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次期宰相とその婚約者

 婚約者が無口で何を考えているか分からない。私を拒否しているのか、この婚約に不満なのか。何を考えているのか本当に分からない。


 共通の悩みを持つ友人がいたけれど、最近その友人も婚約者との仲が上手く言っているようだった。軽い口論にはなっているし、彼女は時折不満を口にするけれど、もう多分そういうものだというのが傍目に見てわかる。


「私はもう、婚約の解消を申し込もうと思うの」


 友人との二人きりの茶会で告げた。親にはまだ言っていない。練習のつもりはないけれど、まずは友人に。


「セリーヌ……」


 友人のフレデリカが心配そうに私の名を呼ぶ。学園内にはいくつか庭園が設けられ、晴れの日の昼休みや放課後は、そこで自由にお茶会が開ける仕組みだ。


 何世紀か昔、ティーパーティーが盛んだった文化を大事にしたいという学長の意向である。


「肯定より否定が多いし、みんな堅物なんて言っているけれど、あの人、他の令嬢の話はするし、私に対しては何の肯定もないし、色々、義務みたいで」


 私の婚約者は、宰相の息子だ。次期宰相候補であり、成績も優秀で真面目な性格をしている。物語の世界ならば眼鏡をかけているような分かりやすい堅物だ。眼鏡はかけてないけれど。


 こうあるべきで生きている。悪く言えば頭が固い。


 努力家で、そういうところが尊敬できる一方、対話においてはそうじゃないというか、ダンスパーティーのエスコートはするけれど、婚約者同士の手紙のやりとりは義務的、簡素なもので、お祝いやお祭りの類はあいさつ程度に済ませられる。


 私も彼も生徒会に入っているけれど、その時の仕事と変わらないし、何より彼は他の生徒会役員には普通に愛想よく話す。一方で私に対しては表情が固い。


「それに、ほら、彼、マリア・フィエンドとクラスが一緒で、座席で授業課題のペアになったらしいんだけど、いつも彼女のことを探してて」


 元平民の転入生、マリア・フィエンド。


 元は辺境付近の魔法学園に孤児救済枠の奨学金生徒として入学していたらしいが、魔力の高さを貴族に見初められ、国で最も大きなこの魔法学園に転入してきた。そして、私の婚約者の隣の席になったらしい。


 魔法学園の授業の性質上、ペア課題が多い。対人魔法については、魔法をかける人、かけられる人、どちらの目線も学ばなければならない。ペアは座席の隣同士で組む規則で、席替えが定期的に行われる。理由はペアが固定化されないようにだ。


 そして先日の席替えで、私の婚約者はマリア・フィエンドの隣になった。


 マリア・フィエンドは愛くるしい見た目をしている。可愛くて、男子、女子問わず注目を浴びている。転入生だから分からないこともあるだろうと声をかけられているのを見かけたし、あんな人に頼られたら悪い気はしないだろう。


 私と婚約者はクラスが違うけれど、たまにその話になる。精神干渉魔法に関して話をするらしい。婚約者は魔法の構造や魔法書を読むのが、趣味としても好きな気質だ。楽しいんだろう。


 私は魔法は苦手だ。授業で、将来の宰相の妻としてギリギリ及第点を狙うのがやっとだ。魔力もあまりないし、センスもない。政略結婚は家柄が理由だ。


 家柄だけが、私と婚約者を繋いでいる。家柄だけなんて言い方、貴族としてどうなのか、家柄は大事と言ってくれる人間もいるだろうし、実際そうだけれど、どうしても、それ以上が欲しい。


「あの子……教室に居ない子だものね。探すの、大変だった」


 フレデリカはティーカップに口をつけた。


「探す?」

「ちょっとザクセンが彼女に魔法をかけられて、ボロボロになっていたでしょう」

「ああ」


 先日、フレデリカの婚約者がちょっとした事故で、ボロボロに見える魔法をかけられたららしい。そしてそれをかけたのが、マリア・フィエンドだ。


「あれ実は、ただの魔法じゃなくて。それでちょっと、彼女と話をしたのだけれど……すごいわね。彼女の魔法」

「そうね」


 フレデリカも彼女を褒めるのか、と喉奥が苦々しくなった。婚約者もそうだ。マリア・フィエンドはすごいと褒めていた。自分みたいに努力してじゃなくてセンスがある。アンバーのこともだ。アンバーの婚約者のことも。


 一方で、婚約者が私を肯定したことはない。



 肯定するところもないわけだけど、魔法に関わらない外部の絵画コンクールや音楽コンクールで入賞しても、「まぁ、外部だからな」と、静かに拒否された。そういうのが積もり積もってしんどくなった。



「もしかして婚約解消したいのって、彼女が原因?」


 フレデリカが問う。マリア・フィエンドが、原因ではない。ただきっかけではある。特別な魔法が使える男爵令嬢なんて、ロマンス小説の主人公みたいだ。最近そういう物語が流行っている。恵まれない境遇の主人公が、特別な才能に恵まれ、大活躍をする。そういう話に共感できなくなったのはいつからだろう。特別な才能なんてないから、私は愛されない。愛されるには役に立たなければいけない。才能がいる。そういうふうに言われている気持ちになって、読めなくなった。


 だけど、設定は覚えている。


 きっと婚約者は彼女と恋に落ち、私は見捨てられる。というか、もう見捨てられているのかもしれない。


 だって彼は、私を肯定しないから。


「なら、ちょっと話をしてみない? マリアさんと」

「え」


 フレデリカの提案に身構える。注意をしに行く、ということだろうか。それこそロマンス小説に出てくる主人公をやっかむ令嬢みたいだ。しかしフレデリカは「大丈夫、どこにいるか知っているし」と笑って私の手を引いてしまった。




 フレデリカに連れられたのは、ベンチしかないことであまり人の寄り付かない中庭だった。辺りは運動系のクラブ活動の掛け声が響いている。フレデリカの婚約者は騎士クラブに入っているから言えないけれど、人と話すには向かない場所だ。


 そして中庭の角に、身を潜めるようにしてマリア・フィエンドが立っていた。愛らしい、いかにも皆が好むような、万人受けする整った顔だちは、見ているだけでこちらの不足を責められている劣等感にかられる。


「マリアさん」


 フレデリカが声をかけると、マリア・フィエンドはこちらに振り返った。


 表情が固い。男子生徒に可愛いかわいいと言われているからもう少し愛想がいいものだと思っていたけど、学年末の試験で回答欄を間違えて白紙回答した人間でもその顔にはならないだろ、と言いたくなるような、世を恨む表情だった。


「実は、彼女、婚約者と距離があるみたいで……婚約解消を検討しているの」


 フレデリカは、私がフレデリカに話すのを何度も躊躇ったことを、簡単に話してしまう。誰が聞いているかも分からないのに、と不満を感じていれば、「誰が聞いてるか分からないですけど」とマリア・フィエンドが反論した。


「でもそういう魔法作ったって言っていたでしょう? 気配を探知する魔法、ザクセンの事故防止に」

「まぁ……」


 フレデリカの言葉にマリア・フィエンドは頷く。気配を探知する魔法って、どういう構造なんだろう。こういうのが分からないから、駄目なんだろうな。私は。


「それで本題なんだけど、彼女の婚約者……貴女のクラスの隣の席の彼なんだけど、彼と貴女の仲を誤解しているみたいで、それで、多分なんだけど、ザクセンと同系……よね?」


 フレデリカは婚約者ザクセンもまた、寡黙な気質だった。ただ騎士を志す男は、快活で声が大きいか静かで寡黙かの極端だ。


 そこにフレデリカ曰く、色々男社会のプライド問題やどうしても上限関係を意識してしまう、一度下になれば延々と言いなりにならなければいけないという複雑な問題が絡み、関係が悪化していたらしい。謝罪も、一度謝ればずっと悪い扱いを受ける認識になるとも言っていた。


 女社会ではそうはならないというか、あの子より上か下か考える人間はいたとしても、下の人間を言いなりにしようというより認識しない印象だったし、謝罪も、思ってなくても一応詫びるものという認識だから、建前でも謝れないのか、そこまで関係がどうでもいいのかと思ってしまいそうだし、実際フレデリカとザクセンもそこで揉めていたようだ。


「……どうなんでしょうね」


 マリア・フィエンドは考え込む。愛らしい、かわいらしいと称されて、嫌な言い方をすればちやほらされている印象を受けていたが、いざ目の前にして受ける印象は、諦めや世への警戒が強い。奉仕活動をしていてたまに見る、こちらを警戒する子供みたいな雰囲気だった。


「魔法でなんとかならないかしら」


 フレデリカの提案に、マリア・フィエンドは「正気ですか?」と表情を崩す。


「ほら、心の傷の魔法みたいな感じで、間接的に仲直りが出来るような魔法があれば」

「心の傷の可視化の魔法をそんな風に言うのは貴女だけですよ」


 マリア・フィエンドは眉間にしわを寄せた。心の傷の可視化?


「ねえ、もしかしてこの間の魔法の事故って、心の傷を、見せる魔法だったの?」


 尋ねると、フレデリカが「実はそうなの」と頷く。


「それに、ここだけの話、全部、私の言葉で……私も知らない間に彼を傷つけていたみたいでね。元々、ザクセンが、彼女の研究の場所に木剣を飛ばしてっていう事故だったんだけど……」

「でも心の傷を可視化して、どうこうなりますかね……」


 マリア・フィエンドは相変わらず考え込んでいる。


「魅了、ほ、惚れ薬とかそういうのになるのかしら、やっぱり」


 フレデリカの提案に、やっぱりマリア・フィエンドは怪訝な顔をした。


「洗脳に該当するので犯罪ですよ。誰かの気持ちを増幅させるものは程度によって許されてますけど、魅了と惚れ薬は洗脳です。あくまで校則と法律の範囲内でしか協力は出来ません」

「そうよね……」

「……ただ、心の傷の可視化は、合法なので、その方向に近いものなら、精度は落とす必要がありますけど」


 しばし考え込んだマリア・フィエンドがぽつりと呟く。


「え」

「対象の取扱説明書を発行する魔法です」



 対象の取扱説明書を発行する魔法。


 いったいどういう魔法なのか。答え合わせは翌日の昼休みに行われた。


「これが、貴女の婚約者の取扱説明書です。丁度午前の授業が創作魔法の掛け合いだったので、予備ということで。私は、男爵令嬢なので、高位貴族に頼まれやむを得なかったというテイでお願いします。倫理はもう、知りません。私は元々倫理興味ないので。倫理は私を、救ってはくれない」


 マリア・フィエンド、そしてフレデリカと落ちあうと、マリア・フィエンドが薄い紙を一枚私に差し出してきた。


「これが、こんな、一枚で……?」


 あの複雑な婚約者のことだ。説明書なんていえば何百と出てくる印象だった。しかし差し出されたのは紙一枚。それであの婚約者のことが分かるのだろうか。


「一枚で、その人の全てを表すことなんて出来ません。会話と同じです。一度の会話で分かることもあれば、継続していかないと分からないこともある。初対面で印象がいいのは当たり前ですし、最初のうちは優しかったなんてご令嬢方は言いますが、そんなのは当然です。初対面の相手に感じ悪くしたい人間なんて、ほぼ居ません。変人です」

「でもマリアさんちょっと、近寄りがたい話し方はしてたわよね……」


 フレデリカが指摘するとマリア・フィエンドは「私はふるいにかけているだけです」と続けた。


「愛想よくしてたら、媚び売ってると思われるので」


 冷たく付け足した後「ご確認を」とマリア・フィエンドは確認を促す。


 私は一枚の紙に目を通した。


『~デルタ・ジェットくんのとりあつかいせつめいしょ~』


 子供向けの絵本のような書体だった。


「この書体の意味は」


 思わずマリア・フィエンドに問いかけると「可読性と視認性を和らげる為です」と即答してきた。可読性は文字単体の読みやすさ、視認性は見やすさや目につきやすさを意味する。でもこんな、子供向けみたいな……。


「これは誰の説明書でもこうなのでしょうか?」

「いえ、可読性と視認性を上げました。自分でやったときは、読みづらかったので」

「なるほど……」


 私は婚約者の取扱説明書を読んでいく。


『~デルタ・ジェットくんのとりあつかいせつめいしょ~』


①しゃべるのがにがて。しつもんされると、パニックになります。



「致命的では」


 フレデリカが目を丸くした。


②まちがったせいで、がっかりされたり、おこられるのがこわい。だんまりのときと、ただただ、せいかくがくらくて、だまっているときと、いっぱい。


「社交力に難が」


 フレデリカが容赦なく切っていく。


③そのばにあわせて、みんながほめてるものをほめるのはできる。


④みんなのほめるものが、なぜほめられるのかかんがえるのはすき。


⑤すきなものをほめるのはにがて。


⑤ほんとうにすきなものは、なんていっていいかわからなくて、ただしそうなことをえらぶけど、そのせいできびしいことばをいってしまう。


「言語化が弱い」


 フレデリカが新たな切り口を発見した。


⑥たくさんかんがえるので、じぶんのあたまのなかでおはなししたことと、ほんとうにいったことのくべつが、たまにつかない。


「想定過多で現実で記憶違い起こしてる……」


 フレデリカが端的に指摘した。



⑦しっぱいしすぎると、なにもなかったよね? きらわれてないよね? とつよいたいどをとります。しばらくひとりでそっとしておきましょう。ただしほうちしすぎると、みすてられたと誤解します。


「面倒」


 フレデリカが言う。私も少しそう思う。


⑧こうどうをみてほしいとかんがえていますが、あんまりきようじゃありません。けっかではなく、うごこうとしたかではんだんしましょう。ただしあんまりつづきません。


「動こうとしたか……?」


⑨いちどいやがったことを、くりかえすことはしません。いやなことはぐたいてきにいいましょう。さっするのがとくいなのはそのばのことで、ほんとうにだいじなひとのこころをさっするのはとてもにがてです。


 私は⑨の、「いちどいやがったことを繰り返しされるのはしない」という項目を見つめる。確かに、繰り返されたことは無い。


 というのも、ここでは言えないけれど一度あるのだ。彼がマリア・フィエンドを褒めていた時のこと。その後元気をなくした私に対して、彼は別に彼女を目指す必要はないと言った。あれだけ褒めていたのに? と懐疑的な私に、彼は言ったのだ。


 ──マリア・フィエンドは、魔法の勉強を好きでしていて、それが認められている。だから君が頑張っても、好きでやってる人には勝てない。 


 努力は無駄。お前は何をしてもマリア・フィエンドに勝てない。


 そう受け取った。じゃあもうマリア・フィエンドに求婚すればいいと伝え、向こうから婚約の解消がされるだろうと待っていたけど、彼はその後なにごとも無かったかのように私に接してきた。


 だからもう、相手は私で妥協していて、とりあえずの婚約なのだと考えるようにした。


 すると、どんどん辛くなった。生徒会で一緒に仕事をしていて、相手が失敗するたび、一緒に動くのがマリア・フィエンドならさぞやる気が出ているのだろうとか、もっと早く動くんじゃないかとか、書類もきちんと読んで、簡単な連絡の速度も上がるんじゃないかと。


「マリアさんは、あの人に褒められたことある?」

「ありますよ」


 マリアさんは即答した。そしてこうも続ける。


「こう言えばこの場で正しいんだろうなという、音を発してるみたいな褒め言葉でした。良さそうな所を分析しているのでしょうが、分析できる自分、考えるのが好きな自分が透けて見える。相手の求めていることが分かっているなんて言っていましたけど、誰でも出来ます。それに魔力の高さが加わっただけ。それが代替不可能に見えているだけ。そこまでの分析には至ってない。当然です。私への興味はあくまで優秀さ、個としての興味なんて微塵もない」


 マリア・フィエンドは吐き捨てるように言った。私が欲している彼の肯定を得ているのにと反感を持つことは出来ない。だって多分、その通りだから。


「その場その場の正しさを選んだところで、結局結果が伴わなければ意味がない。その時の判断だった、その時は正しいと思った、だから何? これです。人の心を傷つけたことには変わらない。それから逃げてるだけ。仕方ないね正しいよって言ってくれる人間は現れるかもしれないけど、その人間が現れると同時に本人の求めてる人間は遠ざかる。それに気づかない」


 マリア・フィエンドは振り返った。そこには、私の婚約者がいる。


「ど、どういうこと」

「他人の取扱説明書を勝手に渡すの、問題あるかなって。ただでさえ、色々言われる肩書なので、じゃあ」


 マリア・フィエンドはもう用はないと言わんばかりに去っていく。フレデリカがハッとしてマリア・フィエンドを追った。私を一人にしないで欲しいと思ったけれど、こちらに複雑そうな表情の婚約者がやってくる。


 私はしばらく悩んで、婚約者に向かい一歩進んだ。




 それからいくつかの雨を挟み、私とフレデリカ、そしてマリア・フィエンドとティーパーティーをすることになった。


「マナーを教え込まれるんですかね。少しでも粗相をすれば扇子とかで指を叩き折られるのかもしれない。貴族社会は怖いから。学園だからって身分差なんて関係ないなんて、そんなのは物語だけなのに」


 招待したマリア・フィエンドは、華やかな景色を台無しにする発言を平然とする。


「それ、本当に貴族と平民かどうか気にしている人の発言なの?」


 フレデリカが容赦なく尋ねる。マリア・フィエンドはいったん言葉を止め、じーっと一点を見つめた後、「こんなお菓子、初めてですう! すっごくかわいらしい!」と高い声を発した。


「私が悪かったわ。それやめてちょうだい」


 フレデリカが折れた。遠目に見るとマリア・フィエンドはそういう雰囲気を持つが、近づいてみれば表情筋が死に絶え、この世の終わりの目で周りを見ている。声も気力が削ぎ落ち、よく言えば静か、悪く言えば愛想がない、最も正確な表現だと投げやりな喋り方をするので、こんな風な喋り方をすると怖くなる。


「あれから、婚約者のデルタと話をしたの。彼、納得がいってるのかいってないのか分からないけれど、話はしてくれたし、過去のことを少しずつ、どんな気持ちで言ったのか、どういうつもりだったのか、少しずつだけど、話をしていて」


 私はテーブルにあるクッキーに手を伸ばす。「これ、取り寄せたの、食べて」とマリア・フィエンドに進めると、「賄賂ですか」と呟いた。


「お礼よ。取扱説明書のおかげで、悪気ないってことが知れたから」

「悪気ないで済ますの問題だと思いますけどね。悪気の有無に限らず、不器用では済まないこともある」

「そうだけど、私は、私には悪気の有無が大事だったの」

「変わり者ですね」

「マリアさん、言い方、私はいいけれど、彼女も侯爵令嬢なのよ」


 フレデリカがマリア・フィエンドを窘める。


「これも悪気ないってことになる。悪気無いで許して、きちんと相手との関係修復を考え変わる人間と、仕方ないで考えるのをやめたり、自分の発言や行動が相手にどんな影響を与えるかの重荷から逃げる人間もいる。ただ、ああすればよかった、こうかもしれないって内省で留まる人間もいる。そこまでの価値がある人間でしょうか? 他にも人間はいっぱいいる」


 マリア・フィエンドはこちらを視線で射貫く。


「うん。それでも、あの人がいいの」

「なぜそこまで」

「素朴で不器用な人だから」

「素朴で不器用な人ならもっと他に人がいっぱいいますよ」

「でも、あの人がいいの。婚約解消なんて言っていたけど、私が、色々言ってそれでも、いてくれるのはあの人だし」


 そう言うと、マリア・フィエンドは「もっといい人いっぱいいると思いますけどね」と言い、クッキーに一口かじった。


「どう」

「美味しいです」

「クッキーもだけど、貴女は好きな人はいないの?」


 私はマリア・フィエンドに問いかけた。一瞬、踏み込み過ぎたか躊躇うけれど、彼女は特に顔色を変えず、「そういうのは興味ないので」と返す。


「そうなの?」

「はい。普通に生きてくのだけでやっとというか。こういうお茶会も、中々無い人生なので」


 マリア・フィエンドは淡々と返すが、彼女は元平民だ。今は貴族。お茶会の機会だってあるだろうに。


「ならどう、お茶会は、嫌じゃない?」


 フレデリカが恐る恐る尋ねるが、マリア・フィエンドは「別に嫌じゃないですよ」と答える。するとフレデリカは「じゃあ毎日する?」と尋ね、「それは無理がある」とマリア・フィエンドは苦笑した。



 マリア・フィエンド。愛くるしくて、誰が見ても守ってあげたくなるような彼女の笑顔は、まるでこれまでほとんど笑ったことがないかのような、不器用な笑顔だった。










 



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