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就活37連敗の俺、AIに相談したら異世界へ転移した。なんか思ってた異世界と違うので帰りたいのだが。  作者: 汐見 ゆゑ


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24/30

24. 第1層と第2層

 当日の朝は、拍子抜けするほどよく晴れていた。


 こういう日はもっとどんよりしているものだと相場が決まっているのに、麦畑の向こうの丘まで輪郭がくっきり見えていて、俺の悲壮感はどこにも行き場がなかった。


 北門の外に集まったのは、顔合わせのときと同じ6人だ。ロザリアさんとグレンさんが装備の留め具を確かめ合っていて、ブラムさんは測量紐を巻き直しながら誰にともなく石の話をしている。


 セレネはいつもの紺の聖職服ではなく、白灰色の軽装聖衣を着ている。裾は膝の下で切ってあって、腰に地図鞄と炭筆の筒。耳の下で切りそろえてあった髪は、後ろで革紐にまとめられていた。


「おはようございます、ヤマダさん」


「……あ、はい。おはようございます」


 俺の返事が半拍遅れたのを、彼女はしっかり見ていた。


「なんですか、その間は」


「いや、その、格好がいつもと違うので驚いてしまって」


「変ですか」


「変じゃないです。むしろ」


 そこで言葉を選ぶのに失敗して、俺は黙った。むしろ何なのかを最後まで言ってしまうと、たぶん朝から気まずくなる。セレネは首をかしげてから、袖をつまんで見せた。


「動きやすいので助かります。文書室の服だとしゃがむたびに裾を踏むんです」


「あー……踏みますよね、あれ」


「最初の頃は何度も転びました」


 そういう話に落ち着いてくれたので、俺は内心で胸をなでおろした。


 最後にハルヴェンさんが来て、布の包みを俺に手渡した。中身は例の黒い板だ。手のひらに乗せると、朝の光の中でもやっぱり埃ひとつ弾かず、ただ黒かった。


「無事に、と申し上げたいところですが」


 彼は俺ではなく丘のほうを見て言った。


「これも試練ですので」


◇


 第一層は前と何ひとつ変わっていなかった。


 壁一面の青白い苔、切り石を積んだ回廊、等間隔のアーチと柱。曇りの日の夕方くらいの明るさも、湿った風の匂いも、記憶のとおりだ。前回はこの光景に「誰かが作ったんだ」と震えたが、二度目となると、意外なほど普通に歩けてしまう。


 ただ、俺の横で立ち止まっている人がいた。セレネは、柱の根元にしゃがんで苔に顔を近づけていた。


「セレネさん、置いていかれますよ」


「これ、光っています」


「そりゃ光ってますね」


「いえ、そうではなくて。……報告書には『発光苔、群生』としか書いていないんですよ。こうして実物を見ると興味深いです」


 彼女は、指で苔の縁をなぞった。


「群生としか書いていないので、私はずっと、絨毯みたいに一面べったり生えているものだと思っていました。違いました。ここ、まだらです。柱の日陰側だけ濃くて、通路の真ん中は薄い」


 この人は何年も、人が見てきたものを紙の上で読んできた。読んできたぶんだけ、実物との差が全部わかってしまう。俺には「思ったより明るいな」で済む話が、この人には「書いてあったことと違う」という発見になる。


 ……そりゃ、目も輝くよな。


◇


 鎧鼠の群れに出くわしたのは、その少しあとだった。


 かりかり、という音が前方から聞こえてきて、俺の心臓が反射で跳ねた。前回はここで忌避粉を撒いて、道を変えて、それで終わりだったやつだ。


 俺が忌避粉を出そうとして掌を開きかけたところで、ロザリアさんが手を止めた。


「いや、忌避粉はいい。グレン」


「おう」


 そこから先は、たいして時間がかからなかった。


 グレンさんが槍を寝かせたまま前に出て、通路の幅いっぱいに一度だけ薙いだ。甲羅がぶつかり合う音がして、群れの前半分が横向きに吹き飛ぶ。散った残りが左右の壁沿いに逃げようとしたところを、ロザリアさんが盾で片側を潰し、返す剣でもう片側を止めた。


 それで終わりだった。


「……すごい」


 口から勝手に出た。


「あの前は避けたじゃないですか、今回はどうして戦ったんですか」


「前は前衛が私1人だった」


 ロザリアさんは、剣の腹を拭いながら答えた。


「1人だと、私が押さえてるあいだに横から回られる。だから避けた。2人いれば、片方が崩して片方が止められるから、正面から潰したほうが早い」


「なるほど、やっぱり銀級ってすごいんですね」


 俺が言うと、彼女は少し笑って、それから肩をすくめた。


「銀は上から数えると3番目だ、上に金がいて、その上に白金がいる。あいつらは、私が3人がかりでやることを1人でやる。しかも息が上がらん」


「そこまでいくと、もう人間じゃねえよ」


 後ろからブラムさんが口を挟んだ。


「銀までは訓練で来られる。俺やロザリアがそうだ。だが、その先は生まれつきのもんが要る。何年やっても届かねえ壁ってのは、あるんだよ」


 ……才能。


 久しぶりに聞く言葉だった。就活のころ、俺がいちばん好きだった言い訳の材料でもある。


 でも、いま言っているこの人たちは、その壁の手前まで自分の足で来ている。届かないところがあると知りながら、届く範囲を全部やり切った人の言い方だ。俺が使っていた「才能がないから」とは、たぶん、まるで違う。


◇


 第一層の奥で短い休憩を挟んでから、俺たちは螺旋階段を降りた。降りるにつれて空気が湿っていき、最後の一段で、俺の靴が、じゃぶ、と鳴った。


 足首まで水がある。


「……えっ、これ大丈夫なんですか」


「歩けばわかる」


 言われたとおりに歩いてみて、俺は自分の足の感覚を疑った。濡れていない。冷たくもない。水の中に足を突っ込んでいるのに、靴の中は乾いたままだ。


「教団の貸与品には、水を弾く魔道具が縫い込んであります」


 ヨエルさんが説明してくれた。


「第二層を攻略するためにはこういった装備が必要になるのであまり人気では無いんですよ」


 壁の苔はまばらで、光がまるで足りない。ロザリアさんが灯石を1つ出して吊るすと、水面に跳ね返った光が、天井に揺れる網目模様を投げた。


 ……きれいだ。率直に、そう思った。


 石の回廊が、水に沈んでいる。柱が水面から生えていて、天井のアーチが水鏡に映り、上下対称の輪をつくっている。第一層が地下の倉庫だとすれば、こっちは水没した神殿だ。ようやく、俺の知っている「ダンジョン」の絵に近づいてきた。


「見とれるのはいいが、足元から目を離すなよ。そうやって足元をおろそかにしたやつに魔物は襲ってくる」


 ロザリアさんが言った。


◇


 そこからの道のりは、正直、長かった。


 水は膝より下だが、抵抗があるぶん、一歩ごとに体力を持っていかれる。ときどき床が抜けたように深くなっている場所があって、その手前ではブラムさんが必ず立ち止まり、長槍で底を叩いて確かめた。


 魔物は何度か出た。泥の中から音もなく持ち上がる腕みたいなやつと、天井から糸を垂らしてくるやつ。どちらも、俺が形を認識し終える前に2人が処理していた。俺の仕事は、その間ただ立っていることと、周囲の警戒だった。


 悔しいかと言われれば、悔しくはなかった。前に第一層で見た「あの動き」を、あれから何度も思い出していたからだ。あれは俺が練習して届く場所ではないし、届かない場所に手を伸ばして隊の足を止めるのは、ただの迷惑になる。


 毒胞子の出る区画では、ヨエルさんの合図で全員が布を口に巻いた。


 セレネは、要所ごとに立ち止まっては、地図鞄から板を出して線を引いていた。分岐の形、柱の数、水の深さ。書くたびにロザリアさんへ短く読み上げて、ロザリアさんが「よし」と返す。それだけの往復が、通路のあちこちで繰り返された。


 俺にも一度だけ出番があった。


 水路が三方に分かれている場所で、先頭のブラムさんが吊るしていた灯石が急に暗くなったのだ。第二層の湿気にやられると石は早く弱るらしく、こういうことはときどき起きるという。


「ヤマダ、予備」


「はい」


 俺は掌を開いた。呼ばれてから渡すまでのあいだに、下ろすものも、解くものも、探すものもない。


 ブラムさんは弱ったほうを外して、受け取った石を紐に通し、そのまま歩き出した。誰も膝をつかなかったし、隊は一度も止まらなかった。


「便利だな」


「10キロしか入らないですけどね」


「そうだが、出し入れが早いのは便利なことに変わりはない。」


◇


 どれくらい歩いたのか俺にはもうわからなかった。なんどか休憩を行い、灯石を一度替えて、布を三回巻き直したあたりで、前を行くブラムさんの足が止まった。


「見えたぞ」


 通路の先が少しだけ明るかった。


 水の上に石を組み上げた台があり、その上に屋根と壁がある。人の手で作られた、四角い箱みたいな小屋だ。壁には灯石が並んで吊るされていて、その光の輪の中だけ、水が来ていない。


 安全区画だった。最後の数歩を上がって、乾いた石の床に足を置いた瞬間、俺の膝から力が抜けた。


「座っていいぞ」


 ロザリアさんが言った。


「今日はここまでだ。……よくやったな、二人とも」

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