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就活37連敗の俺、AIに相談したら異世界へ転移した。なんか思ってた異世界と違うので帰りたいのだが。  作者: 汐見 ゆゑ


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25/30

25. 休憩所にて

 その日は第二層の前進休息所に泊まることになった。


 石を組み上げた台の上に建てられた小屋は、外から見たときの印象より中が広く、壁の四隅に灯石が吊るしてあって、乾いた床の上には先客が残していった薪と桶が置いてあった。ここを使った者が次に使う者のために置いていく決まりなのだと、ブラムさんが教えてくれた。


 俺たちは敷布を広げて、火を熾して、湯を沸かした。


 食事は携行食が基本で、乾いた麦の練り物と、干した肉と、塩気の強い豆。そこに湯を注ぐと、ふやけて量が倍になる。うまいかと言われれば微妙だが、地下で温かいものが食えるというだけで、体のほうは勝手に喜んでいた。


「ヤマダ、出してくれ」


「はい」


 俺が干し果を出すと、ブラムさんが素早く一掴み持っていった。荷物のうち嵩張らないものは俺が預かっていたので、この夜の俺は完全に配給係だった。


 セレネは食事の前に地図の板を膝に乗せて、今日ぶんの線を清書していた。書き終えてロザリアさんに見せると、ロザリアさんは目を通してから、指で二か所を叩いた。


「ここの分岐、実際はもう少し右に振れてる。あと、この柱は4本だ」


「……4本ですか。5本と書いてしまいました」


「暗いと増えるんだ。誰でもやる」


 セレネは真顔で数字を書き直してから、俺のほうを見て小さく笑った。


「見たものを書くというのは、思ったより難しいですね」


◇


「なあ、向こうってのはどういうところなんだ」


 湯を飲みながら、グレンさんがそう聞いてきた。この人が自分から質問するのを、俺は初めて見た。


「どういう、というと」


「飯とか、家とか、そういうのだ」


「えーと……たとえば、灯りは火を使わないんです。電気っていうのがあって、それを線で家まで引いてくると、火なしで部屋が明るく——」


「電気な」


 ブラムさんが、あっさり引き取った。


「知ってる。線に流すと灯りがつくやつだろ」


「……知ってるんですか」


「聞いたことがあるだけだ。前に来た連中が、だいたい同じ話をする」


 ……そうか。考えてみれば当たり前だった。何年かに1人ずつ、それが何十年ぶんも積み上がっているのだ。俺が「別の世界から来た男」として珍しがられる程度のことは、この人たちにとっては何度目かの話でしかない。


「試したこともあるんだぞ、いちおう」


 ブラムさんは、火に薪を足しながら続けた。


「俺が若いころ、教団が図面を持ってきた。まれびとが描いたやつだ。銅の線と、石を回す仕掛けと、あとは……磁石を使うんだったか」


「使います。回すと電気が出ます」


「出なかった」


 ……出なかったのか。


「何日も回した。線も引いた。だが、うんともすんとも言わん。図面を描いた本人が横で首をひねってたよ。『こっちの磁石は、俺の知ってるやつと違う』ってな。……こっちの石は、こっちの理屈で動くんだ。灯石だってそうだ。あんたらの世界の理屈で説明しようとしたやつは、俺の知るかぎり全員しくじってる」


「仮に動いたとしてもだ」


 ロザリアさんが横から口を出した。


「線を街じゅうに引くには銅がいるんだろう。この国で採れる銅は、鍋と貨幣でほとんど消える。そこまで贅沢に使うくらいなら、灯石を買ったほうが安い」


「……そう考えると、灯石のほうが優秀なんですね」


「そうだ。だから誰も困ってない。困ってないものは、変わらん」


 ……ああ。


 この世界に来たとき、俺の頭の隅にはいちおう期待があった。現代知識でひと儲け、というやつだ。読んできた話では、たいてい主人公がそれをやる。だが実際に試すまでもなく、答えはとっくに出ていたらしい。俺の前に来た人たちが全員やって、全員しくじって、その記録が書庫に綴じてある。


 ……で、俺がこの街で評価されたのは、なんだったかな。


 思い出したのは、実績票の所見欄だった。自分から無一文だと言った。割ったぶんはきっちり引いた。取りやすくなった。体調の申告あり。


 知識の話は、ひとつも書いていなかった。


◇


「ひとつ、聞いてもいいですか」


 豆を食い終わったところで俺はそう切り出した。


「俺が別の世界から来たって、みなさん、最初から知ってたんですか」


 場が少しだけ静かになった。


「知ってた」


 答えたのはロザリアさんだった。


「隊にあんたを入れると聞いた時点で、そういうことだとわかる。教団が私の隊に新人をわざわざ迷宮へ連れてくるのは、まれびとのときだけだ」


「……あれ、知らせるための潜行だったんですか」


「半分はな。残り半分は、本当にただの補給だ」


 彼女は湯を一口飲んでから続けた。


「隠してたわけじゃない。言わないことになってるだけだ。あんたが自分から言うまで、こっちからは触らない。それが決まりだ」


「私も同じです」


 ヨエルさんが横から言った。


「講習のときに『あなたは黙るほうですか』と伺いましたね。あれは、まれびとの方には必ず聞くことにしています。……皆さん、同じところで詰まりますので」


 ……皆さん。その言い方が、なんとも言えなかった。俺は自分だけが特別に情けないのだと思っていたが、この人たちの目には、俺は「またか」くらいに見えていたらしい。


「俺の前の人たちって、どんな人だったんですか」


「年も、背丈も、喋り方も、全然違った。だが、着いてしばらくは全員おなじ顔をしてた。……あんたが初日にしてた顔だ」


 ロザリアさんは、あっさりそう言った。


「どんな顔ですか、それ」


「ここに置いてもらえるかどうか様子を窺ってる顔だ」


 ……返す言葉がなかった。


「向こうに居場所があるやつは、こっちへ落ちてこないんじゃないかと、俺は思ってる」


 ブラムさんが火を突きながら言った。


「そういう理屈じゃないのかもしれんがな。だが連中は、だいたい何かから逃げてきた顔をしてる」


◇


「残る人って、多いんですか」


 俺が聞くと、ロザリアさんは指を折るような仕草をしてから、首を振った。


「半々だ。きれいに半分ずつってわけじゃないが、感覚としてはそんなもんだな」


「半々……」


「帰るやつは帰るし、残るやつは残る。あとは、行けないやつがいる」


「行けない?」


「迷宮を怖がって最後まで降りられないやつだ。石を取りに行かなきゃ帰れないのに、どうしても入口の先へ足が出ない。……あれは、責められん」


「そういう人は、どうなるんですか」


「一度、総本山に連れていかれる」


 ロザリアさんは、そこで肩をすくめた。


「そこで何をするのかは、私は知らん。聞いても教えてもらえん。……ただ、迎えに来る連中は、こっちの想像しているような怖い顔はしてなかった。それだけは言える」


「悪い扱いではありませんよ」


 ヨエルさんが、静かに補足した。


「私も詳しくは存じませんが、あちらには長く暮らしている方がいらっしゃると聞いています」


 ……長く暮らしている方。俺は、それ以上聞かないことにした。この人たちが知らないことを、これ以上ほじくり返しても仕方がない。


「どういう人が残って、どういう人が帰るんですか」


 かわりに、そう聞いた。


「必要とされてる実感があるやつは残りやすい気はしますか」


「あー、それはあるな」


 ブラムさんがうなずいた。


「町に馴染んだやつは残る。仕事を覚えて、名前を呼ばれて、飯屋に馴染みができて、それで『まあ、ここでいいか』ってなる。……だがな」


 彼は、火から目を上げた。


「逆もいる。こっちで初めてまともに働けて、自分がどういう人間かがようやくわかって、それで『じゃあ向こうでやり直せるな』って帰ってったやつもいた」


「……真逆じゃないですか」


「真逆だ。だから、こればっかりはわからん。人それぞれとしか言いようがない」


 ロザリアさんが、それを引き取った。


「隣のやつがどっちを選んだかは、あんたの参考にならん。比べても意味がない。……そういうのは、大抵、自分の答えから逃げたいときにやるやつだ」


 ……ぐさりと来た。


 俺は大学の同期の話を思い出していた。誰が内定を取ったとか、何社受けたとか、あのころ俺が調べていたのは、ほとんど全部それだった。


◇


 火が少し落ちて、誰も何も言わない時間がしばらく続いた。言うなら、たぶん、いまだった。


「……俺、向こうで最後にやったこと覚えてるんですけど」


 自分でも意外なくらい、するっと口から出た。


「部屋から出ないでいたんです。何か月か。母親が、扉の外に夕食を置いていくんですよ。皿の横に紙が挟んであって、短いことが書いてある。冷めないうちに食べてね、みたいな」


 灯石の光が、床の敷布の上で揺れていた。


「俺、それに一度も返事をしませんでした。皿は食べたんです。返事だけしなかった。……で、その日の夜に、AIに『異世界へ行きたい』って打ち込みました」


 誰も、口を挟まなかった。


「だから、帰るって決めたのはいいんですけど。帰って、扉を開けて、あの人と顔を合わせたときのことを考えると、正直、いまでもけっこう怖いです」


「怒られるのがか」


 ロザリアさんが聞いた。


「いえ。……たぶん、怒られないんですよ。それが怖いんです」


 言ってから、俺は自分の言葉に少し驚いた。そうだ。怒られるのが怖いんじゃない。あの人は怒らない。心配するだけだ。そしてまた、俺が何も返さないまま、次の夕食が扉の外に置かれる。それが延々続いていく未来のほうを、俺は怖がっている。


「ヤマダさん」


 ヨエルさんが、湯の椀を置いた。


「ひとつだけ申し上げます。私は迷宮で、動けなくなってから助けを呼ぶ人を何人も見てきました。……あなたが怖がっているのは、そうなる前の段階です。段階が早いというのは、悪いことではありません」


「……早いですかね」


「早いです。まだ扉も開けていませんので」


 その言い方に、俺はつい笑ってしまった。


◇


「セレネさんは、これからどうするんだ」


 ロザリアさんが、話の向きを変えた。


「この件が終わったら、また文書室か」


「……そのはずです」


 セレネは、膝の上の板を伏せてから答えた。


「私は、ずっと同じ道しか考えていませんでした。文書室で写して、綴じて、並べて、そのうち上の記録を任されて、それで一生ぶんです。危なくないですし、向いていますし、悪くない道だと思っていました」


「思っていた、ということは」


「……はい」


 彼女は、伏せた板の背を指で撫でた。


「先日、坂の上でヤマダさんに観測所の話をしたんです。うちの見張りが毎日ここに来て、見て、書いて、聖堂へ持って帰りますと。……そのとき、自分で言っておきながら、変な気持ちになりました」


「変な気持ち」


「私が写しているのは、誰かが見てきたものです。記録も、各地の支部から届いたものを、私が並べ直しているだけです」


 彼女は顔を上げた。


「ヤマダさんの話を書いたのは、私が初めて自分で聞いて、自分で書いた記録でした。……あれをやってみて、思ったんです。ほかの町にも、私が自分で行って、自分で聞いてみたいと」


「いいじゃねえか」


 ブラムさんが、あっさり言った。


「支部回りは足で稼ぐ仕事だ。あんた、今日けっこう歩けてたぞ」


「転びましたけど」


「転び方は習っただろ」


 セレネが吹き出して、それで場がほどけた。


◇


「よし、終わり」


 ロザリアさんが手を叩いた。


「明日は早い。降りるのは朝いちだ。……全員、寝ろ」


 敷布に横になっても、天井の石は暗くて、どこが天井なのかよくわからなかった。壁の灯石の光だけが、ぼんやりと部屋の縁を残している。


 隣では、セレネがもう寝息を立てていた。あれだけ歩いて、あれだけ書けば、そうもなる。


 俺は、懐の鉄級の札と、布に包んだ黒い板を、順番に指で確かめた。


 ……明日、第三層。帰る石を自分で取りに行く。


 目を閉じると、意外にもすぐ眠くなった。怖くないわけではなかったが、怖いまま眠れるくらいには、俺もこの30日で図太くなったらしい。

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