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就活37連敗の俺、AIに相談したら異世界へ転移した。なんか思ってた異世界と違うので帰りたいのだが。  作者: 汐見 ゆゑ


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12/18

12. 異世界生活3日目

 3日目は、荷下ろしの依頼から始まった。


 西通りの外れの平屋で、荷車から袋と樽をひたすら下ろす。袋は灰、樽は油。休憩の合間、俺は日陰にしゃがんで、地面に指で線を引いた。昨日、教えてもらった、俺の名前だ。


 何回か書いて、ようやく見本と同じ形になった。


 ……いける気がする。


 こっちの文字は、ひとつの記号にひとつの音がついている。要するにアルファベットだ。漢字みたいな世界だったら、詰んでいた。



 作業を終え完了印をもらった後、ギルドのカウンターに完了証を出すと、ノエラさんはそれを帳面と突き合わせて、それから顔を上げた。


「ヤマダさん。これで、依頼の完了が3件になりました」


 彼女は、眼鏡を押し上げた。


「30日の在籍、依頼の完了が3件以上、重大な違反なし。この3つが揃うと正式登録の審査を受けられます。あなたは今日、2つ目を満たしました。残りは日数だけです。あと27日、この街にいて、問題を起こさなければいいです」


「ありがとうございます」


 俺はこの3日、必死に今日を生き延びていた。あと27日同じことをやる必要があるのか。


「それで、ご提案があります」


 ノエラさんが、書類を1枚カウンターに出した。そして、こちらが何か言う前に、指を紙の頭に置いた。


「まず、ギルドが残りの27日ぶん、あなたの依頼枠を確保します。危険度の低いものを中心に、1日に1件から2件依頼を受けられるようにします」


「枠を確保する、というのは」


 ノエラさんは、指で行を押さえた。


「その日に適当な依頼がなかった場合でも、こちらが最低限の報酬を用意する、という意味です。掃除でも、荷運びでも、何かは出します。報酬が、1日あたり銅貨4枚を下回ることはありません」


 ……最低保証だ。


 この3日、俺がいちばん怖かったのは稼ぎの少なさじゃない。「明日、仕事があるかどうかわからない」ことだった。今日依頼があっても、明日に依頼が無ければ詰む。だから昨日の夜、俺は丸テーブルに突っ伏していた。


「それと、宿です。3階の東端に、物置に使っていた部屋が3つあります。うち1つを、契約期間中お貸しします。個室です」


 ……個室。


「狭いです。寝台と木箱が1つ入ると、もう床がありません。窓も、手のひらほどしかありません。朝と夜の食事が付きます」


 俺は、カウンターに手をついた。


 ……個室。飯付き。


「宿代は、1日あたり銅貨3枚。報酬から引きます」


 俺は、指を折って数えた。


 保証が4枚、天引きが3枚。手元に残るのが1枚。


 ……1枚か。


 少ない。だが、昨日までの俺は0だった。0と1のあいだには、4と5のあいだよりずっと大きい差がある。しかも扉のある部屋で、朝と夜に飯が出る。喜びが胸のあたりまで上がってきて、そこで、ぴたりと止まった。


 ……うますぎる。


 条件のいい話には裏がある。読めない契約書、格安の個室、確保された仕事。並べてみると、俺の知っている「そこから抜けられなくなる話」の並びと、見事に同じだ。囲い込まれて、断れなくなって、気づいたら鉱山にいる。


 ……いや、待て。


 俺は、その考えを頭の端に寄せた。


 この3日、俺に良くしてくれた人は何人かいた。門番も、倉庫番も、古着屋も。あの人たちは全員、親切にする理由をこっちが聞く前に並べてきた。誰ひとり「あなたのためです」とは言わなかった。


 なら、この人にも理由があるはずだ。あるなら、聞けばいい。


 昨日までの俺なら、たぶん黙って押していた。理由を聞いて嫌われるほうが、損をするより怖かったからだ。

 


「……あの。なんで、そんなことしてくれるんですか」


 俺は聞いた。聞かずにはいられなかった。


「制度だからです」


 ノエラさんは、あっさり言った。


「出身不明者向けの、標準的な枠組みです。あなたのために作ったものではありません。『自分は出身不明ということにしよう』と考える方が出ますので、条件を満たした方に、こちらから声をかけます」


「……それだけ、ですか」


「もう1つ、うちの都合を申し上げておきます」


 彼女は、眼鏡の縁に指をかけた。


「相部屋で物がなくなると、いちばん後から入った人間が疑われます。ヤマダさんは、3日前に来た人です」


 ……あ。


 昨日、俺は鍵のない木箱を見て「盗られようがない」と思った。逆は考えていなかった。


「疑いは、あなたが実際に盗ったかどうかは関係ありません。疑われた記録が残った時点で、次の依頼人が渋ります。……あなたを個室へ移すのは、親切ではありません。疑いの生まれる場所を、先に潰しているだけです」


 ……ああ。


 やっぱり、この人もそうだ。その事務的な態度が、俺にはいちばん信用できた。



 ノエラさんは、罰則の条項も最後まで読み上げた。途中でやめるなら7日前に申し出ること。無断で3日空けたら枠が消えること。正当な理由がなく、受けた依頼に行かなければ、その日の保証は出ないこと。


「……やめられるんですね」


「やめられます。やめられない契約を、うちは結びません」


 彼女は、当たり前のことのように言った。



 俺は、ペンを取った。


「お願いします」


 拇印を押して、それから隣の欄を見た。名前を書く欄だ。少し迷ってから、ポケットの紙切れを出して机に広げる。それを見ながら、震える手で同じ形をなぞった。


 ノエラさんは、その欄をじっと見ていた。


「……書けてますね。昨日の登録票では、ご自分の名前も書けないと伺っていました」


 ノエラさんの声が、少しだけ変わった。彼女は、指で欄をなぞった。それから、少しだけ間を置いた。


「頑張りましたね」


 俺は、そのひとことに、変なところを突かれた。「頑張ってください」なら、何回も言われている。説明会でも、面接の最後でも、お祈りメールの文面にも入っていた。「頑張りましたね」は、初めてだった。


「……教えてもらったんです」


 俺は言った。


「昨日の夜、ダンジョン教の人が来て。紙に書いて渡してくれたので、それを見ながら」


「……セレネさんですね」


「知ってるんですか」


「うちにも来られますので」


 ノエラさんは、書類を引き取って、判を押した。


「これは、控えです。読めるようになったら、読んでください」


「ノエラさん。もう1つだけ、教えてください。あの、ダンジョン教の聖堂って、どこにありますか」


「北通りをまっすぐ、突き当たりに、白い石の建物があります」


 彼女は、地図を出して、丸のところを指した。俺は礼を言って、契約書の控えと地図を懐に入れ、ギルドを出た。

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