魔物の襲撃②
魔物の大群が、地鳴りを響かせながら防衛線へと肉薄してくる。
先頭を駆けるのは、機動力に優れたフォレストウルフの群れだ。
陣形を乱したところに、後続のオーガやオークがなだれ込む算段だろう。
「先鋒は狼どもね。目障りだわ……ッ!」
シルフィアが杖を振りかざし、鋭い声で詠唱を紡ぐ。
「穿て、氷雪の牙! 《アイスニードル》!」
杖の先端から、青白い光を帯びた無数の氷の矢が機関銃のように連射された。
シュババババッ!
空気を切り裂く音と共に、先頭を走っていた数頭のフォレストウルフの胴体や眉間に氷の矢が次々と突き刺さる。
悲鳴を上げる間もなく勢いよく地面に転がり、そのまま事切れた。
「おおっ! 見事な牽制だ!」
後方の兵士たちから歓声が上がる。
(へぇ、連射速度も精度もなかなかだ)
しかし、千を超える大群の前では、数頭を間引いたところで焼け石に水だ。
後続のオークやオーガたちが仲間の死骸を容赦なく踏み潰しながら、土煙を上げて迫り来る。
「フンッ、これでも食らいなさい! 凍てつけ、白き旋風! 《アイスストーム》!!」
シルフィアが杖を地面にドンッと突き立てると、前方に猛烈な吹雪が発生した。
視界を白く染め上げる猛吹雪が魔物の群れの先頭集団を飲み込み、数十匹のオーガやオークが瞬く間にカチンコチンに凍りつき、巨大な「氷の防壁」へと姿を変えた。
「よっしゃ! 足止め成功よ!」
シルフィアがドヤ顔で振り返る。
巨大な氷像の壁ができたことで、後続の魔物たちは直進できず、動きを止めた。
だが――ここは開けた平原だ。
知能の低い魔物たちも、目の前の障害物を避けるように、氷像の壁の左右へと大きく散開して進軍を再開したのである。
「ああっ!? ちょっと、回り込むなんてズルいわよ!」
シルフィアが焦って杖を構え直すが、先ほどの広範囲魔法で魔力を消費したのか、少しだけ息が上がっている。
(なるほど。この前の襲撃の時は、城門前の狭い通路だったから『氷像の壁』で完全に蓋ができたのか。でも、この広さじゃ抜け道だらけだな)
横から回り込んでくる数百の魔物たちに対し、シルフィア一人では対応しきれない。
「仕方ない。シルフィアちゃん、左右の漏れは私がフォローするね」
イザヨイは一歩前に出ると、両手を左右の空間へと向けた。
そして、息を吸う程度の短い間隔で、魔法を展開する。
「凍てつけ。《ダイヤモンドダスト》」
ピキィィィィンッ……!!
一切の詠唱を省いた冷酷な一言と共に。
イザヨイの左右数十メートルの空間が、一瞬にして『絶対零度』に支配された。
回り込もうとしていた数百の魔物たちが、悲鳴を上げる暇すら与えられず、走り出そうとした姿勢のまま、一斉に、そして完璧な『氷の彫刻』へと変貌したのだ。
「え……?」
シルフィアの口から間抜けな声が漏れた。
彼女が放った《アイスストーム》とは次元が違う。
エフェクトも、凍結速度も、そして何よりも『範囲の広さ』が異常だ。
「はぁ!? ち、ちょっと待ちなさいよ!!」
シルフィアは杖を放り出しそうになりながら、イザヨイに詰め寄った。
「アンタ……今の魔法……《ダイヤモンドダスト》!? なんでそんな高等魔法を、しかもほぼ無詠唱で展開できるのよ!?」
「え?」
イザヨイはキョトンとしてシルフィアを見下ろした。
「なんでって……シルフィアちゃんも氷結魔法得意なら、これくらい使えるんじゃないの? 『氷の魔女』って呼ばれてるくらいだしさ」
「つ、使えるわけないでしょ!!」
シルフィアが顔を真っ赤にして地団駄を踏んだ。
「《ダイヤモンドダスト》なんて王都の宮廷魔導士の中でも、一握りの天才しか習得できない高等魔法よ!? わたしだって、あと何十年修行すれば手が届くか分からないのに……っ!」
「……えっ。そうなの?」
イザヨイは目をパチクリと瞬かせた。
ゲームの中では、中盤以降にスキルツリーを解放すれば誰でも覚えられる範囲魔法の一つだ。
だからこそ、Aランクのシルフィアなら当然使えて、あの「何十匹も氷漬けにした」という話も、てっきりこの魔法のことだと思っていたのだ。
(もしかして……この世界の人たちにとって、俺が普通に使ってる魔法って、俺が思ってる以上に『ヤバい代物』だったりするのか?)
マクミラン領主やアンドリューが異常なほど驚愕していた理由、そしてシルフィアが絶望的な顔で自分を見つめている理由。
イザヨイはここに来て初めて、自分のカンストステータスと魔法スキルが、この異世界においていかに『規格外』で『デタラメ』なバランスブレイカーであるかを、痛烈に実感し始めていたのである。




