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就活37連敗の俺、AIに相談したら異世界へ転移した。なんか思ってた異世界と違うので帰りたいのだが。  作者: 汐見 ゆゑ


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22/30

22. 帰還準備

 32日目の朝、俺はいちばん先にギルドの備蓄倉庫へ向かった。


 断りの返事は早いほうがいい。相手の段取りが狂うからだ——というのは、この30日で覚えたことのひとつで、二日前の俺なら、たぶん言い出せずに期限まで引っ張っていたと思う。


 主任は樽の台帳をつけている途中で顔を上げた。


「おう、山田。どうした仕事の返事か」


「はい。……せっかく誘っていただいたんですけど、受けられません。故郷に帰ることになりました」


 言い訳を足したくなる口を、俺は自分で閉じた。理由を並べれば並べるほど、断られるほうは面倒になる。それも倉庫で覚えたことだ。


 主任は、しばらく俺を見て、それから台帳に短く何か書き足した。


「そうか。まあ、そうなると思ってたよ」


「……思ってたんですか」


「うちに骨を埋める顔じゃなかったからな。ここに置いてある荷物みたいな顔をしてた。預かってるだけで、いつか引き取り手が来るやつだ」


 うまいことを言われた気がした。俺は素直に頭を下げた。奥からコルタが出てきて、俺の顔を見るなり、ふん、と鼻を鳴らした。それだけだった。彼はそのまま棚の奥へ引っ込んで、小さな言葉を吐き出した。


「頑張れよ」


◇


 ギルドのカウンターでは、ノエラさんがいつもの位置で帳面を開いていた。


「ノエラさん。昨日は、すみませんでした」


 彼女は顔を上げた。


「何がですか」


「八つ当たりみたいなことを言いました。ノエラさんは何も悪くないのに、決まってたんですよね、みたいな。……あれは、俺が混乱してただけです」


 彼女は、あっさりうなずいた。


「気にしていません。事実を申し上げただけですので」


 ……いつもどおりだ。


 俺は、その事務的な返事に思ったよりずっと安心した。この人は昨日のことを、たぶん「起きたこと」の欄に書いて、それきりにしている。解釈を足していない。だから、こっちも足さなくていい。


「それと、しばらく依頼を受けられなくなります。……故郷に帰ることになりました」


 ペンが一度だけ止まって、また動きはじめた。


「承知しました。帳簿上は、正式登録のまま当面の休止扱いにしておきます。戻られたときのためです」


「戻る予定は、ないんですけど」


「予定は変わります。うちは変わったほうに合わせるだけです」


 彼女は判を押して書類を横へ寄せると、それ以上は何も聞かなかった。


◇


 聖堂の3階へ上がると、セレネは机で写しものをしていた。俺が扉を開けた音で顔を上げてペンを置いた。


「セレネさん、俺、帰ることにしました」


 彼女の指が机の縁で一度だけ止まった。


「……そうですか」


「ハルヴェンさんに話したいので、取り次いでもらえますか」


「わかりました。すぐ呼びます。……その前に、少しだけ、いいですか」


 彼女は椅子を引いて、こちらへ向き直った。


「どうして、そう決めたのかを聞いてもいいですか。記録のためではなく、私が聞きたいだけです」


 ……私が聞きたいだけです、か。昨日までの俺なら、この一言の裏を勝手に読んで疑っていたと思うが、今日はそうならなかった。


「ここが嫌になったわけじゃないんです。むしろ逆で、ここには仕事があるし、名前を覚えてくれてる人もいるし、揚げ菓子もうまいので」


「揚げ菓子は関係ありますか」


「あります。けっこう大事です」


 彼女が少し笑ったので、俺は続けやすくなった。


「向こうに片づけてないものを置いたままなんです。ずっと逃げてたやつです。……それを置いたままここで新しく暮らしはじめたら、たぶん俺は一生、逃げてきた側のままになります」


「逃げてきた側」


「はい。……で、たぶん、逃げた場所を好きにはなれないと思うんですよ。ここのこと」


 セレネは、しばらく何も言わなかった。それから、机の上の紙を指の腹で撫でて、こう言った。


「……ずるい言い方ですね。それだと、私は引き止められません」


「そういうつもりじゃ」


「わかっています。わかっていますけど、言わせてください」


 彼女は立ち上がって袖の埃を払った。初めて会った夜、丸テーブルで紙束を抱え直したときと同じ動作だった。


「ハルヴェンを呼んできます」


◇


 ハルヴェンは前と同じ椅子に同じ姿勢で座った。


「決まりましたか」


「はい。帰ります」


「承知しました」


 彼はそれだけ言って机に書類を広げ、そこから先は驚くほど事務的に進んだ。


「教団から白鐘迷宮第三層への調査依頼を出します。名目は遺構調査で、あなたはその同行者です。まれびとの帰還という書き方はしません。ギルドの帳面にも残りませんので、ご承知おきください」


「……そんな細かい話まで決まってるんですね」


「毎回やっていますので」


 彼は指で書類の行をなぞりながら続けた。


「人数は6名前後を予定しています。銀級が2名、あとは銅級を数名。大所帯にはしません」


「え、少なくないですか」


 俺は正直に驚いた。危ないところへ行くなら、人は多いほうがいいに決まっている。


「第三層は人数を増やすほど損害が増える層です。通路が細く、鐘の周期で道の形が変わりますので、隊が長くなると後ろが切り離されます。切り離された側を助けに戻るには、また人が要る。……大勢で行って、大勢で戻れなかった例が過去にあります」


 ……なるほど。倉庫と同じだ。人を増やせば片づくというものではなく、通路が細ければ、増やしたぶんだけそこで詰まる。


「そのうえで確認します」


 ハルヴェンは、書類から目を上げた。


「第三層に入れるのは、本来、銅級以上の力量を持つ方か、戦闘職の方です。あなたはどちらでもありません。銀級が2名つきますが、それでも死ぬときは死にます。盾を構えていても、足元が抜ければ落ちます」


 ……はっきり言うな、この人は。


 俺は、一瞬、答えに詰まった。灰色粘体を見て足が止まった自分を思い出したし、第一層で太腿が震えて座り込んだことも思い出した。あの俺が、その二つ下へ行く。


 ……怖い。だが、怖いのは正常だとロザリアさんも言っていた。


「行きます」


 俺は言った。


「向こうに片づけてない課題があります。それと、返してない恩が山ほどあります。俺が自分でやらないといけないことです」


 ハルヴェンは、しばらく俺を見ていた。それから、初めて敬語をやめた。


「……よい顔になったじゃないか」


 俺は、うまく返事ができなかった。この人が「君」と呼ぶのも、言葉を崩すのも、初めて聞いた。たぶんこれが、この人の素なんだと思う。


「編成はこちらで組みます」


 彼はすぐいつもの口調に戻って書類の下の行を指した。


「教団からは2名出します。救護にヨエル。それと、記録と地図にセレネを」


 ……え。俺は、思わず横を見た。セレネは、俺よりずっと驚いた顔をしていた。


「私、ですか」


「担当者には、最後まで見届ける義務がある。着いた日から帰る日までが、ひと続きの担当だ」


「……義務、ですか」


「ただし、強制ではない。ヤマダさんが断れば外す。担当が同行しない例も過去にはあるし、記録はヨエルでも取れる」


 ハルヴェンは、そこで俺のほうへ視線を移した。


「ですので、あなたに聞きます。同行させますか」


 ……俺に振るのか。


 断るのは簡単だった。第三層は銅級以上か戦闘職の場所で、彼女はどちらでもない。入口の広間までしか行ったことがないと、さっき自分で言ったばかりだ。連れていって何かあったら、それは俺のせいになる。


 ……いや、待て。俺はいま、この人の代わりに決めようとしている。


 それは、ちょっと違う。俺が第一層で「まだ大丈夫です」と言い張って迷惑をかけたとき、ヨエルさんは俺の代わりに決めなかった。聞いて、待って、それから教えてくれた。


「セレネさんはどうしたいですか」


 俺は、そう聞いた。彼女が、ゆっくりこっちを向いた。


「……私に、ですか」


「はい。ハルヴェンさんは俺に聞きましたけど、行くのはセレネさんです。俺が決めるのは変です」


「危ないですよ、と言われたら」


「言いません。俺、第一層で座り込んだ人間なので、人に言える立場じゃないです。……ただ、無理だと思ってるなら、それはちゃんと言ってほしいです。あとから言われるほうが困るので」


 言ってから、俺は自分で少しおかしくなった。誰かの受け売りだ。しかも、この街で聞いた台詞ばかりを、順番に組み合わせている。


 セレネは、指先のインクの染みに目を落としたまま、しばらく黙っていた。それから顔を上げて、こう言った。


「行きます」


 彼女は、いつもより一段低い声で続けた。


「入口の広間までしか行ったことがないのは本当です。怖くないと言ったら嘘になります。……でも、私はあの鐘を何年も数えて、人が書いてきたものを写してきました。誰かの見てきたものを、私はずっと後ろから書いてきたんです」


 彼女は、机の上の地図筒に手を置いた。


「一度くらい、自分の目で見て、自分で書きたいです」


 声は少し硬かったが、それは逃げの入っていない硬さだった。俺は、その横顔を見ながら、坂の上のことを思い出していた。


 誰が鳴らしているのかわからない鐘を、何十年も数えて、木札に書いて、聖堂へ持って帰る。それをやってきた人が、今度は自分で下へ降りる。


 ……あの人、たぶん、俺よりずっと行きたかったんじゃないかな。

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