魔物の襲撃④
「《アイスニードル》!! くそっ、やっぱり数が多すぎるわ!」
「シルフィアちゃん、こっちは大きな奴から間引くね!」
広い平原での防衛戦。
シルフィアとイザヨイの二人がかりであっても、千を超える魔物全てをカバーしきれるものではなかった。
そこで二人は、陣形を脅かすような大型のオーガや、突進力のあるオークを中心に的を絞って魔法を撃ち込むことにした。
その作戦は功を奏し、氷によって大型の脅威を削られた魔物の群れは、確実にその勢いを殺されていた。
「よし! 大型の魔物はあらかた片付いたぞ! 各員、押し返せ!!」
「オオオォォォッ!!」
アンドリューの号令と共に、テアトラムの領兵たちとカルゼオンの騎士団が、一糸乱れぬ盾の壁を前進させる。
陣形の隙間から抜け出してきたゴブリンやコボルトといった小型の魔物たちは、士気の上がった兵士たちの槍と剣によって次々と討ち取られていった。
「ハァッ! どけ、雑魚ども!!」
「ボルグ、右から三体来る!」
「回復は任せて!」
ボルグの大斧が魔物を吹き飛ばし、クローザーの矢が確実に急所を射抜き、シエルが彼らを守る。
三人の冒険者たちも、Bランクの意地を見せつけるように、前線で奮闘していた。
イザヨイとシルフィアの圧倒的な火力サポートにより、防衛線は崩れるどころか、逆に魔物を押し包むようにして安定した戦線を維持し続けていた。
「よしっ、ここが踏ん張りどころね……!」
シルフィアが杖を両手で強く握り直す。
前方には、最初の《アイスストーム》で氷像と化し、完全に身動きが取れなくなった数十体のオーガやオークが壁のように並んでいる。
「吹き荒れろ、真空の刃! 《ウィンドストーム》!!」
シルフィアの詠唱と共に、杖の先から緑色の魔力の波動が放たれた。
発生した猛烈な突風が、無数の不可視の風の刃となって、氷漬けにされた魔物たちへと襲い掛かる。
ピキッ、パキンッ!
絶対零度の氷に覆われ、細胞まで凍てついていた魔物たちの巨体は、風の刃の物理的な切断力に耐えきれず、氷ごとズタズタに切り裂かれ、粉々に砕け散っていった。
「おおおっ!! 魔女様、すげぇ!!」
「あの硬いオーガが、氷ごと粉微塵だぜ!」
後方の兵士たちから、歓声と畏敬のどよめきが沸き起こる。
だが、隣でその魔法を見ていたイザヨイの頭の中には、大きなクエスチョンマークが浮かんでいた。
(……え? なんで今、風魔法を使ったんだ?)
イザヨイの『エターナルクレイドル』の知識が、激しく首を傾げている。
このゲームの魔法システムには、明確な属性相性が存在する。
氷魔法は、対象を「凍結状態」にするという強力なデバフ効果を持つ代わりに、魔法自体の基礎攻撃力は少し低めに設定されていた。
それを補うために設定されていたのが、『凍結状態の敵に対し、雷属性の攻撃すると、ダメージ倍率が1.5倍になる』という、強力なコンボボーナスである。
だからこそ、イザヨイは効率を重視して「氷魔法」と「雷魔法」のスキルツリーをピンポイントで習得し、氷漬けにした相手を雷で粉砕するという戦法である『氷雷コンボ』を愛用しているのだ。
ワイバーン討伐でも、まさにそのセオリー通りに戦った。
(でも……氷と風の属性には、特にシナジーボーナスなんて設定されてなかったはずだぞ。氷像に風の刃を当てたって、凍結解除の物理ダメージ判定が入るだけで、威力が上がるわけじゃないし)
シルフィアは「氷の魔女」と呼ばれているが、風魔法も使えるらしい。
だとしたら、なぜ雷魔法を習得せず、威力にシナジーのない風魔法を選んだのか。MP効率を考えれば、絶対に雷の方が良いはずなのだ。
(もしかして……この世界では、属性のシナジー効果の概念が存在しないのか? それとも、シルフィアちゃんが雷魔法を苦手にしてるだけ?)
ゲームと現実の『違い』。
イザヨイがそんなシステム的な考察に没頭している間にも、戦場の空気は一気に変わりつつあった。
「やったぞ!! 魔物の動きが止まった!」
「後続がいない! 俺たちの勝ちだァァッ!」
兵士たちの中から、狂喜の叫びが上がり始めた。
イザヨイがハッとして前を見ると、黒い濁流のように押し寄せていた千の魔物の大群は、兵士たちの奮闘と二人の大魔法によってあらかた殲滅され、残っていた数十匹も背を向けて森の方へと逃げ出していくところだった。
「……終わったわね。なんとか、防ぎ切ったわ」
シルフィアが杖を支えにして、大きく息を吐き出しながら汗を拭う。
その顔には、Aランク冒険者としての仕事をやり遂げたという、疲労と達成感が入り混じっていた。
「お疲れ様、シルフィアちゃん。すごい魔法だったよ」
「ふんっ、当然よ」
イザヨイが笑顔で労うと、シルフィアは得意げに笑い返した。
(とりあえず、これで第二段階はクリアか。でも……)
イザヨイは、逃げていく魔物たちの向かう先――薄暗く不気味な気配を放ち続ける『迷いの森』の奥を、油断なく睨みつけた。
(あの黒い瘴気の親玉は、結局出てこなかった。……なんか、まだ嫌な予感がするな)
歓喜に沸く戦場の中で、イザヨイとシルフィア、アンドリューたち指揮官クラスの人間だけは、気を緩めることなく、ただ静かに森の奥深くを見据え続けていた。




