束の間の平和
ボルグたちがテアトラムに到着してから、数日が経過した。
街の復興作業を手伝ったり、近郊の安全な場所で魔物を狩って食料を調達したりと、五人は行動を共にすることが多くなっていた。
「オラァッ! シルフィア、右のゴブリンを頼む!」
「言われなくても! 《アイスコフィン》!!」
小競り合いでも、ボルグの豪快な斧と、シルフィアの的確な氷結魔法は、意外なほどに見事な連携を見せていた。
Aランクの実力を持つシルフィアの魔法の威力を肌で感じたボルグは、彼女を「口は悪いが頼れる戦友」として認めており、シルフィアもまた、「バカだけど前衛としては合格点」と、ボルグの腕を買っていた。
「……あいつら、意外といいコンビだな」
クローザーが後方から矢を射掛けながら、感心したように呟く。
しかしそんな良好なパーティ関係の中で、シルフィアが唯一タジタジになっている相手が、シエルだった。
「ほらシルフィアちゃん、汗かいたでしょ。ちゃんと拭かないと風邪引くわよ。あと、野菜も残さず食べなさいって言ったじゃない!」
「だ、だから! わたしは子どもじゃないって言ってるでしょ! 自分で拭けるし、野菜は魔法の栄養にならないのよ!」
「ダメよ、育ち盛りなんだから! はい、あーんして!」
「んぐっ!?」
食事の度、事あるごとに母親ムーブ全開で世話を焼いてくるシエルに対し、Aランク冒険者の威厳は完全に崩壊していた。
だが、口では「やめてよ!」と文句を言いながらも、本当に嫌がっているわけではない。
孤児院育ちで早くから過酷な冒険者の世界に身を投じてきたシルフィアにとって、無条件で自分を甘やかし、世話を焼いてくれるシエルの温もりは、どこかくすぐったく、そして心地よいものだったのだ。
「ふふっ、みんな本当に仲良しだなぁ」
イザヨイは、そんな彼らの賑やかなやり取りを、どこか微笑ましい気持ちで見守っていた。
(……なんだか、本当にいいパーティになったな。これなら、どんなボス戦でも楽しくやれそうだ)
おっぱい防具の件は保留だが、異世界ライフの充実度としては悪くない。
そして――テアトラムの防衛作戦が開始されてから、ちょうど八日目が経過した、その日の午後。
「んー……。今日も異常なし、ね。王都の騎士団が来るまであと二日。このまま何もなければいいんだけど」
シルフィアが西の方角を見据えて呟いた。
イザヨイもその隣で、防壁の上から森の様子を窺っていた。
その時だった。
「シ、シルフィア様!! イザヨイ殿!!」
背後から、血相を変えたテアトラムの領兵が、階段を転がるようにして駆け上がってきた。
「どうしたの!? そんなに慌てて」
「せ、斥候部隊が……今しがた、命からがら戻ってまいりました!! 『迷いの森』の奥から、数え切れないほどの魔物の大群が、この街に向かって進軍を開始しているとのことです!!」
「……っ!!」
シルフィアの顔から、一瞬にして子どもっぽさが消え失せた。
「数は!? そして、『黒い瘴気』は確認できた!?」
「か、数は五百以上……いや、千に届くかもしれません! そして……斥候の報告によれば、群れの最後尾に、巨大な黒い影……周囲の草木を枯らすほどの、おぞましい瘴気を放つ『何か』がいたと……!!」
兵士の声が、恐怖でカタカタと震えていた。
千の魔物のスタンピード。
それは、テアトラムの兵力と冒険者を全て合わせても、到底防ぎきれない絶望的な数だった。
第一波、第二波とは比べ物にならない、本物の「破滅」が迫っている。
「……来たわね」
シルフィアは杖をギュッと握り締め、冷たい声で呟いた。
その小さな背中が、今から街の命運を背負う英雄のものへと変わる。
「わたしは急いで駐屯所へ向かい、防衛ラインの指揮を執るわ! イザヨイ、アンタはボルグたちを呼んできなさい! この規模の大群……Bランクが三人増えるだけでも、絶対に必要になるわ!」
「うん、分かった!! すぐ戻るから、シルフィアちゃんは絶対に無茶しないでね!」
イザヨイは短く頷き、階段を駆け下りた。
(ついに来たか。千の群れと、未知のレアボス。……燃えてきたぜ)
中身がゲーマーのイザヨイの心臓が、恐怖ではなく、かつてない高難易度クエストへの興奮でドクンと大きく脈打った。
急いでボルグたちが待機している食堂へと走った。




