14. 倉庫番
30日というのは、数えてみると短い。俺が異世界に来てからすでに8日たった。
宿が保証された後は、朝にギルドへ行って紹介された仕事をする、飯を食って、終わったら聖堂へ行く。その日できたことを3つ言って、宿に帰って寝る。だいたいこれの繰り返しだ。
◇
その日の依頼票は、少しは自分でわかるようになった。数字の所だけだが。順調に読めるようになっている。今日の仕事は備蓄倉庫の棚卸し補助。数を数えて、帳面と照らすお仕事だ。報酬は銅貨6枚。
備蓄倉庫は、ギルドの向かいの地下だった。行ったことがある。異世界に来た初日、俺が薬瓶を1本割った場所だ。
石段を降りると、冷たい空気が足首を撫でた。ランプの明かりの向こうに、見覚えのある背中がある。
「……あんた、前も来たやつだな」
「山田です」
「知ってる。帳面に書いたからな」
倉庫番は、コルタといった。名乗られてから、俺は改めて部屋のほうを見た。前に来たとき、俺は自分の掌の中の瓶しか見ていなかったがここは結構広い。
棚はある。壁沿いに、天井近くまで組んである。
ただ、その手前が、とにかくごちゃごちゃしていた。木箱と樽が床に直接積んであって、山になっている。薬瓶の木箱の上に魔石の麻袋が載っていて、その麻袋の上に、また木箱が載っている。奥へ行くには、人が横向きで通るしかない。
……あ、これ知ってる。年末のスーパーのバックヤードだ。あれを何倍かにしたやつ。
「やることは単純だ。俺が帳面を読む。あんたが数える。合わなかったら言え」
「合わなかったら、どうするんですか」
「もう一回数える」
コルタは、心底面倒くさそうに言った。
「そこまでやって合わんかったら、どこかで誰かが間違えてる。俺か、前の倉庫番か、届けた奴かだ。そう書いて上に投げる」
◇
数える前に、まず山をどける必要があった。
俺は木箱に手を置いて、掌に落とした。1箱に薬瓶が24本。これで重さの半分近くを持っていかれる。10キロというのは、思っているより早く尽きる。2箱で打ち止めだ。
……チートじゃないんだよな、これ。
それでも、人ひとりが両手で運ぶよりは速い。2箱ずつ移しては出し、移しては出しを繰り返して、棚の前に道を作った。コルタはその間、ランプを持って突っ立っていた。
「便利だな。そいつ、いくらでも入るのか」
「10キロまでです。それを超えると、もう手が入らなくなります。この木箱だと2つで満杯です」
「思ったより入らんな」
「入らないんですよ。荷車のほうがよっぽど積めます」
言ってから、少し悔しくなって、俺は余計なことを付け足した。
「あと、生き物も駄目でした」
「試したのか」
「虫で」
コルタは何も言わなかったが、ランプがわずかに揺れた。道ができてから、数え始めた。
棚の札は読めない。だが、木箱の側面には焼き印が押してあって、そこには数字が入っていた。日付だ。
……読める。
自分でも意外なほど、それは気持ちのいい瞬間だった。5日前の俺には、これはただの木の箱だった。いまは「4月の18に入った箱」として読める。同じ箱なのに、こちらが受け取れる情報の量がまるで違う。
数えながら、俺は妙なことに気づいた。手前の箱ほど、日付が新しい。奥に行くほど古い。
最初は偶然だと思った。だが棚をいくつか数えたところで、確信した。
……そりゃ、そうなるか。
新しく届いた箱は、手前に置く。次に使うときも、手前から取る。当たり前だ。俺だってそうする。その結果、いちばん奥の箱は、永久に取られない。
作業が終わったあとコルタに聞いてみることにした。
「コルタさん。ひとつ聞いていいですか」
「なんだ」
「これ、新しいのから使ってます? 奥の箱、日付がだいぶ前なので」
ランプが、ゆっくりこっちを向いた。コルタは、しばらく俺を見ていた。それから、ランプを床に置いた。
「決まりは逆だ。『奥から出せ』。そこの柱に書いてある」
彼が顎で示した先に、木札が打ちつけてあった。俺には読めない。
「守られてるのは、俺がここに立ってるあいだだけだな」
「……あ」
「取りに来るのは俺じゃない。夜間窓口の当番だったり、朝いちで潜る連中だったり、荷運びの人足だったりする。全員、急いでる。急いでる人間は、いちばん近い箱を掴んで走っていく。俺が帳面を書いてるあいだに、もう階段を上がってるんだ」
「言わないんですか、それ」
「言った。何度もな」
彼は、鼻から息を吐いた。
「言って直るなら、何年も同じことで困っとらんよ。……で、奥に残ったやつが期限を越える。年に何度か引きずり出して、まとめて捨てる」
「……もったいなくないですか」
「もったいないに決まってるだろ」
コルタは、床のランプを爪先で少し押した。
「だが、効かない傷薬を掴んで潜った奴が第二層で戻らなかったら、もったいないでは済まん。上には言った。棚を組み直したい、通路を空けたい、順番に出させてくれ、とな。返ってきたのは『予算はない』だ。棚を組み直す金があるなら、薬を買い足したほうが早いとよ」
……あー。それは、聞いたことのある理屈だった。バイト先の店長が本部に言われていたのと、たぶん同じやつだ。
「あの。俺、前にいたところで、これに近い仕事をしてました。店の品出しです。棚に商品を並べる係で……」
言いながら、自分の声が小さくなるのがわかった。
品出し。エントリーシートの「学生時代に力を入れたこと」に、俺が一度も書かなかった経歴だ。書けなかった。誰にでもできる仕事だと思っていたし、そう思われるのが怖かった。一度だけ面接で口にしたときは、「売り場改善の提案」という言い方に化粧して出した。化粧したぶんだけ、きれいに見抜かれた。
「同じことで困ってたんで、対策も一応知ってます」
「言ってみろ」
「まず、古いものから使う。それだけです。ただ、意識して守ろうとすると絶対に忘れるので、置き方のほうを変えます」
俺は、手のひらを斜めにして見せた。
「棚を、奥から手前に少し傾けるんです。新しい箱は奥から入れる。取るときは手前から取る。傾いてるので、手前が空けば奥のやつが自分で降りてきます。順番を守ろうと思わなくても、勝手に古いのから出ます」
コルタは、しばらく俺の手を見ていた。
「……棚を作り直せと言うのか」
「作り直さなくていいです。棚板の奥に、板を1枚か2枚噛ませるだけで傾きます。落ちないように、手前に細い木の棒を打っておけば止まります。あと、奥から入れるので、棚の後ろに人が立てる隙間が要ります」
「後ろは壁だ」
……あ。
俺は黙った。しばらく考えて、それから諦めた。
「じゃあ、傾けるのは無理ですね」
「無理だな」
コルタはあっさり言って、それから顎を掻いた。
「……壁じゃない棚もある。真ん中の2列は、両側から手が入る」
「じゃあ、その2列でいいです。冒険者がよく持っていくものを、そこに集めましょう。……あの、この倉庫でいちばん減りが早いのって、何ですか?」
「傷薬だ」
即答だった。
「次が解毒。そのあと灯石。魔石はほとんど動かん。あれは月に一度、まとめて上が持っていくだけだ」
俺はバイト先の棚を思い出した。よく売れるものを腰から目の高さに置いて、めったに売れないものは下か上へ回す。
「傷薬と解毒を、腰から目の高さに集めます。しゃがまないし、背伸びもしないので、掴んで走るだけで済みます。魔石みたいに月に一度しか動かないものは、いちばん上か、いちばん奥でいいです」
「上は出し入れが面倒だぞ」
「面倒でいいんです。月に一度なので」
コルタが、口の端を動かした。笑ったのかどうかは、暗くてわからなかった。コルタは、しばらく何も言わなかった。それから腰の帳面を引き抜いて、めくった。
「あんた、明日も来い」
「え」
「棚卸しはまだ半分残ってる。ついでに、いまの話をもう一度、整理して頭から順番に言え。俺が書く。上に進言してみる」
品出しは誰にでもできる仕事だと思っていた。だから履歴書に書かなかったし、書いても価値にならないと思っていた。実際、37社は誰ひとり食いつかなかった。
でもそれは、「品出しに価値がない」という事実ではない。「あの37社が欲しがっていたものではなかった」というだけの話だ。
……解釈と、事実。
地上に出ると、まだ日が高かった。半日の仕事なので当たり前なのだが、地下にいたぶん、やたらとまぶしく感じた。




