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就活37連敗の俺、AIに相談したら異世界へ転移した。なんか思ってた異世界と違うので帰りたいのだが。  作者: 汐見 ゆゑ


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23. 再びダンジョンへ

 そこからの数日は、驚くほど慌ただしく過ぎていった。


 依頼は受けず、朝から夕方まで聖堂の裏庭と講堂を往復して、俺とセレネはひたすら講習を受けた。前に受けた基礎の安全講習とは別物で、あれが「死なない歩き方」の話だったとすれば、今回は「死にかけたときの手順」の話だった。


 教えてくれたのはヨエルさんで、初日にいきなり俺の腕を掴んで床に転がした。


「まず、転び方からです」


「……転び方」


「迷宮では、走って逃げるより上手に転ぶほうが命を拾います。頭を打たない、灯りを離さない、手をつくときに肘を伸ばさない。この3つです」


 言われたとおりに何度も転がされて、二日目には全身が痛くなった。俺の隣ではセレネが同じ回数だけ転がされていて、聖職服の裾が埃だらけになっていたが、彼女は一度も休ませてくださいと言わなかった。かわりに、転ぶたびに何かを紙に書き足していた。


「何書いてるんですか」


「肘の角度です。あとで自分で読み返せるように」


 ……この人、こういう人だった。


 自衛の稽古も一応やった。とはいえ短刀の持ち方と、間合いを取って下がる練習くらいで、ヨエルさん本人が「あなたが戦って勝つ想定はしていません」と最初に断ったので、俺も変な期待はしなかった。灯りの確保、はぐれたときにその場を動かない決まり、水と食料の残量の数え方。地味な話ばかりだったが、地味な話ほど命に直結するのは、前回の潜行でもう体で覚えている。


◇


 第三層の説明になったとき、講堂の空気が少し変わった。


「第三層でいちばん怖いのは、魔物ではありません。地形です」


 ヨエルさんは、床に描いた線の上をつまさきでなぞった。


「あの層は、鐘が鳴ると道の形が変わります。まっすぐだった通路が折れる、来た道が壁になる、隣の通路とつながる。行きと帰りで同じ道を通れる保証がありません」


「……それ、どうやって帰るんですか」


「地図を取りながら進みます。だから記録係が要るんです」


 その言葉に、セレネの背筋がわずかに伸びたのがわかった。


「鐘の間隔は一定ではありませんが、まったくの出鱈目でもありません。鳴りやすい日はある程度分かっているので鳴りにくい日を選びます。……そのうえで、鳴ったら止まる。動かない。これが第三層の鉄則です」


 教団の解釈では、あの地形変動も試練の一部ということになっているらしい。ただしそれは、挑戦者を殺すための罠ではなく、あくまで達成させるための課題なのだそうだ。


 ……親切な試験官なのか、あれは。


 道を組み替えて、それでも越えられるようにしておく。第一層に苔を生やして、第二層に水を流して、鐘を鳴らして、そのうえで帰る石を置いておく。そこまでやっておいて、答えだけは自分で見つけろと言う。


 ……いや、けっこう性格悪いな。


 だが、そこまで考えて、俺は少し笑ってしまった。答えを渡さないやり方に文句を言うのは、たぶん、少し前までの俺のほうだ。


◇


 行程の説明は、その翌日にあった。


 第三層へは日帰りでは行けないので、泊まりがけになる。初日に第一層を抜けて第二層の奥まで進み、第三層への降り口の手前にある安全区画で一泊してから、翌朝に降りる。安全区画は教団と冒険者が交代で維持している場所で、水と灯りと寝床があり、鐘が鳴っても形が変わらないという。


「帰還石の場所は地図に載っていません」


 ハルヴェンさんが、そう言って例の黒い板を机に置いた。


「第三層に入ると、この板が道筋を示します。ここに文字と線が出て、そのとおりに進めば客人の間に着きます。……ですので、当日、あなたにお渡しします」


「俺が持つんですか」


「あなた以外が持っても、何も出ません」


 ……そりゃそうか。俺は机の上のそれを見た。スマホによく似た黒い板は何の反応もしないまま、埃ひとつ乗せずに光を弾いていた。


 この板がある日いきなり地図を映すというのは、正直まだ信じきれない。だが、俺の名前を勝手に表示した実績がある以上、疑うだけ無駄な気もした。


◇


 顔合わせは、出発の前日、ギルドの奥の部屋で行われた。卓を囲んだのは6人。


 隊長のロザリアさんが、鎖帷子のままで真ん中に座っていて、その隣に知らない男がいた。40くらいの人間で、背が高く、肩から腕にかけての作りが明らかに他と違う。壁に立てかけてあるのは、俺の身長より長い槍だった。


「グレンだ。銀級。よろしく」


 それだけ言って、彼は口を閉じた。声は低くて、無駄がなかった。


「グレンは戦闘係だ」


 ロザリアさんが引き取った。


「私は止める係、こいつは崩す係。役割が違うから2人いる。……で、そこがブラムとヨエル。銅級だ」


「よう、荷袋」


 ブラムさんが手を上げた。あの評価はまだ生きているらしい。


「隊列を言う。先頭が私、次にブラム。真ん中にヤマダとセレネ。その後ろにヨエル、しんがりがグレン」


 彼女は卓の上に指で線を引いた。


「あんたら2人は、前後を挟まれた形で歩く。荷物と地図を持ってる人間を真ん中に入れるのは、大事だからじゃない。落としたら困るからだ」


「……身も蓋もないですね」


「本当のことだ。守るべきものと、守りやすい位置は違う。真ん中がいちばん守りやすい」


 そのあと、ロザリアさんは少しだけ声の調子を変えた。


「言っておくが、私もグレンも、まれびとを送るのは初めてじゃない。そのうえで言う。全部が順調だったわけじゃない。私は左足をやられてしばらく動けなかった。グレンは指を2本置いてきている」


 グレンさんが、卓の上に右手を出した。小指と薬指の先がなかった。


「治癒でも戻らないと、前に申し上げましたね」


 ヨエルさんが静かに補足した。部屋が少し静かになった。


「怖いか」


 ロザリアさんが俺のほうを見た。


「怖いです」


「よし」


 彼女は満足そうにうなずいた。


「怖いと言えるやつは鳴ったときに止まれる。止まれないやつが持っていかれる。……セレネさんは」


「私も怖いです。ただ、役割はまっとうします」


「けっこう」


◇


 その夜、俺は宿の部屋で荷物を並べ直した。


 といっても、荷物を二つに分ける作業だ。


 《手のひら倉庫》は10キロで、容量も30リットル。前に薬瓶の木箱を入れたときは2箱で打ち止めになったし、思っているよりずっと入らない。だから、何を掌に入れて何を背負い袋に回すかを決めるのが、そのまま今夜の準備になる。


 基準ははっきりしていた。掌のほうは出したいものを思い浮かべて手を開くだけで出てくる。片手が塞がっていても、しゃがむ余裕がなくても、暗くても出せる。


 背負い袋はその逆で、下ろして、紐を解いて、中を探ることになる。灯りを持ったままではまず無理だし、一度膝をつく必要がある。誰かに支えてもらうなら、その誰かの手も止まる。


 ……つまり掌に入れるのは「急に要るもの」だ。


 忌避粉、予備の灯石、解毒、傷薬、水袋。どれも、要ると気づいてから探していたら手遅れになるものばかりだった。


 残りは全部、背負い袋に回した。毛布も、着替えも、明日ぶんの携行食も、ロザリアさんから預かった予備の鎖の束も、安全区画に着いてから使うものだ。通路の途中で急に要ることはない。


 入れ終わってから、俺は懐の鉄級の札を出して、しばらく眺めた。黒っぽい木の板に鉄の薄片。刻んであるのは俺の名前だ。


 ……ちゃんと元の世界に帰るぞ。そう思って、俺は札を懐へ戻し、灯りを消した。


 そして、ダンジョン探索の当日がやって来た。

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