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就活37連敗の俺、AIに相談したら異世界へ転移した。なんか思ってた異世界と違うので帰りたいのだが。  作者: 汐見 ゆゑ


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21. これまでの振り返り

 31日目、俺は依頼を受けなかった。朝のうちにギルドの掲示板の前までは行ったし、掲示係が俺を見つけて手を振ってきたので手も振り返したのだが、結局そのまま外へ出てしまった。


 やる気が出なかった、というのとは少し違う。やっても意味がない気がした、というほうが近くて、これはけっこう違う話だ。前者はただの怠けで済むが、後者はもう少し性質が悪い。


◇


 俺は、あてもなく町を歩いた。


 西門まで行ってガレスさんの立っている詰所を遠くから眺め、声はかけずに引き返し、中央広場では噴水の縁に座って水の落ちる音をしばらく聞いた。子供が走り回っているのは、セレネと並んで座ったあの日と同じだった。北門を出て麦畑の向こうの丘まで眺めてから、また町へ戻った。


 歩きながら、俺の頭はずっと同じところを回っていた。


 門の前で無一文だと申告した俺には、身元不明者向けの手続きがちょうど用意されていたし、読み書きができないと言えば読み上げと立会人がついてきた。初日に薬瓶を割ったときですら、弁償は報酬額が上限だという規約が先に敷いてあった。


 ……全部、先回りされてたんだよな。


 あれは俺のために作られたものではなく、俺みたいなのが何年かに1人の割合でやって来るから、何十年もかけて整えられてきたものだ。そう考えはじめると、この30日そのものがぐらついてくる。


 薬瓶を割って自分から報告に行ったことも、倉庫に道を作ったことも、迷宮できついと言えたことも、上から眺めれば「まれびとはだいたいこう動く」という前例の内側にきれいに収まっていて、俺はその上に引かれた線をなぞるみたいに歩いていただけなんじゃないか。

 

 コルタさんが俺の名前を覚えてくれたことも、倉庫の主任が声をかけてくれたことも、全部その仕組みの中の出来事だったとしたら。


 俺は噴水の縁で、両手で顔を覆った。


 俺の30日は、俺が選んだんじゃない。選ばされたんだ。


◇


 夕方になって、俺はギルドへ行った。宿の斡旋の話が残っていて、それだけは今日中に片づけないと明日から寝る場所がないからだ。


 カウンターにはノエラさんがいて、俺の顔を見るなり、手元に紙を1枚引き寄せた。宿の紹介状だろう。俺が今日ここへ来る理由は、それしかない。


「今日は、依頼を受けていませんね」


「……休みました」


「けっこうです。31日目ですので」


 ペンが紙を走る音がする。そのまま黙って待っていればよかったのに、俺はなぜか口を開いていた。


「ノエラさん。あれ、全部、決まってたんですよね」


 ペンが止まった。


「無一文の手続きも、読み上げも、弁償の上限も、俺が来る前から全部用意してあったんですよね。俺みたいなのが、何年かに1人来るから。……じゃあ俺、この30日、何やってたんですか。用意された道を順番どおりに歩いただけで、すごいことなんて何も——」


 そこで喉が詰まった。自分の声が思ったより硬いのが、口に出してからわかった。


 ……あ、まずい。


 俺はいま、目の前の人に八つ当たりをしている。この人は制度を作った側ですらないのに、と思いかけて、そこで背筋が冷えた。まずいのは、そこじゃない。


 ノエラさんはギルドの人であって、教団の人ではない。昨日聖堂で聞いた話は——まれびとだの、30日だの、帰る方法だの——この人には一言も伝わっていないはずで、ハルヴェンさんも「具体的には知りません」と言っていた。それなのに俺はいま、その全部を知っている前提の喋り方をした。


「……すみません。昨日から、あんまり寝てないんです。それで、その、変なことを口走りました。忘れてください」


 我ながら下手な誤魔化しだった。


「いいえ」


 ノエラさんはそれ以上何も聞かなかった。聞き返されなかったこと自体が、少しだけ引っかかった。彼女は怒りもせずにペンを置いて、しばらくこちらを見てから、カウンターの下から別の紙を1枚出した。


「勤務実績票です。今日、正式版が出ました。……お渡しするつもりでした」


 受け取った紙の文字は、もう自分で読める。自分がやって来た事が書かれていたが、その下にもう1つ欄があって、「依頼主所見」と書いてあった。


 西門、ガレス。『初日に自分から無一文だと申告した。あれを言えるやつは、そう多くない』

 西通り薬種商。『割ったぶんはきっちり引いた。手つきは丁寧で、瓶の扱いを覚えるのが早い。次も寄越してくれ』

 北通り溝さらい。『文句を言わずに最後までやった。日が暮れても手を抜かない』

 ギルド備蓄倉庫、コルタ。『棚の直し方を考えて持ってきた。おかげで傷薬が取りやすくなった。こいつは頭を使う』

 白鐘迷宮補給、監督ロザリア。『体調の申告あり、適切。荷を任せられる。次も連れていける』


 読みながら、俺はその一つひとつの現場を思い出していた。門の前で膝が笑っていたこと、薬種商の店の藁の匂い、北通りの溝の底のぬかるみ、地下倉庫のランプの届かない隅、第一層の壁を覆っていた苔の明るさ。全部、俺が実際に立っていた場所だ。


「これは、ギルドが書いたものではありません」


 ノエラさんが言った。


「依頼主が書いた欄を、うちは書き写しただけです。……そこに載っているのは、あなたが何をしたかではなく、相手があなたの何を覚えていたか、です」


 ……覚えていたか。


「制度が用意できるのは、機会を与えるところまでです。無一文の方に手続きを出す、読めない方に読み上げをつける、そこまでは誰にでも同じように与えられます。ですが、失敗をして自分から言いに行くかどうかや、改善案を出すかどうかまでは与えられません。そこは、あなたが自分で選んだところです」


「でも、それも想定されてたかもしれないですよね」


「されていたかもしれませんね」


 あっさり認められて、俺は少し面食らった。


「ですが、想定されていたことと、あなたがやらなかったことは両立します。想定内の道でも、歩かない人は歩きません」


 彼女は紹介状に判を押しながら、最後にこう付け足した。


「仕組みは仕組みです。その仕組みをどう使ったかまでは、仕組みのほうには書けません。書けるのは見ていた人だけです」




 俺はギルドの隅の丸テーブルに移って、その紙をずっと眺めていた。


 『初日に、自分から無一文だと言った』——ガレスさんは、あの日のことをそう書いていた。


 ……あの日の俺、ほとんど自棄だったけどな。


 嘘の身の上をひねり出しては全部口から漏れて、諦めて正直に言っただけの話で、立派な決断でもなんでもない。それでも紙に残っているのは動機ではなく、やったことのほうだ。


 ……事実と、解釈。


 そこで俺は初めて、向こうの世界のことを同じ形に並べ直してみた。


 就活だって制度だった。説明会があり、エントリーシートの枠があり、面接の作法があり、選考の段取りがあって、誰かが作った仕組みの中を俺は順番に歩かされていた。それはたしかにそのとおりで、いくら文句を言っても構わない。問題は、俺があの仕組みの中で何をしたのかを、いま思い出せないことだった。


 いや、思い出せないのではなく、書いていないのだ。俺はエントリーシートに自分のやったことを書かず、代わりに「粘り強い性格です」「協調性があります」と、自分がどういう人間かという解釈ばかりを並べていた。そうして落ちるたびに、景気のせいにし、学歴のせいにし、仕組みの話ばかりしていた。


 この30日で俺がやったことは、こうして紙1枚に収まってしまう。少ないが、これは全部、事実だ。


◇


 しばらくして、隣に人が座った。セレネだった。距離は人ひとりぶんで最初の夜と同じだ。ペンも帳面も持っていない。


「今日は、記録に来たんじゃないです」


 そこで会話が途切れた。気まずい、というやつだった。この人とこんなに黙り込んだのは初めてで、いつもならこの手の沈黙はなかった。


「ヤマダさん。昨日、謝りましたけど……あれで済ませていいのか、ずっと考えていました」


 彼女は、机の木目のあたりを見ていた。


「私がお教えしたことは、全部、報告書を書くために教えたことだと思われても仕方がありません。だとすると、ヤマダさんが覚えた字も、私が出した課題も、まとめて信用できないものになってしまいます。……それが、いちばん困ります」


 俺は紙を見たまま少し考えて、それから顔を上げた。


「セレネさんが教えてくれたのは、事実だけです」


「……え」


「事実と解釈は違う、解釈で事実を上から塗るのは改竄だ。……そう教わりました。あなたに」


 彼女が何か言いかけたので、俺は先に続けた。


「教わったことは全部本当でした。字も、課題も、迷宮の観測所も。そこに『この人は俺を騙している』っていう解釈をくっつけたのは、俺のほうです。勝手に足して、勝手に信じて、勝手に逃げました。あの部屋から出ていったのは、俺の判断です」


 言いながら、俺は自分でも少し驚いていた。こんな喋り方は、30日前の俺にはできなかったからだ。あのころの俺は悪いのが相手しか持っておらず、自分が悪いとなれば仕組みや相手に責任をなすりつけ、相手が悪いとなれば一生根に持っていた。いま口から出ているのはそのどちらでもなく、誰がどこまでやったのかを分けているだけだった。


 ……あ。これ、俺、けっこうできるようになってるじゃないか。


「ヤマダさん。……いま、少し、ずるいです」


「え」


「私が謝る側だったのに」


 彼女はそう言って、そこで初めていつもの顔で笑った。


◇


 窓の外はもう暗かった。


 俺は紙をたたんで懐に入れた。鉄級の札が、その隣で小さく鳴った。


 ……帰ろう。


 その言葉は、思ったよりすんなり落ちてきた。


 この街が嫌になったからでも、ここに居場所がないからでもない。むしろ逆で、ここには仕事があり、名前を覚えてくれた人がいて、いま隣で笑ってくれる人までいる。だからこそだった。

 

 向こうにはまだ、俺が一度も書かなかった事実が置きっぱなしになっていて、就活や、母さんが扉の外に置いていった食事も、全部そのままだ。あれを片づけないままこっちへ引っ越したら、俺はたぶん一生「逃げてきた側」のままになる。


 ……もう一回、やってみるか。あっちの仕組みの中で。今度は仕組みに文句を言う前に、自分が何をしたかを書けるようになろう。

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