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就活37連敗の俺、AIに相談したら異世界へ転移した。なんか思ってた異世界と違うので帰りたいのだが。  作者: 汐見 ゆゑ


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16. 初めてのダンジョン

 異世界に来て24日経った。今日の依頼が終わったので、いつものように依頼完了報告をノエラさんにする。依頼を処理してもらってからノエラさんが話しかけてきた。


「ヤマダさんは、依頼完了が20件を超えました。それと、ダンジョンへの入場許可が出ました。迷宮関係の依頼を受けられるようになります。どうしますか? 参加しますか?」


 あまりにさらっと言われたので、頭が追いつくのに少しかかった。


「……あの。それ、誰でも入れるものじゃないですよね」


「もちろん違います」


 ノエラさんは眼鏡を押し上げた。


「入れるのは、正式登録を済ませて素行に問題なしと判断された冒険者。それと、仮登録でも勤務実績が20件を超えて、やはり素行に問題なしと判断された方です。あとは教団の関係者と、街の役職持ちくらいですね」


「流れも説明しておきます」


 彼女は新しい紙を出した。


「まず、基礎の安全講習を受けていただきます。これは必須です。修了していない方は、入口から先へ通してもらえません」


「講習を受ければ、いきなり潜れるんですか」


「潜れます。ただし第一層だけで、最初は輸送か採取の補助としてです。銀級の監督が付きます。戦闘は、仕事のうちに入っていません」


「……戦闘はしなくていいんですか」


 彼女は、そこで一度だけ視線を上げた。


「ダンジョンに慣れていない人間は戦闘で役に立たないことが多いです。最初は経験者と一緒に行って慣れてからじゃないとだめですね」


 カウンターの上に、依頼票が1枚置かれた。


「明後日の枠に依頼あります。読んでみてください」


 俺は、依頼票の字を目で追った。依頼の文章はだいぶ読めるようになってきた。


 白鐘迷宮第一層、鐘観測所への灯石補給。銀級監督下。報酬、銅貨9枚。要・基礎安全講習修了。


「参加します」


「では、講習の枠を押さえます」


 こうして、俺は初めてダンジョンに入ることになった。



 ダンジョンの基礎講習はダンジョン教の聖堂で開催された。座学と実技だそうだ。教えてくれたのは、白灰色の軽装聖衣を着た男だった。


「ヨエルです。救護司祭をしています」


 30過ぎくらい。淡い金髪を後ろで結んでいる。物腰は柔らかいが、目つきは柔らかくなかった。


「今日お伝えすることは3つです。1つ、水と灯りの残量の数え方。2つ、具合が悪くなったときの申告の仕方。3つ、迷宮で死ぬ人の死に方です」


 ……3つ目。俺は、少し身を固くした。


「迷宮で死ぬ人の大半は、魔物に負けて死にません」


 ヨエルは指を折った。


「転んで死にます。迷って死にます。灯りが切れて死にます。それから、具合が悪いのを黙っていて死にます」


 彼は、俺の目を見た。


「恥ずかしいから黙る。迷惑をかけたくないから黙る。そうして、動けなくなってから言うんです」


「……」


「ヤマダさん。あなたは、黙るほうですか」


 俺は、少し考えた。考えて、正直に答えた。


「……たぶん、黙るほうです」


「では、今日はそれを直しましょう。明日、黙らなくて済むように」


 そのあと、ダンジョンの階層の話になった。


 第一層は、壁に光る苔が生えていて明るい。ほぼ測量が終わっていて、危険度は低い。ただし広い。広いというのが問題で、迷子、転倒、体調不良——地味な事故で人が死ぬのは、たいていこの層らしい。


 第二層は暗くて水がある。灯りがないと一歩も動けない。毒の胞子が出る区画もあるので、装備と付き添いが要る。


 第三層から下は、危険度が変わった。


「銀級の冒険者が同行しない場合、立ち入りは推奨されません。推奨されないというのは、行っても止められないが、死んでも誰も驚かない、という意味です」


「……いまのところ、どこまでわかってるんですか」


「観測できているのは第五層までです。それより下は、誰も戻ってきていません」


 誰も戻ってきていない。


 その言い方は、ずいぶんはっきりしていた。


「それと、鐘です」


 ヨエルは、北のほうを指した。


「鐘が鳴ると、第三層から下は道の形が変わることがあります。さっき通った道が、帰りには無くなっている。第一層と第二層では起きません。ですから明日は、鐘が鳴っても慌てなくて大丈夫です」


「大丈夫、なんですね」


「大丈夫です。……ただ、みなさん最初は跳び上がります」



 当日の朝、俺は北門の外で小隊の5人と合流した。ダンジョン未経験者はちゃんと経験者と組まされるようだ。


 1人目は女性だった。短い赤褐色の髪。使い込んだ鎖帷子に、片手剣と盾。装飾は何もない。留め具が、明らかに何度も直された跡だらけだった。


「ロザリアだ。銀級。今日の監督だ」


「山田直人です」


 彼女は、俺の装備をひととおり見た。教団の貸与品だ。流石に普段着で行くのは無謀なので、希望者には貸与してもらえる。革の胴当てと、爪先に鉄の入った編み上げ靴。


 2人目は、俺の胸くらいの高さから話しかけてきた。


「お前が収納の兄ちゃんか」


 ドワーフだった。黒い縮れ髭。革の帽子。腰に測量紐と、小型のつるはし。背は低いが、腕と首が丸太みたいに太い。


「ブラムだ。銅級。斥候と、石を見る係だ。10キロだって? 少ねえな」


 率直だった。


「まあ、いい。荷袋に足が生えてると思えば上等だ」


 ……足の生えた荷袋。


 3人目はヨエルだった。昨日の講習の人だ。


「昨日の話、覚えていますか」


「黙るな、ですよね」


「けっこう」


 残りの2人は、俺と同じ輸送係だった。


「テオだ。よろしくな」


 20代後半くらいの、背の高い男。背中に俺の倍はある荷を積んでいるのに、姿勢がまったく崩れていない。


「あんた、収納持ちなんだって? 俺のは重さ軽減のスキルがある。担いでるあいだだけ、重さを少し減らせる」


「それ、すごくないですか」


「すごくねえよ。下ろした瞬間に普通に重いし。そこまで軽くならん」


 もう1人は、無口な年配の女性だった。腰から下げた提灯みたいな器具の中で、白っぽい石が静かに光っている。


「灯石です」


 ヨエルが横から言った。


「迷宮で採れる魔石を削って、灯りに加工したものです。油も火も使いませんので、迷宮の中ではこれが標準になります。私たちが今日運ぶの主なのは、これですね」


 輸送が3人、護衛と救護で3人。合わせて6人で1つの小隊。俺たちの前にも、後ろにも、似たような塊が並んでいた。他の隊だ。同じ日に、別の場所へ、別のものを運ぶらしい。


 ……なんか、思ってたのと違うな。冒険者パーティが颯爽と迷宮へ挑む、みたいな絵を、俺はどこかで期待していたと思う。実際に目の前にあるのは、朝の集合と、点呼と、荷の確認だった。



 ダンジョンの入口は、丘の中腹にぽっかり開いた石の口だった。覗き込むと、下へ向かう階段が、光の届かないところまで続いている。風が吹き上げてきた。ひやりと冷たくて、湿っていて、石と土と、それから何か知らない匂いがした。


「行くぞ」


 ロザリアが言った。


「今日の目的は鐘観測所への補給。戦闘は必須じゃない」


 第一層は、明るかった。壁のあちこちに、青白い苔がびっしり生えている。強い光ではない。曇りの日の夕方くらいの明るさだ。でも、足元は見える。


「一層は苔がある。だから灯りをあまり使わなくていい」


 ブラムが小声で言った。


「二層から下は使う。だから金がかかる」


 通路そのものも、洞窟ではなかった。


 切り出した石を積んで作った回廊だ。荷車がすれ違えるくらいの幅がある。天井はアーチで、等間隔に柱が立っている。



 しばらく歩いたところで、ブラムの左手が上がった。

 

 握った拳。停止だ。


 俺は足を止めた。訓練どおり、その場で膝を軽く曲げて——石を擦った。少し音が出た。ロザリアが、振り返らずに手を後ろに出して、掌を下に向けた。落ち着け、の合図だ。


「前、灰色粘体。1体。食事中だ」


 俺は、ロザリアの肩越しに覗いた。


 回廊の真ん中に、灰色の塊があった。大人が両腕を広げたくらいの差し渡し。半球というより、崩れかけたゼリーみたいな形をしていて、ゆっくり、脈を打つように形を変えている。


 その中に、何かが入っていた。鼠だ。でかい。猫くらいある。背中に黒っぽい甲羅を背負っている。それが、灰色の中に頭から半分埋まっていた。そして、甲羅が溶けていた。縁のあたりが薄くなって、ぼやけて、灰色の中に滲んでいる。しゅう、という音がした。炭酸が抜けるときの音に似ていた。


 スライムだろ、あれ。これまで読んできた本の知識が、頭の隅で変な声を上げた。最弱の魔物だ。主人公が最初に倒すやつだ。ぷるぷるしてるやつだ。


 目の前のそれは、猫くらいある鼠の甲羅を、音を立てて溶かしている。鎧を溶かすんだぞ。膝が笑い出した。怖い、という感情より先に、生理的な嫌悪が来た。あれに触られたくない。あの音を、自分の装備が立てるのを聞きたくない。


「ヤマダ」


 ロザリアの声がした。


「正常だ」


 彼女は、あっさりそう言った。


「初めて見て足が止まらん奴のほうが心配だ。あれは鎧鼠の甲羅を、飯一回ぶんの時間で溶かしきる」


 俺は、生唾を飲み込んだ。


「倒すと粘体核が取れる。ギルドの買い取りで銅貨2枚だ」


 ロザリアは、そこで俺のほうを見た。


「毎年何人か、これで死ぬ。あんなに遅いんだから棒で突けばいける、と思うんだよ。実際、突ける。突けるが、棒が溶ける。溶けた棒を離せずに引っぱられて、腕まで持っていかれる。……新人が死ぬのは、たいてい強い魔物の前じゃない。倒せそうに見える魔物の前だ」


 ……倒せそうに見える魔物。俺は、自分の腕を見た。


「よし」


 ロザリアは盾を持ち直した。


「通路を空ける。動くな」



 そのあと起きたことを、俺はうまく説明できない。


 彼女は、走らなかった。歩いていた。歩いたまま距離を詰めて、盾の縁で灰色の塊の縁を横に払った。塊が、ぐにゃりと形を崩した。崩れて、内側の一点が、ほんの一瞬だけ表に出た。


 そこに、剣が入っていた。入って、抜けていた。


 俺の目には、盾を出した動きと、剣を戻した動きしか見えなかった。その間に何が起きたのかは、まったく追えなかった。


 灰色の塊は、動きを止めた。脈がなくなって、ただの水たまりみたいに広がり、そのまま平らになっていく。ロザリアは剣の腹を布で拭って、鞘に納めた。水たまりの中から何かを拾った。


 ……いや。


 ……いま、なんですか。


 俺は、その場に立ったまま、口を半分開けていたと思う。


「銀級ってのはな」


 ブラムが、俺の横を通りながら言った。


「化け物ってことだ。安心しろ、俺も無理だ」

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