魔物の襲撃①
テアトラムの西門。
平原から森へと続く開けた土地には、かつてないほどの張り詰めた空気が漂っていた。
街を守る高い城壁の前には、テアトラムの領兵たちと、カルゼオンからの増援である白銀の騎士たちが、堅牢な盾の壁を築き上げている。
さらにその後方や側面には、街に滞在していた冒険者たちが、各々の武器を手にし、死を覚悟したような険しい表情で立ち並んでいた。
「よし、お前ら! ここが踏ん張りどころだぞ! 俺たちであの大群を押し返してやる!」
ボルグが自慢の大斧を肩に担ぎ、気合の入った声で叫ぶ。
「当然よ! 回復と支援は私に任せなさい!」
シエルが杖を高く掲げ、気丈に笑う。
「……矢の数は十分だ。一匹たりとも城壁には近づけさせん」
クローザーが弓弦の張りを確かめ、鋭い視線を森へと向ける。
三人とも気合は十分だ。
イザヨイは彼らと合流した後、陣形の中央で指揮を執っているアンドリューの姿を見つけ、小走りで駆け寄った。
「アンドリュー様! 陣形は整ったみたいですね」
「イザヨイ殿! ええ、これで我々の出せる全戦力です」
アンドリューは兜の下で厳しい表情を浮かべていたが、イザヨイの顔を見ると、ほんの少しだけその緊張が解けたように見えた。
「お母様とエレノアさんは?」
「お二人は、ブレイブフォード殿の屋敷の地下にある避難所へお通ししました。……母と妹のためにも、そしてこのテアトラムの民のためにも、我々は何としてもここを死守しなければなりません」
若き天才騎士の青い瞳には、決して退かないという鋼の決意が燃えている。
「はい。私も全力でサポートしますから」
イザヨイが力強く頷いた、その時だった。
ズズン……ッ
大地を揺るがすような、不気味な地鳴りが森の奥から響いてきた。
「……来るぞッ!! 各員、武器を構えろッ!!」
アンドリューが剣を抜き放ち、落雷のような号令を飛ばした。
森の入り口の木々がなぎ倒され、そこから真っ黒な濁流のように、無数の魔物が姿を現したのだ。
オーク、オーガ、コボルト、フォレストウルフ、さらには空を飛ぶハーピィの姿まで見える。
斥候の報告通り、いや、それ以上かもしれない。軽く千は超えるであろう、絶望的な数。
「ひ、ひぃぃ……っ!」
「こ、これだけの数を……防ぎきれるのか……?」
前線の兵士たちの間から、恐怖に震える声が漏れる。
「臆するな!! 我らが退けば、背後の家族が喰われるのだぞ!!」
アンドリューが鼓舞するが、魔物の大群の圧力は凄まじい。
イザヨイは少し離れた最前線の高台に、小さな影が一人で立っているのを見つけた。
己の背丈よりも大きな杖を両手で構え、魔物の大群を真っ向から睨みつける、プラチナブロンドのツインテール。
「シルフィアちゃん!」
「来たわね、イザヨイ。……アンタたちEランクやBランクの冒険者は、わたしの撃ち漏らした雑魚だけを処理してればいいわよ」
その声には、子供特有の強がりではない、Aランク冒険者としての絶対的な自信と誇りが満ちていた。
イザヨイは周囲を見回すが、彼女が気にしていた『元凶』の姿が見当たらない。
「例の『黒い瘴気』の魔物は見えないね」
「ええ。この大群のさらに奥に潜んでるのか、あるいは別の狙いがあるのか……。でも、関係ないわ」
シルフィアは杖を天高く突き上げた。
「姿を見せないなら、この前座の連中を片っ端からカチンコチンにして、親玉を引きずり出してやるまでよ!」
「おっ、頼もしいね! シルフィアちゃんの本気、見せてもらおうかな!」
イザヨイは一歩下がり、後衛から彼女の魔法を見届ける体勢に入った。
(何十匹もの魔物を氷漬けにした魔法……。あの時は事後だったから見れなかったけど、どれくらいの実力か、じっくり見せてもらうぜ)
イザヨイは、最強の氷結魔導士の放つ大魔法のエフェクトを、今か今かとワクワクしながら待ち構えていた。
「行くわよ……!!」
大地の振動が大きくなり、魔物の大群が地響きを立てて防衛線へと突撃を開始する。
シルフィアの杖の先端に、凄まじい密度の冷気が集束し始めた。




