王太子とその婚約者
昼下がりの廊下を歩き、生徒会室に入る。生徒会長で王太子でもある私の婚約者は「早かったな」と、まるで独り言みたいに呟く。
彼と婚約してもう八年になる。
恵まれてる人。選ばれた人。
殿下の婚約者になってから、その前提はずっと私を蝕む。
「デルタとキャメル嬢は」
「二人は……二人で、校内の巡回を」
「二人を、二人で?」
殿下は私の言い方に怪訝な顔をした。王太子妃として言葉に関する教育は受けている。公的な場で、言いなおしたり変な言い方になれば、原稿を読んでないと糾弾されるか、もしくは自分の言葉で話す場なのに原稿を用意していると糾弾されるかの二択だ。
「失礼しました」
私は詫びる。「いや、詫びることではないんだが」と殿下は視線を逸らす。
デルタとキャメル嬢というのは生徒会役員だ。デルタはこの国の宰相の息子であり、キャメル嬢はキャメル家という侯爵家の令嬢である。デルタは兄弟が多いが、兄弟にあてがわれた婚約者の中で最も王家に近いのはキャメル家であり、殿下と同学年ということもあって、次期宰相候補に最も近い。
ただ、致命的に言葉足らずであり理屈っぽい性格が災いし、キャメル嬢とうまくいっていなかった。ただ普通に褒めればいいものを、キャメル家の令嬢と婚約したからこそ次期宰相候補の道が他の兄弟より近くなったことで、婚約者をただ肯定することが、自分が宰相になるためにキャメル嬢を利用しているような気がして、途方もなく難しいことに見えているようだった。
そうして距離が開いていたが、ある時から少しずつ改善されていった。
「最近、ザクセンが、アンバー嬢と出かけるような話をしていて、二人きりは抵抗があるらしく、四人で行けないかと話があったが」
殿下が呟く。私は「こちらは、いかようにも」と答えた。
ザクセンは騎士団長の息子で、将来騎士団長を務めることがほぼ内定している。アンバー嬢という婚約者がいて、こちらもまた、デルタとキャメル嬢と同じく、距離があった。ザクセンもデルタも、似たような性格をしているのだ。どちらも、不器用ではくくれない、人としての欠落があり、そこから視線を逸らした生き方をしている。キャメル嬢は耐えてぷつりと線が切れる、アンバー嬢の場合は諦めるという折り合いのつけ方をしていた。
「そうか」
殿下は頷く。私は知ってる。今後四人で出かける日が近づいたら、私は自ら欠席を申し出ることが、最適解なのだと。
だって殿下には最近想い人が出来た。相手はマリア・フィエンド。元平民の転入生だ。最近殿下は、彼女によく話しかけているらしい。
精神干渉魔法が得意だけれど、殿下は洗脳されてなんてない。自分から話しかけていることがよく分かる。洗脳だったら良かったのにと、何度思ったか分からない。熱心に魔法について話を聞いているようだったし、マリア・フィエンドが困っていれば、すぐ助けに入っていた。「俺はどうすればいい?」と、マリア・フィエンドの願いをかなえようとしていた。
私も同じような質問をされたことがあるけど、声音が違う。マリア・フィエンドのことが気がかりで、到底元気になれない私を見た殿下が、何が不満だといった論調で聞いてきた。
どうしたいか聞かれて相手を疑わず意向を伝える力は、才能だと思う。
その才能があれば、愛され、助けてもらえて、応援されて、大事にしてもらえる。
それらはいかに大事にされたかで決まる。
私は持ってない。家族は皆、私を王太子妃に──次期王妃にするかしか考えていないし、そういう温度感を殿下は理解しているだろう。
父親が、私に言ったことがある。
──傷ついて変に捻くれた人間は、斜に構えて誰にも助けてもらえずどんどん醜くなって誰にも見向きされない惨めな人生になる。だからお前は駄目なんだ。
そんな父親は、八年前に死んだ。それまで、あくまで婚約者候補だったが婚約者として確定した。ある意味父親の死がきっかけだ。突然のことで国内の力関係に問題が生じかねないという配慮の意味合いもある。
父の言葉通り、私はきっと、これから先一生成功しない。それを変えようという気ももうない。
殿下の婚約者になり、なんとか努力したつもりだった。ちゃんとした王妃になれるように。いていいと思われるように。
それでも結局、愛され、応援されやすいマリア・フィエンドのような人間に壊されて終わる。
私が今できる最適解は「学生だし」なんて前置詞で殿下とマリア・フィエンドの仲を見ないようにするだけだ。変に咎めて嫉妬深い女だと思われたくない。
「ちょっと外の空気を吸ってきますね」
私はふらりと生徒会室を出た。マリア・フィエンドが転入してくるまでは、殿下と軽く雑談出来る機会だと思っていたけれど、今はもう違う。私は屋上庭園に足を進めていく。
以前殿下に言ったことがある。魔法学園のそばに綺麗な湖があり、そこへ一緒に行かないかと。
かえってきた返事は、「他の令嬢と行けばいいんじゃないか」だった。
私は殿下と行きたかった。殿下の意思が聞きたかった。湖に行くことが目的ではなく、殿下と出かけることが目的だったのだ。
そういう些細なすれ違いが続き、殿下は私をただ出かけたり、楽しく過ごすのが好きという前提で見るようになった。殿下としては真面目できちんとしている人がいいのだろうが、私は私の仕事を投げ出したことは無いし、真面目にやっている。そのうえで殿下を誘い、そういう断り方をされる。
私は殿下が好きだから殿下の気持ちが聞きたい。
でもたぶん、殿下には、好意的に思う相手の意向を知りたいという感覚が無いのだ。次期王である以上、誰かの意向を探るのは当然のことで、好きだからという前提を持つことは私権にあたる。だから私は殿下に合わせる。一緒にいる以上、少しでも上手くやりたいと願うのはそんなにも愚かなことなのだろうかと、痛む胸に見ないふりをしながら。
そういう中で、殿下はマリア・フィエンドを特別気にかけているのだ。これから先、王として存在するわけで、色んなことを耐えていかなければいけない。だから、私はマリア・フィエンドを気にかける殿下を、見てみないふりをするのだ。そうでないとあまりに惨めだ。
選ばれもしない人間が、誰かの恋路の邪魔をするなんて。
そうして屋上庭園に向かうと、あろうことかマリア・フィエンドが手すりに沿って立っていた。この場所も奪われるのか、なんて醜い思考にかられる。ここは私のための場所じゃない。皆の為の場所だ。そう思って踵を返そうとしたら、マリア・フィエンドはふわりと手すりを飛び越えてしまった。
「待って!」
思わず加速魔法と飛行魔法の重ね掛けを行い、マリア・フィエンドの腕を掴む。しかし彼女は不思議そうに振り返った。
「え」
「え?」
そのまま、マリア・フィエンドは不自然に足元に目をやる。視線の先を追うとそこにあったのはミニチュアで出来た椅子だった。
そして私の足元には、私の足でめちゃくちゃになったドールハウスが無惨に潰れていた。
「本当にごめんなさい……」
屋上庭園のベンチで私はマリア・フィエンドに詫びた。マリア・フィエンドは「魔法ですから」と、魔法を解除し、ドールハウスは消えていく。
「それより、次期王太子妃で生徒会副会長の貴女が何故ここに。会長のご依頼でしょうか。それなら、断っておいてください」
マリア・フィエンドは気怠そうに告げる。
「い、依頼? なにかあの人が、貴女に、依頼を?」
「はい。新しい魔法を作ってほしいと繰り返し。おかげで男爵令嬢は王太子をたぶらかしたのではないかと変な印象をもたれかねないので、ここで実験せざるをえず」
殿下は、魔法の依頼をしている?
「それってどういう魔法か……聞いてもいい?」
「はい。男爵令嬢に内密に魔法依頼なんて、変な目で見られるに決まってますからね。殿下の内情を漏らしたよりも、内密の魔法依頼を受けるほうが危ういですから。なので生徒会室でお話しさせてください。生徒会室では、学園の治安維持に関することを守秘義務関係なく話をしてもいいという素晴らしい校則がある」
マリア・フィエンドはさっさと歩き出してしまう。この子……こんな子なの?
「ねぇ……こ、校則って」
「精神干渉魔法は、法律により厳しく制限されている魔法です。立ち居振る舞いに気を付けてるんですよ。規則や法律を守っていればある程度、身は守れますから」
「そうだけれど……」
マリア・フィエンドと共に、生徒会室に戻った。殿下は私がマリア・フィエンドを伴ってきたことに驚いている。
「なぜ、君がここに」
「殿下にご依頼を受けた魔法の試作をここで行います」
「それを、彼女には……」
殿下は私を見た。私には知られたくないのだろう。胸が痛むと同時にマリア・フィエンドは「どういうことですか、次期王妃様が知らない? 次期王妃様にかける魔法だというのに? そんなわけないですよね。申し訳ございません」と首を傾げ、テーブルの上に手をかざした。
まばゆい光の後に、ぽんっと、二つの物体が現れた。殿下の前にあるのは、長方形の物体で、私の目の前にあるのは、ドールハウスだ。
「これは、一体……」
「対象の心をドールハウスとして具現化する魔法です」
「え?」
どういう魔法なの……?
そして私の目の前にあるのは赤いドールハウスだけど、殿下の前にあるのは、ただの灰色の、長方形の物体だ。
「こちらが会長の心のドールハウスです。そちらが、副会長の心のドールハウスになります」
マリア・フィエンドは灰色の物体を殿下のドールハウスで、赤いドールハウスが私の心だと言っているが、よく分からない。
「会長のご依頼だと副会長の心を知りたい、読心術に近いものを希望しておりましたが、法に背きますし、ドールハウスのほうがいいかと思いまして。お互い、ご自身で確認し合うのがいいんじゃないでしょうか。こちらの虫眼鏡はドールハウスのみ透視できるものですので、よければ」
マリア・フィエンドは私と殿下にそれぞれ虫眼鏡を渡す。受け取り、殿下と顔を見合わせ、それぞれドールハウスを確認することにした。
私はドールハウスらしきものに虫眼鏡をあてる。すると、壁が透けて見えた。木造りの小さな部屋で、小さな殿下の人形らしき物体が、ハウスの中を案内するみたいに動き出した。しかすすぐに門が現れる。
「門ですね」
私と同じように虫眼鏡をあてているマリア・フィエンドが呟いた。
「どうして」
「心の扉ってよく言うじゃないですか、それです」
「それって……」
殿下の人形はドールハウスの門の扉を開いた。しかしすぐに、さっきと同じように門のある部屋に出てきた。
「また、門が」
「はい」
「なぜ」
「こういう精神状況だからでは」
マリア・フィエンドの指摘に殿下を見れば、彼は虫眼鏡を持ったままばつの悪そうな顔をしていた。
もう一度殿下のドールハウスを確認すると、今度は螺旋階段が現れた。殿下の人形はトコトコ降りていくが、また門が現れた。
「また、門が」
「そういう精神状況だからでは」
マリア・フィエンドが興味なさげに言う。「よくあります」と続けるが、そういうものなのだろうか。
その後も殿下の人形はトコトコ歩いていく。しかしまた門が現われ、入っていくが、次の部屋もやっぱり門のある部屋だ。
「上からノコギリとかで真っ二つにしても分かりやすいかもしれないですね。らちが明かない」
マリア・フィエンドがとんでもないことを言い出した。そのまま彼女はドールハウスに手をかざし、真っ二つに両断した。殿下のドールハウスの破壊に対し、殿下は愕然としている。声すら発さなかった。
殿下のドールハウスの断面は……8層ほど、全ての部屋らしい部屋が門のある空き室だった。しかし、よく見ると事務室らしきものと、椅子だけの部屋がある。
「これは一体どういうことでしょうか」
「慎重な根暗? 臆病な根暗とも言えますよね。これだけ大量の門があるわけで。ドアですらないですし、王城に入ったことないので分かりませんけど、こんな感じなんですか」
「いや……」
王城内の門の数より、殿下のドールハウスのほうがずっと多い。なにより殿下のドールハウスの部屋には、一つ一つ頑丈な門がある。王の寝室ですらこうはならないだろう。
「王太子妃様のドールハウスも、最初から切りますか?」
「私は、王太子妃では」
「実質そうじゃないですか。副会長の地位は、生徒会の越権で選挙やり直せば選びなおしですが、婚約はそうはいかないでしょう」
マリア・フィエンドの言い方に、少しだけ心がさざめく。そうだ。婚約は、そうはいかない。
「切っちゃいましょうね」
マリア・フィエンドは、私のドールハウスも分断した。学園の教室があったり、オペラハウスがあったり、花畑の部屋があったりと、殿下のドールハウスとはまるで違う。それに教室には、見覚えのある友人たちの人形が置かれていた。
「なぜ、人が」
「貴女の心の中に、ちゃんと人間がいるので」
「なら、殿下のドールハウスは」
「一応人影はありましたけどね」
マリア・フィエンドが差す殿下のドールハウスには、私らしき人形があった。マリア・フィエンドの人形はない。周りの部屋は、四方八方、滅茶苦茶に散らかっている。王の冠が床に落ちて、半分壊れた玉座があった。
「私は殿下を支えられていない、ということでしょうか」
恐る恐る問うと、マリア・フィエンドは「いえ、これは個人の問題ですね、仕上がり的に」と、殿下より早く答えた。治癒魔法士の診断のようだった。
「心の壁を作りやすく、本人も間取りの把握をしていないし、その時々の感情を、自分のものだと取り扱わない、我慢というか、抑圧的だと、こんな感じでとっちらかるというか。本人としてはきちんと処理した、仕事してると思ってますけど、感情を置き去りにしているので、机は綺麗、心のドールハウスはお化け屋敷みたいな仕上がりになるわけです」
「なぜ」
「王族教育の弊害では。でも、あなたの人形のまわりは綺麗なので、なんとか守ろうという気持ちはあるみたいですけどね。あなたの表情からして、現実での扱いは酷そうですけど」
マリア・フィエンドは私を見据えた。それまで黙っていた殿下は、私の心のドールハウスを指さす。
「これは」
殿下の指先にあるのは、私の……子供みたいな部屋だ。私の人形が二つあり、私の泣いてる顔の人形を、無表情な人形が押し込んでいる。
「泣いちゃいけないっていう人形です。我慢強い頑張り屋には多いですよ……貴方がこうしたんじゃないですか」
マリア・フィエンドは殿下にひどく冷たい声音で投げかけた。殿下は言葉を失う。
「私に、婚約者の考えが分からない、色んな令嬢と令息の仲を解決しているなら教えてほしいと言いましたけど、まず本人に言うべきですよね」
「でも、彼女は」
「言わないなら言ってもらえるまで信頼関係築くんですよ。信頼は一定じゃない。増えもすれば減りもする。ずっと同じ信頼関係でいるのは、長い付き合いでは無理です。こんな日もあったね、この年は本当に駄目だったねっていうのは当然ある。ずっと完璧な関係なんて無い」
マリア・フィエンドはきっぱり言い切った。
「王族関係だと、ちょっとした対話や行き違いを整えるのも、勝ち負けみたいなのがあるのでしょうが、そうは言ってられないでしょう。死ねば勝ち負けもプライドも、関係なくなるんですからね。死ねば終わりです全部」
マリア・フィエンドはそのまま、二人分のドールハウスを魔法で消滅させた。
「じゃあ、私はこれで。このまま居座ると私地獄行きなんですよ。王太子と残る、不純な関係だ。王太子妃と残る、何か問題があったのでは。最悪です。一人で、最初に出してください」
そう言って、マリア・フィエンドはその場を後にする。
「フィルミアン様」
私は殿下の名を呼ぶ。彼は、言葉を選んでいる。前はもう大丈夫ですと断ち切っていた沈黙を、私は穏やかな気持ちで待つことが出来た。
殿下と話を終え、三週間後のこと。
マリア・フィエンドの元に向かうと、彼女の隣には生徒会役員のセリーヌ・キャメル嬢とフレデリカ・アンバー嬢が彼女を挟んで並んでいた。一番最初に気付いたのはマリア・フィエンドで、私を見るなり「王太子妃様」と呟く。
「まだご結婚前だから」とフレデリカが注意するが、マリア・フィエンドは「呼び方が分からず、この立場でまだ王太子妃ではないような位置取りをすると、色々問題がある気がして」と付け足した。
「いっぱいあるじゃないですか、男爵令嬢が狙うみたいな」
マリア・フィエンドは嫌そうな顔をする。どうやら私を「王太子妃様」と呼ぶのは、彼女なりの処世術らしい。
「名前でいいわよ」
そう言うと、「イヤァ……」とマリア・フィエンドは首を横に振った。「畏れ多い。平民風情が何を考えて、弁えろって糾弾されます」と嫌がる。
「でも結構貴女不躾なこと言うじゃない」
フレデリカの言葉に、「確かに」とセリーヌが続く。マリア・フィエンドは「得意分野になれば、まぁ」と目を逸らした。
「じゃあ不得意な分野は、私たちが教えてさしあげますわ」
私の提案に、フレデリカやセリーヌが「いいわね」と賛同する。それに対しマリア・フィエンドは、「いやぁ」と少し引き気味だった。
私、フレデリカ、セリーヌ。
話をしていたら、三人とも、マリア・フィエンドの心の魔法で、婚約者との関係が少しだけ変わったことが分かった。
多分三人とも、マリア・フィエンドに向けているのは同じ想いだ。自分の婚約者を奪われるんじゃないかとか。
そう疑っていたと、マリア・フィエンドに伝えて許して貰いたいと思うのは、先送りにしている。だってマリア・フィエンドが気付いていなかったら、最初に疑われていたと知り、傷ついてしまうだろうから。ただ言うだけなら、許されたいだけになってしまう。
私は、心の底から申し訳ないと思っている。マリア・フィエンドに対して。そしてそれは他の三人も同じだ。だから──三人とも婚約者の行動や言動に、折り合いをつけながら別れを選ばなかったのだろう。やり直すのは、同じだから。
精神干渉魔法。
マリア・フィエンドの魔法を、学術的に区別するならどうしてもそういう呼び方になる。本人はその研究もしているようだけど、精神干渉魔法で人々が感じる印象で、傷ついてきたような言動がうかがえる。精神干渉魔法や、魔法の才能がなくたって、それは分かる。
彼女は、私たちや私たちの婚約者の心や傷を、魔法で暴いた。そして癒しの手助けをしてくれたように思う。感謝しているけれど、疑念も残る。彼女の心を暴く人間はいるのだろうかと。
私には、精神干渉魔法の才能はない。彼女の考えを魔法で知ろうとしても、きっと彼女に防がれる。彼女はそれが出来てしまうから。
でも、いつの日か。
魔法じゃない、言葉で、少しでもいいから彼女のことを理解できたら。
誰かを理解したいなんて傲慢なことで、そういう全能感が誰かを傷つけることに繋がってしまうかもしれないけど。それでも。私は、私たちは、マリア・フィエンドを、傍にいる人を知りたい。
「はぁ」
教えるという言葉に対して、マリア・フィエンドは大層けだるげな態度で相槌をうった。これを承諾と取るつもりだ。だって彼女は、いつだって消えてしまいそうな空気があるから。
「だからこれからもよろしくねマリアさん」
マリア・フィエンドの名前を、初めて呼ぶ。彼女は、少しだけ居心地が悪そうで、それでいて少し雰囲気を和らげ、「どうぞよろしくお願いいたします」と呟いた。




