
言葉尻こそ冷静を保っているが、そのツインテールは小刻みに震えていた。
大きな瞳は、隣で愛想笑いを浮かべているイザヨイを、親の仇のようなジト目でねちっこく、ひたすらに睨みつけ続けていたのだ。
「えっ……? あ、あの……何かご不満な点でも……?」
「いえ! 何でもないわ! お疲れ様でした兵士長!」
シルフィアが不機嫌そうにピシャリと撥ね退け、兵士長は困惑した顔でペコペコと下がり、去っていった。
(う、うわぁぁ……。完全にロックオンされてる。この後の尋問タイム、マジで逃げ道ないな……)
イザヨイは顔に引き攣った笑顔を張り付けたまま、背筋に冷たい汗が流れるのを感じていた。
原因は明確だ。先程の防衛戦で、イザヨイが《ダイヤモンドダスト》という、シルフィアですら習得していない魔法を、こともあろうにほぼ無詠唱で発動してしまったことである。
「ただのEランク」という誤魔化しが、もはや通用しないレベルの大事故を起こしてしまったのだ。
「おおーい! イザヨイ!」
そこへ、血塗れの大斧を肩に担いだボルグが、クローザーとシエルを引き連れて駆け寄ってきた。
「お前ら、お疲れさん! いやぁ、凄まじい魔法の連発だったな! お前たちのおかげで、俺たちもかなり楽させてもらったぜ!」
ボルグが白い歯を見せて豪快に笑う。
「ええ。二人とも、本当に見事な連携だったわ。……でも、無理はしてないわよね? 大丈夫?」
シエルが心配そうにイザヨイの顔を覗き込む。
「……見事な戦果だ。このまま黒い瘴気とやらが現れなければ、それに越したことはないがな」
クローザーも周囲を警戒しながら、安堵の息を吐いた。
過保護な三人組の温かい言葉に、イザヨイもようやくホッとした表情を浮かべようとした時だった。
「ありがとうございます、皆さんも無事でよかっ――」
「ちょっとアンタたち」
シルフィアが、イザヨイの言葉を遮るように、低く鋭い声で三人に呼びかけた。
その声のトーンに、ボルグたちはビクッと肩を揺らした。
「え、あ、はい。どうしました、シルフィアちゃん?」
シエルが恐る恐る尋ねると、シルフィアは杖をトンッと地面に突き、三人とイザヨイを交互に睨みつけた。
「今から、色々と『聞きたいこと』があるの。……街の片付けが落ち着いたら、わたしの泊まってる宿の部屋に集合しなさい。いいわね?」
「えっ……? 聞きたいことって……」
「来・な・さ・い。……いいわね?」
有無を言わさぬAランク冒険者のドス黒いオーラ。
ボルグたちは直立不動で頷くしかなかった。
「……フンッ」
シルフィアは踵を返し、ズンズンと大きな足音を立てて宿屋の方角へと歩き出した。
その途中、声をかけてきた兵士が居たが……
「シルフィア様、ありがとうございました!」
「今は話しかけないでちょうだい!!」
と、八つ当たりのように怒鳴り散らし、兵士は完全に怯えて泣きそうになっていた。
「……なあ、イザヨイ。あいつ、なんであんなに不機嫌なんだ? 俺たち何かマズいことしたか?」
「……いや。マズいことしたのは、多分……いや、完全に私ですね……ははは……」
イザヨイは遠い目をして、乾いた笑いを漏らすことしかできなかった。
数時間後。
街の防衛処理と事後報告を済ませた四人は、重い足取りで高級宿『月白の白鳥亭』の、シルフィアの部屋の扉の前に立っていた。
「……なんか、すっごく嫌な予感がするわね」
「ああ……。怒られるような心当たりはないが、あの気迫は異常だ」
クローザーも弓を背負い直し、少し緊張している。
「あの、私が矢面に立つんで……適当に話を合わせてもらえますか……?」
イザヨイが死にそうな顔で二人に耳打ちした直後。
「遅いわよ! さっさと入りなさい!」
中から響いたシルフィアの怒声に、四人は「失礼しまーす……」と、まるで校長室に呼ばれた問題児のような顔で、ぞろぞろと部屋へと連れ込まれていくのだった。




