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就活37連敗の俺、AIに相談したら異世界へ転移した。なんか思ってた異世界と違うので帰りたいのだが。  作者: 汐見 ゆゑ


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17. 初めてのダンジョン2

 それからしばらく歩いたところで、ロザリアが足を止めた。


「鎧鼠の群れだ」


 俺には何も見えなかった。


「音がする。前方の突き当たりの右」


 言われてから耳を澄ますと、かりかり、という音がかすかに聞こえた。何かを引っ掻く音。それが、いくつも重なっている。鎧鼠。猫くらいの大きさで、背中に甲羅を背負ったやつが、通路の向こうに何匹もいる。


「戦うんですか」


 俺は、たぶんかなり間抜けな声で聞いた。


「勝てはする」


 ロザリアは、あっさり言った。


「私とブラムで前を止めて、ヨエルが後ろを見る。それで勝てる。……勝てるが、そのあいだ、あんたら3人はどこに立ってる?」


 ……あ。


 輸送係は3人。俺と、テオさんと、無口な女性。全員、荷物を持っている。荷物を持ったまま逃げられないし、置いて逃げたら仕事にならない。


「戦うってのは、守る対象が動けなくなるってことだ」


 ロザリアは、俺のほうを見ずに手を出した。


「ヤマダ。忌避粉」


 俺は、掌を開いた。朝の荷確認で預かった小袋が、すぐに出てきた。ロザリアは袋を受け取ると、通路の分岐の手前に一掴み撒いた。


 それだけだった。俺たちは反対側の通路を歩いた。かりかり、という音は、ついてこなかった。


「これで銅貨1枚ぶんだ。1層の魔物にしか効かんが安上がりだ」


 ロザリアが言った。


「群れと戦うより安い。あいつらの素材は、1匹で銅貨1枚に届かん。倒しても足が出る。おまけに誰か引っ掻かれたら、薬代のほうが高くつく」


 ……あ、そうか。


 倒しても儲からない。倒すと怪我をするかもしれない。怪我をすると薬がいる。薬は高い。だから、避ける。金と、命と、消耗品。この3つの天秤が、この仕事の本質なんだと、俺はそのとき理解した。



 問題は、そのあとに起きた。いや、問題というほどのことでもない。俺が、ちょっと格好をつけた、というだけの話だ。


「ヤマダさん。一度、休憩を入れますか」


 ヨエルが、後ろから声をかけてきた。


「まだ大丈夫です」


 即答した。……即答した理由は、はっきりしていた。


 俺だけのために隊が止まる。俺だけが遅れる。それに、まだまだ大丈夫だと思っていた。


 なのに、そこから通路をいくつか曲がったあたりで、太腿が変な震え方を始めた。


 ……あれ。息も上がっている。革の胴当ては見た目より重いし、爪先に鉄の入った靴は歩き慣れていない。それに、暗いところをずっと緊張したまま歩くのは、思っていたよりずっと体力を食う。


 ……いや、まだいける。いける。歩けている。転んでいない。


 そう思った瞬間、講習の裏庭でヨエルが言ったことが、耳の奥で再生された。


 ——恥ずかしいから黙る。迷惑をかけたくないから黙る。そうして、動けなくなってから言うんです。


 ……あー。俺は、いま完全にそれをやっている。


 しかも性質が悪いことに、俺は「まだ大丈夫です」と自分で宣言してしまっている。あれを撤回するのは、なかなか格好が悪い。


 ……格好が悪いのと、死ぬのと。並べてみると、答えは1つしかなかった。


「……すみません」


 俺は、前を向いたまま言った。


「思ったよりきついです。少し休ませてください」


 隊が、止まった。ロザリアが振り返って、俺を見て、それから壁際を顎で示した。


「そこ座れ」


 ……怒られなかった。ヨエルが俺の横にしゃがんで、手首と、首の後ろに順番に触れた。


「水を飲んでください。……よく言えました」


「……すみません」


「謝るところではありません。ただ」


 彼は、そこで一度言葉を切った。


「次は、もう少し早く言ってください」


「早く、ですか」


「ええ。報告できたのは立派です。ですが、いま報告したのは『きつくなってから』でした。理想は『きつくなりそうだと思ったとき』です」


 ……そんなに早く?


「早いほうが、こちらの選択肢が多いんです。いまなら休憩で済みます。もう少し遅ければ、荷を分けることになった。さらに遅ければ、担いで戻ることになりました。同じ申告でも、早いほど安く済みます」


 彼は、水袋の口を締めながら続けた。


「よくある勘違いなんですが、限界まで働ける人が優秀なのではありません。明日も同じ仕事ができる人が優秀なんです。寝ずに働いて翌日倒れる人より、きちんと寝て毎日同じだけ動ける人のほうが、隊としてはずっとありがたい」


 ……明日も同じ仕事ができる人。俺は、就活の面接で「体力には自信があります」と言ったことを思い出した。何の根拠もなかった。ただ、そう言うものだと思っていた。


 ヨエルが言っているのは、たぶん、その反対だ。



 鐘観測所は、第一層のいちばん奥にあった。第二層への降り口のすぐ手前で、通路が広間になっている。石の台の上に、水を張った浅い皿と、砂時計と、目盛りのついた棒が置いてあった。


 台の向こうに、老人が1人いた。ダンジョン教の観測係だそうだ。俺たちは灯石と食料などの荷物を下ろし、代わりに木箱を受け取った。


「ここは補給所も兼ねている」


 ブラムが教えてくれた。


「地上から要るもんを運んで、帰りに下で採れたもんを持って上がる。俺らみたいなのが往復して、ようやく回る」


 降ろして、積んで、また歩く。冒険というより、運び役だ。その間、俺は壁を見ていた。


 紙が貼ってある。線と点が、びっしり並んでいた。


「これ、なんですか」


「鐘の記録だ」


 老人は、灯石を数えながら答えた。


「鳴ると、そこの皿の水が揺れる。揺れ方で、だいたいの深さが読める。時刻と、揺れと、その日どれだけ人が入ったかを書いて、上に送る」


 ……上に送る。坂の途中で見た、あの屋根つきの掲示を思い出した。あそこで数えているのと、同じものを、こんな地面の下でも数えている。



 荷物を整理していると、降り口のほうが急に騒がしくなった。人が上がってきたのだ。別の隊だった。先頭の男が、後ろの男に肩を貸している。貸されているほうの右腕が、肘から先まで赤かった。


 ヨエルが荷を置いて、走った。ヨエルは膝をついて、傷の上に手をかざした。掌の下が、淡く光った。赤い筋が引いていった。血が止まって、傷の縁が寄って、盛り上がって、閉じた。


 ……治った。治癒魔法かな。そういうスキルも当然あるんだ。俺は感心しながらその様子を見ていた。


 治療を終えたヨエルは、しかし、立ち上がらなかった。彼は男の肩を掴んで、何かを短く聞いていた。それから、上がってきた隊の隊長らしい人と、低い声で話し込んだ。戻ってきた彼の顔は、いつもより硬かった。


「すごいですね、あれ。なんでも治せるんですか?」


「いえいえ、あれは傷が浅かったからです。私の力でできるのは、放っておいても塞がる傷を、その場で塞ぐことだけです。血が止まる。膿まない。それだけでも十分価値はありますが、それだけです」


「……骨とかは」


「無理です。折れた骨も、潰れた内臓も、なくなった指も、戻りません」


 彼は、水袋を腰に戻した。


「重い怪我をした人は、迷宮の中では助かりません。街まで運んで、寝かせて、時間をかけて治すしかない。そして、迷宮から街までは遠い」


 ……遠い。俺は、さっき歩いてきた通路の長さを思い出した。あれを、動けない人間を担いで戻る。第二層からなら、もっとだ。


「ですから」


 ヨエルは、俺を見た。


「迷宮で大事なのは、危険が起きたときにどう対処するかではありません。危険をどれだけ起こさずに済ませるか、です。撒いた粉が銅貨1枚。折れた足は、たぶん一生ぶんです」



 地上に戻ったのは、まだ外が明るいうちだった。外の光が目に刺さって、俺はしばらく瞬きを繰り返した。半日ぶんの明るさが、ずいぶん贅沢なものに感じられた。


 ギルドに戻って、ノエラさんに報告した。


「受領品も確認しました。どうでした、迷宮は」


「……広かったです」


 言ってから、それだけでは何も伝えていないなと思って、俺は続けた。


「あそこ、道が全部同じ形なんですよ。壁も、天井も、苔の明るさも。分かれ道でどっちから来たか、俺、途中でわからなくなりました。ブラムさんは壁の何かを見て平然と曲がってましたけど、その何かが、最後まで見えませんでした」


「一人だったら、どうでしたか」


「帰ってこられなかったと思います」


 自分で言って、少し情けなくなった。ついでなので、全部言ってしまうことにした。


「あと、俺、あんまり役に立ってないです。荷物を持って、言われたとおりに歩いて、途中で休ませてもらっただけなので。……戦闘も、無理でした。魔物が見えた時点で足が止まったので、たぶん向いてないです」


 ノエラさんは、帳面をめくった。


「灯石は、欠けが1つもなく届いています。それと、監督の報告に一行あります。『忌避粉、要求から受け渡しまで間が無かった』と」


「それ、袋を出しただけですけど」


「その袋がすぐ出てこなければ、監督は隊を組み直します。組み直しているあいだ、6人が全員、あの通路に立っていることになります」


 彼女は眼鏡を押し上げた。


「それと、ヤマダさん。最初から向いている人は、いません。皆さん最初は、広い、暗い、怖い、と言って帰ってきます。そこから、自分が何なら耐えられるかを探すんです。剣に耐えられた人は剣に行きますし、道を覚えるのが得意だった人は案内に行きます。向き不向きというのは、行ってみないと出てきません」


 彼女は、判を押した。


「ですので、今日の『無理でした』は、こちらにとっては立派な収穫です。次にお勧めする依頼を、少し寄せておきますね」


「寄せる、というのは」


「戦わないほうへ、です」


 ……無理でしたが、収穫。変な言い方だ。変な言い方だが、そう言われると、不思議と息がしやすかった。



 その後、俺は文書室へ行った。いつもの授業の日だ。扉は開いていた。


「セレネさん」


 返事がなかった。


 中を覗くと、机に誰もいない。珍しい。インク壺の蓋は開いたままで、ペンが紙の上に置いてある。ちょっと席を外しただけ、という置き方だった。


 ……待ってるか。俺は、椅子に座ろうとして——机の上の帳面が、目に入った。別に、覗こうとしたわけじゃない。開いていたのだ。開いていて、そこに字が書いてあった。


 そして俺は、もう、字が読める。いちばん上の行が、勝手に頭に入ってきた。


 『山田直人 観察報告書』


 ……え。

 

 俺は、その一行を、もう一度読んだ。


 観察。報告。


 背中のあたりが、すっと冷たくなった。


 ……観察されてたのか。……いや。


 落ち着け。ちゃんと理由があるはずだ。この街の人は、聞けば必ず理由を並べる。門番も、受付も、倉庫番も、全員そうだった。


 そう思った。思ったのに、足のほうが先に動いていた。俺は、椅子に座らずに、そのまま廊下へ出た。


 階段を下りて、聖堂を出て、北通りを歩いて、宿まで戻った。


 誰にも会わなかったのが、少しありがたかった。

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