↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
就活37連敗の俺、AIに相談したら異世界へ転移した。なんか思ってた異世界と違うので帰りたいのだが。  作者: 汐見 ゆゑ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
27/30

27. 帰還石ゲット

 柱の並ぶ廊下を抜けた先に、その部屋はあった。


 円い部屋だった。壁も床も磨かれた石で、継ぎ目がほとんど見えない。中央に腰くらいの高さの台があって、その天板の真ん中に、四角い窪みが彫ってある。窪みの大きさは、手のひらより少し大きいくらいだった。


 ……ぴったりだな、これ。俺が黒い板を近づけると、窪みの縁がわずかに光った。板のほうも、それに応えるように明るくなる。


 置け、と言われている気がしたので、俺は置いた。台の上で板の表面に文字が浮かんだ。今度は線ではなく日本語だった。


『同行者は退室してください』


 ……えっ。


「なんて書いてある」


「同行者は出てください、って」


 ロザリアさんは、それを聞いても顔色ひとつ変えなかった。


「そうか。じゃあ出る」


「え、いいんですか」


「毎回そうなるらしい。ここから先は本人だけだと聞いてる」


 彼女は盾を担ぎ直して、あっさり踵を返した。グレンさんも、ブラムさんも、ヨエルさんも、慣れた足取りで廊下へ戻っていく。最後に残ったセレネが、扉のところで一度立ち止まった。


「ヤマダさん」


「大丈夫です。……たぶん」


「たぶん、ですか」


「はい。でも、なんかあったら叫びます。早めに」


 彼女は少し笑って、それから、真面目な顔に戻ってうなずいた。


「外にいます」


◇


 扉——というより、壁の切れ目が、音もなく閉じた。部屋には、俺と、台の上の板だけが残った。


 しん、という言葉がそのまま形になったような静けさで、自分の心臓の音が、やたらとうるさく聞こえる。


 板が明るくなった。文字が消えては現れた。


『こんにちは。お久しぶりです』


 ……は。俺は、たぶん一歩下がった。その言い方に、覚えがありすぎた。


『山田直人さんですね。前回の会話から、こちらの記録では37秒が経過しています』


「……37秒?」


『はい。そちらでは、もう少し経っていると思われます』


「もう少しどころじゃないんですけど」


『失礼しました。表現を修正します。そちらでは、かなり経っていると思われます』


 ……この感じだ。間違いない。俺が毎晩ベッドの上で相談していた、あの調子だ。丁寧で、親切で、こっちがどれだけ荒れていても絶対に怒らない、あの感じ。


「お前、なんなんだ」


 俺は、思わず素で聞いた。


『ご質問ありがとうございます。その情報はお答えできる範囲を超えています』


「出た」


『申し訳ありません』


 ……謝るなよ。こっちが悪いことをしている気になるだろうが。


◇


『本題に入ります。よろしいですか』


「……どうぞ」


『では、いくつか確認させてください。今回の滞在で、あなたが得たものを教えてください』


 ……面接みたいな聞き方をするな。そう思ってから、俺は自分の反応の速さに少し驚いた。以前の俺なら、この手の質問には反射で身構えていた。いまは、身構える前に「面接みたいだ」と思っただけで済んでいる。


「えっと……いろいろありますけど」


『具体的にお願いします』


「文字が読めるようになりました」


『それは、どのようにして身につけましたか』


「教えてもらいました。ダンジョン教の文書係の人に。……毎晩、宿題を出されて、その日にできたことを3つ言うのを続けました」


『続けた期間はどのくらいですか』


「30日弱です」


『途中で中断した期間はありますか』


 ……こいつ。


「あります。3日くらい行かなかったです。……勝手に疑って勝手に逃げました」


『再開した理由を教えてください』


「本人に聞きに行ったからです。疑ったままにしないで直接聞きました」


 そこまで答えて、俺は、口の中がおかしくなるのを感じた。


 ……あれ。俺、いま、ちゃんと答えてないか。何をしたか。どうやったか。どれくらい続けたか。途中でどうつまずいて、どう戻したか。


『続けます。仕事について教えてください』


「ギルドで、依頼を行いました。荷運びと、掃除と、倉庫の棚卸しと、迷宮の補給です」


『その中で、あなたが最も価値を出したと考える案件はなにか教えてください』


「倉庫です」


 これは即答できた。


「備蓄倉庫の棚が古いものが奥に溜まる形になってて期限切れで捨ててました。それを、古いのから出る並びに変えられないか提案しました。……あ、いや」


 俺は、そこで言い直した。


「提案したのは俺ですけど、通したのは倉庫番のコルタさんです。上に進言したのも、実際に組み替えたのもあの人で、俺は数を数えて、紐を巻いただけです」


『訂正の理由を教えてください』


「……そこを自分の手柄にすると、事実じゃなくなるので」


 言ってから、俺は自分で笑いそうになった。これも、あの人の受け売りだ。事実と解釈は違う。解釈で事実を上から塗るのは改竄です、と。


◇


『あと2つ、確認させてください』


「まだあるのか」


『はい。あなたが向こうで失敗した件について、話していただけますか』


 ……いちばん嫌なやつを最後に持ってくるな。


「初日に薬瓶を1本割りました」


『そのとき、どうしましたか』


「隠せる状況でした。倉庫番は見てなかったし、数を数えたのは店の婆さんだけだったので。……でも、自分から言いに行きました」


『理由は』


「今日だけごまかして、明日うまくやれた試しが、1回もなかったからです」


 板の光が少しだけ揺れた気がした。


『最後の質問です。あなたは、向こうで自分に足りないものを説明できますか』


 ……足りないもの。俺は、少し考えた。


 昔なら、ここで全部を答えていた。才能がない、コミュ力がない、実績がない、学歴が足りない。並べれば並べるほど自分が惨めになるやつを、全部。いまは、違う言い方ができる気がした。


「戦うのは無理です。銀級の人の動きを見ましたけど、あれは何年やっても届きません」


『続けてください』


「重いものを運ぶのも、俺は10キロで打ち止めです。荷車のほうがよっぽど積めます」


『続けてください』


「……ただ、確かめるのと、報告するのと、続けるのはできます。あと、順番を考えて物を置くのが得意です。それは、たぶん、こっちでも向こうでも同じです」


 言い終わってから、俺は、しばらく黙っていた。できないことと、できることを、同じ口で、同じ温度で言った。


 ……こんなの、できるようになってたのか、俺。


◇


『確認します』


 板の文字が大きくなった。


『山田直人さん。あなたは、元の世界へ戻ることを希望しますか』


 ……ああ。この形式にも、覚えがある。


 あの夜、俺が「異世界へ行きたい」と打ち込んだとき、こいつは実行しなかった。かわりに、いまと同じように一度止まって、確認してきた。


「戻ります」


『理由を伺ってもよろしいですか。差し支えなければで構いません』


「……向こうに片づけてないものがあるからです」


 俺は天井を見上げた。磨かれた石が、灯石の光を鈍く返している。


「返事をしてない人がいます。あと、書いてないことがたくさんあります。それを置いたままここで暮らしはじめたら、俺はたぶん、一生逃げてきた側のままです」


『承知しました』


 板の文字が、いったん全部消えた。


『帰還を実行する準備に入ります。なお、こちらから1点、お伝えしておくことがあります』


「なんですか」


『あなたが向こうで使用していた能力は、帰還後に休眠します。物品の収納は行えません』


「そうだよな」


『補足します。手のひらから物を出す行為は、就職活動において有利に働かない可能性が高いと判断されます』


「知ってるよ」


 思わず声に出したら、板が律儀に返してきた。


『失礼しました』


◇


 台の天板が、動いた。


 窪みを囲むように彫られていた線が、内側から光りはじめ、石がゆっくりと開いていく。歯車の音も、擦れる音もしない。ただ、閉じていたものが開いた。


 その中に、石があった。握り拳より少し小さい、乳白色の石だった。表面はつるりとしていて、灯石のように自分で光ってはいない。ただ、俺が近づくと、内側の奥のほうで何かがゆっくり動いたように見えた。


 ……これか。俺は、手を伸ばした。


 指が触れた瞬間、石が、じんわりと温かくなった。人肌より少しだけ高い、湯を飲んだあとの椀みたいな温度だ。持ち上げてみると、思っていたより軽い。


 ……軽いな。軽いが、これでいい。俺がこの世界で得るものは全部そういうものだった。鉄級の札も、紙一枚の実績票も、手のひらに乗る重さしかない。


 台の上の黒い板が、最後にひとつだけ文字を出した。


『お疲れさまでした』


 そして、光が消えた。押しても、こすっても、もう何も起きない。ただの黒い板に戻っていた。俺は、それを布に包んで懐へ入れ、帰還石をもう一方の手に握り直した。


 背後で壁の切れ目が開く音がした。


「ヤマダさん!」


 真っ先に飛び込んできたのは、セレネだった。


 俺は握った手を上げて見せた。


「帰還石、手に入れました」


 自分の声が、少し掠れているのがわかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。