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就活37連敗の俺、AIに相談したら異世界へ転移した。なんか思ってた異世界と違うので帰りたいのだが。  作者: 汐見 ゆゑ


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28. ダンジョンからの帰還

 セレネ以外も部屋に入ってきた。


「帰還石、手に入れました」


 俺がそう言って手を上げたところで、床が光った。


 部屋の中央、台のまわりの磨かれた石の上に、白い輪がいくつも浮かび上がる。輪は五つあって、それぞれが、俺以外の五人の足元に、ちょうど届く位置に置かれていた。輪の中の空気が、水に絵の具を落としたみたいに濁って、そこから、物が生えてきた。


 ……生えてきた、としか言いようがない。


 床から押し上げられるでもなく、上から降ってくるでもなく、ただ、さっきまでそこになかったものが、いつのまにかそこにあった。


「おおおおお!」


 いちばん先に声を上げたのは、ブラムさんだった。彼が拾い上げたのは、小さな金属の筒だった。片端に透明な石が嵌まっている。


「これ、覗き筒じゃねえか! しかも赤石入りだ!」


「……なんですか、それ」


「石の目を見る道具だ! 岩に当てると中の筋がどっち向きに走ってるかわかる。買うと金貨が何枚も飛ぶんだぞ。俺は何年も欲しいと思ってた」


 ブラムさんは筒を目に当てて壁を覗き、そのまま「おお」とか「ほお」とか言いはじめた。誰も止めなかった。


 グレンさんの前には、布に巻かれた細長いものがあった。巻きを解くと、槍の穂先だった。彼はそれを灯りにかざして、しばらく黙って角度を変えていた。


「……いいな」


 それだけ言って、腰の袋にしまった。


 ロザリアさんの足元にあったのは、鎖帷子の胸当てだった。彼女は自分の着ているやつと見比べて、それから短く息を吐いた。

 

「……当たりだ」


 ヨエルさんの前には、蓋つきの小さな壺が置かれていた。中身を確かめた彼は、めずらしく声の調子を変えた。


「これは……上位の解毒剤ですね。第二層の胞子にも効きますし、うちの施療院では年に何本も回ってきません」


 そして、最後のひとつ。セレネの足元には、黒い小瓶が転がっていた。彼女はそれを拾って、栓を抜いて、鼻を近づけて——固まった。


「……えっ」


「どうしました」


「……これ」


 彼女はもう一度嗅いだ。そして、灯りに透かした。そして、また嗅いだ。


「不変墨です。褪せないインクです。何年経っても字が読めるという触れ込みで王都の記録院だけが使っています。うちの聖堂には一瓶もありません。一度でいいから使ってみたいと、ずっと」


 彼女の声が、途中から早口になっていた。


「これで書けば、私が死んでも、その次の代が死んでも、まだ読めるんです」


「……よかったですね」


「よかったです」


 彼女は栓を閉め、両手で瓶を包んで、それを胸のあたりで抱えた。その顔を見て、俺は少し笑ってしまった。石喰いを倒したときのロザリアさんより、いま彼女のほうがずっと勝った顔をしている。


◇


「これ、なんなんですか」


 俺が聞くと、ロザリアさんが胸当てを担ぎながら答えた。


「護衛の礼だ。まれびとを客人の間まで送り届けると、こういうものが出る」


「迷宮がくれるんですか」


「そういうことになってる。理屈は誰も知らん。……ただ、出るものには傾向がある」


 彼女は、ブラムさんのほうを顎で示した。


「あいつは何年もあの覗き筒を買うか迷ってた。私は装備品の直しにうんざりしてた。ヨエルは解毒が足りないと年中こぼしてる。……そういうものが出る」


 ……欲しがってたものが出る。


「だから、この仕事は人気がある」


 ロザリアさんは、あっさり認めた。


「まれびとの護衛は募集をかけるとすぐ埋まる。うちの隊が指名されるのは実績があるからだが、正直に言えば、それだけじゃない。私も、これが目当てで手を挙げた口だ」


「……そうなんですか」


「そうだ。悪いか」


「いえ」


 俺は首を振った。


 むしろ、そう言ってもらえたほうが百倍ありがたい。この街の人は、いつだってそうだった。親切の理由を、こっちが聞く前に並べてくる。あなたのためです、とは絶対に言わない。


 三十日と少し前、俺はその言い方に救われた。いまも同じだった。


「あんたを無事に送り届けたら、こいつが手に入る。だから私は全力であんたを守る。……安心しろ、金が絡んでるほうが仕事は堅い」


「めちゃくちゃ安心しました」


「だろうな」


◇


 帰り道は行きより格段に速かった。


 地図がある、というのはこういうことかと思った。分岐に着いても誰も迷わない。セレネが板を見て「左です」と言い、ブラムさんが先に行き、それで終わる。行きは考えながら進んだ道を、帰りはただ辿るだけで済む。


 ……ちゃんと帰れるんだな、これ。


 第三層から第二層へ上がると、足首から下がまた水になった。乾いた石から水に戻るというのは、なんだか妙な感じで、俺は無意識に「ただいま」と言いそうになって、自分で止めた。


 安全区画で一泊し、翌朝に第二層を抜けた。第一層の苔の明るさが、地下だというのに妙にあたたかく感じられた。


 そして、入口の石の口をくぐったとき。外の光が、目に刺さった。


 ……まぶしい。

 

 俺は反射で腕を上げて、それから、その腕を下ろした。空があった。麦畑があった。風が乾いていて、土と草の匂いがした。当たり前のものが、全部そこにあった。


 ……戻ってきた。


◇


 聖堂へ戻り、報告を済ませたのは、その日の夕方だった。ハルヴェンさんは、俺が差し出した石を見て、それから机の上の帳面に短く何かを書いた。


「確認しました。帰還条件、成立です」


「……ありがとうございます」


「礼を言うのはこちらです。よくやり切りました」


 彼はそう言ってから、ひとつだけ姿勢を正した。


「ここから先の手続きを申し上げます。帰還石は、あなたが触れてから3日で効力を失います」


「……3日」


「はい。3日以内に古環跡へ行き、そこで使用してください。過ぎた場合は、もう戻れません」


「絶対に3日以内に行きます」


「けっこうです」


 ハルヴェンさんは、そこで少しだけ表情をゆるめた。


「逆に申し上げれば、3日あります。急いで今夜出る必要はありません。……この町でしておきたいことがあるなら、その時間はあると考えてください」


◇


 聖堂を出ると、外はもう暗かった。北通りの石畳を歩きながら、俺は指を折って数えた。


 3日。最終日に古環跡まで歩くとして、実質は2日と少し。


 ……足りるかな。頭に浮かんだ顔を、順番に数えてみる。


 門のガレスさん。ギルドのノエラさん。倉庫の主任と、コルタさん。薬瓶の婆さん。溝さらいで一緒だった連中。宿の飯を出してくれたおばさん。掲示係。テオさんと、あの無口な女性。ロザリアさんと、グレンさんと、ブラムさんと、ヨエルさん。


 ……多いな。


 三十日と少しで、こんなに増えたのか。異世界に来たばかりの俺は、この町に知り合いがゼロだった。というより、向こうの世界でもたいして変わらなかった。人の名前を覚える必要がある生活を、俺は何年もしていなかった。


 ……よし。俺は歩調を速めた。


 この2日と少しで、全員に会いに行く。黙って消えるのだけは、絶対にやらない。それは、この町で覚えたことの中で、たぶんいちばん大事なやつだ。

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