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就活37連敗の俺、AIに相談したら異世界へ転移した。なんか思ってた異世界と違うので帰りたいのだが。  作者: 汐見 ゆゑ


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20. 帰還方法

「君は——元の世界に帰りたいですか?」


「……帰れるんですか」


 声が、みっともなく裏返った。


「帰れます」


 ハルヴェンは、そう答えた。それだけだった。付け足しも、前置きもない。事実を1つ置いて、こちらの出方を待っている。


 混乱したまま、俺は横を見た。


 セレネが、口を半分開けて、ハルヴェンを見ていた。


 ……あ。この人、知らなかったんだ。その顔は、驚いた人の顔だった。俺と同じ側の顔をしていた。それが、なぜか、俺をいちばん落ち着かせた。


「ハルヴェンさん、帰る方法について教えてもらってもいいですか」


 俺は、膝の上で手を握り直した。


「順にお話しします。まず、まれびとが古環跡に現れると鐘が鳴ります。そして、このダンジョンに黒い板が現れます。無地で、何も書いていない、手のひらより少し大きい板です。誰が置いていくのかは、わかりません」


 彼は、聖職服の内側から布の包みを取り出して、机の上で開いた。


 ……は?


 俺は、たぶん、かなり間抜けな顔をしたと思う。


 黒い板だった。手のひらより少し大きい、角の丸い長方形。縁に継ぎ目がない。表面につやがあって、埃ひとつ乗っていない。斜めから覗くと、俺の情けない顔がうっすら映った。


 ……スマホじゃん。


 厚みはもう少しある。金属とも石ともつかない材質で、ボタンも、穴も、模様もない。だが、形と、机に置かれたときの座りの良さは、俺が2か月間ベッドの上で握りしめていたあれと、ほとんど同じだった。


「触っても構いません。あなたに応えた板ですので」


 俺は、恐る恐る指を伸ばした。


 冷たい。ガラスの冷たさではなく、石の冷たさだった。


 ……そういえば。


 俺をこっちへ送り込んだあいつも、これくらいの板の中にいた。その符合が偶然なのかどうか、聞いても答えは返ってこない気がしたので、俺は聞かなかった。


「その板は、まれびとが30日の仮就労を終えたとき、その人が読める文字で応答します。今朝、応答しました」


 今朝、俺が薬草を配っていた頃だ。


「なんて書いてあったんですか」


 端末をいじっていたら、端末が発光して画面が表示された。

 

『ユーザー照合:山田直人、帰還資格:成立、中継点:白鐘迷宮第三層、帰還石:未取得、起動地点:古環跡……以上』


「そこに書いてある通り、帰る資格が成立したこと。白鐘迷宮の第三層に《帰還石》があること。それを古環跡で使うこと。……以上です」


 そうハルヴェンが補足すると、端末の表示は消え、うんともすんとも言わなくなった。……以上じゃないんだよ。聞きたいことが、いっぺんに10個くらい浮かんだ。浮かんだ順に口から出しかけて、俺はそこで踏みとどまった。一度に聞くと、絶対に覚えられない。1つずつだ。


「その、なんで30日なんですか」


「決まっているからです」


「誰が決めたんですか」


「迷宮です。大昔の取り決めだと伝わっています。迷宮には、人とは違う形の意思があります。言葉は通じません。ただ、まれびとを迎えて、30日この土地で暮らさせて、望むなら帰す——その形だけが、ずっと続いています」


 ハルヴェンは、真顔だった。


「教団が決めたんじゃなくて、ですか?」


「教団は決めていません。迷宮が決められていない部分だけを私たちが埋めています。住まいをどうするか。仕事をどう用意するか。誰が担当につくか。そのあたりは、全部こちらの都合です」


 ……なるほど。制度じゃなくて慣習だ。上位の何かが枠だけ決めて、細部は現場が回している。それは、まあ、どこの世界でもそうなんだろう。


「その仕事っていうのは、なんでもいいんですか」


「本人が選びます。断ることもできます。ただ、依頼を受けて、相手の要望を確かめて、働いて、結果を出して、報酬を受け取る。この一周を、決められた日数ぶん回してもらいます」


 ……俺は、この30日を思い返した。


「……あの、もう1つ聞いていいですか」


 俺は、少しだけ声を落とした。聞きたくない質問だった。ただ、この30日で覚えたことが、聞かないほうが後で高くつくと言っていた。


「もし、その作業をやらなかった人はどうなるんですか」


 ハルヴェンは、答える前に、一度だけ目を伏せた。


「状況により指導が入ります。厳密に言うと、この世界に馴染むことが大事ですので。馴染めない場合は、その方とは何度か話をします。到着した時点で、こちらへ刃を向けてくる方もいます。町の人が死んだ例もあります。その場合は話し合い以前の問題ですね」


 部屋の温度が、下がった気がした。俺の中で、昨日からずっと引っかかっていたものが、音を立てて噛み合った。


「……報告書って、それのためですか」


「そうです。あなたが町にとって危ういかどうかを、私たちは見ています」


 俺は、自分の膝を見た。


 あの帳面には、俺が字を覚えた日のことも、ダンジョンできつくなって座り込んだことも、揚げ菓子を食べたことも書いてあったのかもしれない。それは、俺を知るためじゃなくて、俺を測るためだった。


「俺、危なかったですか」


「いいえ」


 即答だった。


「あなたは初日に無一文であることを自分から申告しました。薬瓶を割ったことを自分から言いに行きました。……その2件で、こちらの心配はほぼ終わっています」


「なんで最初に教えてくれなかったんですか」


 俺は、たぶん、この質問をいちばん聞きたかった。


「教えられないからです」


「……教えたくない、じゃなくて」


「教えられません。こちらが縛られています」


 ハルヴェンは、机の上の板に目をやった。


「帰り道を見つけるところまでが、迷宮の出した課題です。本来、まれびとは自分で気づいて、自分で第三層へ向かいます。実際、30日を待たずに辿り着いた方も何人かいらっしゃいます」


「……自力で、ですか」


「ええ。いろんな人に話を聞いて回った方もいました。迷宮のおとぎ話から気づいた人もいました。……そういう方々に、私たちは何もしていません。見ていただけです」


 ……見ていただけ。つまり、この人たちは本来、答えを知っていても口に出せない立場なんだ。試験監督が、解けない受験生の横で、答案を眺めているようなものだ。


「では、気づかなかった者はどうなるか」


 彼は、そこで一度、間を置いた。


「昔は、そのまま何年も暮らして、そういうものだと思って一生を終える方がいました」


 ……うわ。


「それを見かねたのか、最初からそう決まっていたのかは、わかりません。ただ、30日を過ぎたまれびとについては、こちらから教えてよいことになっています」


 彼は、板の縁を布ごしに撫でた。


「私たちが差し上げているのは、答えではありません。30日この土地で暮らした方に配られる救済措置です」


 ……救済措置。


 要するに、俺は自力で解けなかったほうだ。30日かけて気づかないまま、樽を運んで、字を覚えて、揚げ菓子を食っていた。


 ……落第かよ。


 そう思いかけて、俺は少しだけ引っかかった。


「他の人は、知ってるんですか。ノエラさんとか、門番のガレスさんとか」


「具体的には知りません。ただ、長く関わっている方は、薄々気づいています。ガレスは、たぶん気づいているほうです」


「言わないんですか」


「言えないようになっています。仕組みのほうで」



「最後に、選択肢を申し上げます」


 ハルヴェンは、そこで初めて、少しだけ前に身を乗り出した。


「帰る場合。帰還石は第三層にあります。第三層は、一人で行ける場所ではありません。ですので、こちらで白鐘迷宮への正式な調査隊を編成します。人手も装備も、こちらが出します。ただし、迷宮は危険なところですので死ぬ場合もあります」


「あの、それ、誰かに取ってきてもらうのは」


「できません。石は本人にしか触れません。あなたが自分で行って、自分で持って帰る必要があります。これもダンジョンの試練です」


 ……自分で行くのか。第一層で足が止まった男が、第三層に。


「残る場合」


 彼は続けた。


「教団が後見人になります。定期的に面談があります。仕事は斡旋できますし、この町でなくても構いません。……いま声をかけられている仕事を受けても、もちろん結構です」


 ……なんで知ってるんだ。


「同じ町ですので」


 声に出してないのに。


「どちらを選んでも、こちらは全力で支えます。強制はしません。残ると決めた方を送り返したことは、一度もありません」


「期限はあるんですか?」


「あります。黒い板は、応答してから30日で沈黙します。それまでに決めてください。過ぎた場合は、残ることを選んだものとして扱います」


 ハルヴェンは、それだけ言うと、机の上の黒い板を布に包み直して、椅子を引いた。


「板は、それまでこちらで預かっておきます」


「……持っていかなくていいんですか」


「迷宮へ入る日にお渡しします。石のある場所を示すのは、その板ですので」


 ……えっ、地図なのか、これ。


「無くされると、こちらも困ります。ですので、その日まで預かります」


「……信用ないですね、俺」


「あなたではなく、宿の部屋を信用していないだけです」


 彼は包みを袖の内へ収めて、立ち上がった。


「今日は、これで終わりにします。一度に決めるものではありません」


 彼は扉のところで一度止まって、こちらを見ずに付け足した。


「……黙っていて、すみませんでした。恨まれる覚悟はしています」


 そして、出ていった。


 部屋に、俺とセレネが残った。セレネは、まだ座ったまま、机の一点を見ていた。指先のインクが、いつもより濃く見えた。


「……知らなかったんですか」


 俺が聞くと、彼女は小さくうなずいた。


「知りませんでした。私は、担当なのに」


 声が、ずいぶん薄かった。


「……30日で帰れることも、端末のことも、いま初めて聞きました。たぶん、余計な感情が入らないようにするためなのでしょうけど」


 彼女は、そこで何か言おうとして、口を開いて、そのまま閉じた。言葉が出てこなかったんだと思う。


 俺は、窓の外を見た。


 ……帰るか、残るか。


 あと30日で、俺は自分の人生を、自分で決めないといけないらしい。

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