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次期騎士団長とその婚約者

 紹介や来歴を示す文中、無慈悲という単語が3回ほど登場するような騎士候補生の婚約者になった。


 一応初恋ではある。暴漢に襲われているところを助けてもらったなんて陳腐な理由だ。


 相手は恋愛にうつつを抜かすなんてと婚約者同士の簡単な関わりすらはしたないと毛嫌いしているし、贈り物なんて無縁。そういう人というのは周囲も知っているような人だった。同世代からは納得および疑念の目を向けられ、自分より後の世代からは不足を責められる。とはいえ話し合いたいとは思わない。だって、無駄だから。本人がそうだから。


 人と人は理解し合えない。所詮他人。


 それが婚約者の持論だった。だから話し合いよりも合わないなら去るのが効率的。使用人との会話も「結局結論は」と要約でまとめようとするし、本人もそうしてほしいようだった。対話を試みたことがあったけれど、「気が合わないなら離婚すればいい」「合わないのに一緒にいる必要がない」というのが本人の意思だった。いつか分かり合える日が来るんじゃないかと期待して失望する日々だった。


 こういうことがあってと伝えても「それを確認して意味があるのか?」とか「それを確認したところでいますぐどうこうなることじゃないのなら」と相手にしてもらえない。


 だから、そういうようにしてもらっていたし、自分の意見を婚約者に言うことは消えた。


 だけど。


「大変! ザクセン様に、マリアの魔法がかかって!」


 図書室で読書をしていれば、婚約者の友人たちが血相変えて走ってきた。顔色が真っ青だ。図書室での大声に対する不愉快より、まだ婚約者への心配が勝つのが苦しい。どうせあの人は、私が何かの魔法にかかっても、こうして駆け出すことなんて絶対に無いのに。


 むなしさと心配を抱え、婚約者の友人たちを追えば、中庭にボロボロの婚約者が立っていた。目が合うとザクッと音がして婚約者の腕に切り傷ができる。婚約者の隣には、可憐で愛らしい、童話から飛び出してきたような少女が立っていた。


 転入生のマリア・フィエンドだ。


 この国では、誰しも魔力と呼ばれる体力に似た力を持ち、呪文を学び魔力の込め方を覚えれば、魔法と呼ばれる不思議な術を使える。


 魔法の種類は沢山あり、好き勝手使えば人が傷つく。


 そのため魔法そのものだけではなくその扱い方、魔法に関する法律を学ぶため、魔力量が魔法を扱えるまでに到達する10歳から18歳までの間、この国にいる子供は皆魔法学園に通うのだ。

 魔法は他の勉強と同じように、人によってこの魔法は得意、この魔法は苦手と向き不向きがある。水魔法が得意とか、物体を浮遊させたり加速させる魔法が得意とか。人によって様々だ。


 でも「この魔法が得意」と言って尊敬されるような魔法は決まっている。


 人を癒す治癒魔法、もしくは、人の心に干渉する魔法だ。


 そしてマリア・フィエンドは、転入生という注目を浴びやすい肩書きに加え、愛らしいお姫様のような容姿に、精神干渉魔法が得意という特別性まで兼ね備えていた。女子生徒の中ではツンとすました顔をしているけれど、男子生徒は可愛い愛らしい優しいとはしゃいでいるので、きっと男子生徒の前では愛想がいいのだろう。


「すみません……こちら、魔法による怪我ではないんです」


 マリア・フィエンドが詫びた。間近で見る彼女は、職人が精巧に創り上げた人形みたいな容姿だった。化粧で苦心して、鏡を見ながら自尊心を削るような他の女子たちの気持ちなんて、絶対に分からないのだろう。


 「いえ」と手短に返せばザクッと婚約者の指に傷が走る。婚約者は何も言わず、ばつが悪そうにしていた。なんで将来騎士団を志し、他の男子生徒と一線を画す強さを持つ彼がマリア・フィエンドの魔法にかかるのだろう。それを思うまま糾弾すれば、魔法がかけられた婚約者より話すことかと周囲から責められかねない。理不尽だ。いつもこう。


「一体何が」

「心の傷を可視化する魔法で……なのでこう、ある意味心の傷を勝手にみられる魔法が、彼に」


 先ほどから婚約者はひとことも話さない。


「どうして、そんな魔法が」

「それは」

「俺が、説明する」


 マリア・フィエンドを庇うように婚約者が話を遮った。そんな風に守るのかと、新たな知見を得た気持ちだ。守られた覚えがないから。


「彼女が中庭で研究している時に、木剣が飛んで、魔法の研究を乱した。そこで本来の魔法の陣ではなくなったところに、俺が入ったらしく」



 ともすれば婚約者が満身創痍になっているのは心の傷が原因ということか。


「で、どうすればいいんですか」


 私はマリア・フィエンドに問う。魔法の研究を中庭でしているくらい博識ならば、その解呪も教師に頼るより本人に問うほうがはやい。それにこの学園は放任主義。魔法での失敗は自己責任としてよほどのことが無い限り自分たちで片づけさせる。実際に傷が出来るならまだしも、可視化だったらまず動かない。


「日数がある程度経過すれば、見えなくなるのですが……事情を知らなければ馬車にひかかれたように見えるので。痛みとか、実際の傷とは違ってあくまで他人から見える視覚情報だけで、本人は一切認識できないので……それで、あの、こちらへ」


 マリア・フィエンドは、私の婚約者ではなく私に手招きした。私は男爵家より家格が上のはずだ。家格を気にしないとかそういうところが男子生徒からの評判を得る一因になっているのだろうか。


 そういうところが、婚約者が彼女を気に入る理由なのだろうか。


 婚約者の一大事だというのに、正しく心配できない。


 マリア・フィエンドに近づくと婚約者の手のひらに傷が走った。なんで今傷つくんだ。疑問を抱きながらも魔法使いに近づけば、魔法使いは声を潜めた。


「こちらが、傷ついた言葉の手帳になります」


 木を陰にマリア・フィエンドが小さな手帳を取り出した。


「え、ど、どういうことですか」

「傷ついた言葉が書かれています」


 魔法使いが茶色い手帳を渡してきた。


「さっき、心の傷を可視化する魔法とお伝えしましたが、傷の可視化と、その傷がこの辞典に記録される魔法なんです」

「なるほど……」


 まぁ日柄物であれば、傷が目立たないように隠して過ごし、待つしかないのだろう。


「ありがとうございました、お手数おかけして、申し訳ございません」


 私はマリア・フィエンドに頭を下げた。中庭での武器を使った訓練は禁止されている。木剣を飛ばしたほうが悪い。マリア・フィエンドは「いえ」と首を横に振った。


「こちらこそ、申し訳ございません」


 暗い顔で詫びる姿も、物語の一ページのようだ。結局騎士道と話す婚約者も、男だったということ。可愛い存在に優しくしたくなる、守りたくなるのは当たり前だ。わたしとは違う。


「手帳はお預けします。この手帳の存在は、彼は知らないので……一応、ご内密に。傷が余計増えても、よくないですから」

「すみません本当に……色々と……ありがとうございました」


 マリア・フィエンドは会釈をしてその場を立ち去る。私の手に、婚約者の心の傷が記されているらしい手帳を残して。


 大変なことになったな、とこの先を思案しながら、私は手帳を開いた。マリア・フィエンドは婚約者の心の傷を増やしかねないと言っていたが、彼の父親は騎士団長だ。彼に見せられずとも、騎士団に関する機密事項があれば騎士団長に渡したほうがいいだろう。一方で、万が一ではあるが、彼だけが知る家の秘密みたいなものがあって、それを彼の父が知らず、この手帳により家庭崩壊という筋書きもさけたい。


 そう思い、婚約者のもとに戻る前に手帳を開いて絶句した。


『話し合えない人だから無理──フレデリカ・アンバー』


 私の発言が名言集のように記されている。名前の後は日付もついていた。


『あの人はこちらを見下している──フレデリカ・アンバー』

『気に入らないなら離れましょうの人だから生産性がない──フレデリカ・アンバー』

『見損なった──フレデリカ・アンバー』

『騎士の才能と人格は比例しない──フレデリカ・アンバー』

『必要性とか数字気にする割に本人結果どうなんでしょうね──フレデリカ・アンバー』

『自己保身大臣──フレデリカ・アンバー』

『悪いと思った瞬間、高圧的になる自覚がなさそう──フレデリカ・アンバー』

『自己肯定感の低さに反比例した自己保身──フレデリカ・アンバー』

『はじめは厳しい言葉も心を開いた故かと思ったけど、もういいや──フレデリカ・アンバー』

『人に期待しないって言ってましたし、本人も期待されたくないんですよ──フレデリカ・アンバー』

『何を言っても、そういうつもりじゃないんですけどね、そう思うんですか? ってオウム返しされて話す意味がない──フレデリカ・アンバー』

『離婚せず上手くやっていこう、お互い譲歩していこうという意思がない──フレデリカ・アンバー』


 これは言った。しかも婚約者に古くから仕える執事に伝えたものだ。


 婚約者の態度を見かね注意すべきか執事は私に相談したが、結婚男性が執事に注意を受けるのは恥だろうと愚痴を聞いてもらうことになっていた。


 そしてひときわ大きい字で書かれている。


『もう疲れた、がっかり、失望した──フレデリカ・アンバー』

『もうどうでもいいや──フレデリカ・アンバー』


 手帳に書いてあるのはほぼ私だった。


 向こうから仕掛けたことでは?


 私は手帳を前に首をかしげる。しかも日付はすべて婚約者がこちらに対して拒否姿勢を出した後だ。私が行ったから婚約者が拒否をしていたわけじゃない。


 何?


「意味が分からない」


 ぼそっと呟くと手帳に新たな字が刻まれる。


『意味が分からない──フレデリカ・アンバー』


 盗み聞きされてない?


 正直、執事が漏洩したように思えない。なぜなら漏洩するような性格ではないし、注意をしようとしていたのを私が止めていた立場だからだ。案外、この家で婚約者の味方は少ない。でもこんなことで傷つくなら最初から言わなければいいのでは?


「……は?」


 思わずつぶやくと『……は?──フレデリカ・アンバー』と悪口の列挙が増えた。




 中庭の一件の翌日。私は合間をぬってマリア・フィエンドの元に向かった。


 朝から教室は騒然としていた。なにせ婚約者──クラスメイトの一人が血濡れの亡霊のようになっているのだ。倫理道徳以前に心があれば、驚きもする。


 魔法の失敗だと本人がすぐ説明したが、注目を浴びているし、一応婚約関係にあるので私にも「心配ね」と声がかかる。魔法をかけた主が誰か、婚約者は話さない。マリア・フィエンドの為だろう。彼は沈黙により彼女を守っているのだ。便利だ。彼の沈黙は私に対しては拒絶を、マリア・フィエンドには守護と使い分けられる。それは私にとっても都合が良かった。婚約者を男爵令嬢に奪われた女なんて、惨めすぎる。


 今まで誕生日に祝いの品を貰えない、褒められもしないで惨めさは充分味わってきた。本人は相手の都合のいい言葉をいうことは不誠実で、すぐに贈り物をする男を軽薄だと騎士志望仲間と話をしていたけど、それはそれとして私は惨めだった。


 別に高いものが欲しいわけじゃない。気持ちが欲しかった。今あなたの存在を認識していますという証明が欲しかったし、それを言っても「認識してるつもりですけどね」と否定される。多分次に言われるのは「贈り物がほしいってことですか?」だ。私はその時きっと絶望的な気持ちになって、多分、どこかに行きたくなる。「そういうんじゃない」って言いながら。それを婚約者は気分屋だと考え、より一層、話が通じなくなる。そこまで分かるのだ。皆貰ってるのに。婚約者同士で。そういう私の子供じみたわがままも、根底にあるし。


「私の言葉でしたの。手帳にある、言葉すべて」


 私はマリア・フィエンドを中庭のベンチに呼び出した。


 遠目に見れば男爵令嬢を呼び出す高位貴族みたいで嫌だけど、人目につかないところに呼び出して後から何かを言われるのも恐ろしい。悪口を言われたとか、注意されたとか。だってそういうものだから。この学園は魔法学園であり、貧富の差は関係ない。色んな家柄の人間が集まるけど、下位貴族を見下し理不尽を言う高位貴族の問題の他、高位貴族の注意を嫌がらせだと流布する下位貴族の問題と、人間関係の問題があとをたたない。


「なるほど」


 マリア・フィエンドは興味がなさそうだった。もう少し表情が苦しそうだったり同情的であれば、きっと遠目からは私がマリア・フィエンドを糾弾しているように見えていただろう。

 

 それどころか地面に落ちている石を拾ってはベンチの下に投げている。


「貴女……精神干渉魔法が得意なのよね?」


 私が問いかけると、マリア・フィエンドの手が止まった。


「はい」

「なら、人の心に、詳しいってこと?」


 恐る恐る質問を重ねれば、マリア・フィエンドは少し驚いた顔をした。


「え」

「私、あの人の考えが、よく分からなくて」


 たいして面識のない人間にこんな話をするなんてどうかしている。


 でも、自分の名前が手帳にびっしり記されていたことが、ただただ不安だった。こんな話が出来るのは、魔法をかけた張本人のマリア・フィエンドしかいない。だから私は、マリア・フィエンドに婚約者のことを、洗いざらい話してしまった。

 

「どうしてだと思う? 私あの人に、嫌われてるというか、関心なんて持たれてないはずなの。ずっとこう、話が通じないし……」


 意味が分からないのだ。ずっと冷たくされて、遠ざけられたのはこちらのほうなのに。


「この人にだけは悪く思われたくないあまり、自己保身に走る。かっこつけようとして、弱い自分を隠すために強く振る舞う人間はいます。そういう人間ほど、傷つきやすい」

「え……?」


 あの人が傷つきやすい?


 さんざん、あんなに拒絶の言葉を、吐いているのに?


「な、なぜそんな、だって、」

「プライドじゃないですか?」

「え」

「あくまで可能性の話ですけど、こうありたい自分と実際の自分が乖離している。その差を必死に埋めようとして、言葉選びが最悪になる。外面がよくて人の頼みをあんまり断らない人間が、大事な相手の頼み事だけ、失敗したく無くて断ることもあります。失敗して幻滅されるのが嫌だから。その熱意は、それはそれは残酷な形で相手に現れる」


 失敗するのが、嫌?


 思い当たるふしはいくらでもあった。だって騎士の世界で失敗は許されない。失敗は命に関わるから。


「でも、あくまでそういう人もいる、ということです。貴女の婚約者がそれに一致しているかは分からないし、行動原理を理解できたとしても、貴女が相手に合わせる必要はない」

「私、どうしたらいいと思う?」

「頑張るのもどうこうするのも、貴女ではないと思いますよ」


 マリア・フィエンドは即答した。


「傷つけたことを自覚すればいいとは思いますけど──結果はどうあれ、傷つけたことに変わりはない。自分は有害な存在だと、悲劇を気取って償いから逃げる卑怯者に騎士団長は務まらない。開き直るのは論外ですけど、自分は最低な人間だと自責して、相手と向き合うことから逃げ続ける楽を選び自己保身に入るのも中々ですからね」


 マリア・フィエンドはそう言って後ろを振り返る。


 そこには、私の婚約者のザクセンがいた。


 ザクセンはあっけにとられた顔で私たちを見ている。


 マリア・フィエンドは、とてもどうでもよさそうにザクセンを見ていた。噂とは違う。彼女は私の婚約者──いや、男子生徒になにか表情を向けるのなら、もっと愛くるしく、可憐な表情だと思っていた。でも、マリア・フィエンドの表情はそれこそ、私に向けるものと何ら変わりがない。


「人命救助では動ける、婚約者には動けない、傍目に見ればないがしろにされてると考えるのも当然だと思いますよ」

「そんな」

「では、私はこれで……二人でベンチお使いください」


 マリア・フィエンドは颯爽とその場を去っていく。


 私は、理解できない婚約者の顔を見た。相変わらずボロボロだ。手帳には私の言葉があるけど、私だって、色々言われたわけで。


「話を、しましょう」


 私はザクセンに声をかける。彼は静かに頷いた。



 ザクセンと話し合いしばらくして、私はマリア・フィエンドの姿を探した。彼女は図書館で脳科学の本を読んでいた。目が合うと彼女は無視してきたけれど、気のせいかと思って声をかけた。すると彼女は、「場所を変えますか」と図書室を出た。


「すみません、さっき目が合ったの無視して」


 廊下で彼女が切り出した。意図的に無視されていたらしい。


「知り合い面したら、馴れ馴れしいと思われるかなと思って」

「そんな……それに知り合い面なんて、ちょっと言葉が悪いわ」


 思わず注意すると、彼女は「申し訳ございません。噂通りの、養子縁組なもので」と付け足す。


 彼女は元々修道院に預けられていて、魔力が高いことを理由に貴族に引き取られた元平民だ。


「養子縁組で育っても、きちんとした言葉づかいをしている人は沢山いるわ。育ちなんて関係ない、将来のこともあるし」


 そう言って後悔した。こういうところを見られたら、きっと私は悪く言われる。でも、言葉遣いを整えないと、将来困るのは彼女だ。


 マリア・フィエンドは、「将来」と、まるで新しい単語を覚えるみたいに復唱した。


「そうよ。貴女には魔法の才能があるんだから。これから先、みんなの前で話すことだって増えてくるでしょうし」


 この国で最も尊ばれるのは治癒魔法だ。絵本に出てくる魔物や魔王といった存在は、この国にはいないけれど、同時に傷や病をぱっと治す聖女もいない。そのうえで人を癒す治癒魔法は膨大な魔力と技術力を必要とし、それを生業とする治癒魔法士は尊敬の的になる。


 昔の言葉で騎士百人の命より治癒魔法士一人、なんてものがあった。


 人権に関わる為、現代では公に言ってはいけない言葉になったけど、それくらいすごいことだ。そしてそんな治癒魔法に並ぶのが精神干渉魔法である。


 脳の働きに関する特性上、特定の精神干渉魔法の行使は禁止され、使えばあっという間に国で検知され、不正使用が認められれば即時逮捕になる。


 禁止されているのは洗脳や支配など犯罪を助長させるものなので、今回マリア・フィエンドが研究していたような魔法は問題ないが……人の心の傷を可視化して手帳に記すなんて、相当な技術だ。



「みんなの前で話すことなんて、ありそうもないですけど」

「え」

「話すの嫌いなので」

「でもこうして話をしてくれてる」

「それは、貴女が普通に話をしてくれるから」


 ぼそっとマリア・フィエンドが言った。彼女に振り向けば、彼女は窓の外──ここよりずっと遥か遠くを見るようだった。


「だって、精神干渉魔法が得意な男爵令嬢で、もう死んだほうがいいような肩書じゃないですか。男をたぶらかして、奪うみたいな」


 最初の私の認識を、言い当てられた気がして息を呑む。


 はは、とマリア・フィエンドは乾いた笑い方をした。目には諦めが色濃い。しかしその諦めの濃さで、私を責める意図は無かったと分かった。彼女の声音には、途方もないくらいの諦めが滲んでいる。


「本当に洗脳なんて出来たら、そもそも、私を疑う人間なんてこの世界からいないのに。それに、逮捕されてる。」


 自分の身すら投げ捨ててしまうような話し方だった。


「というか、婚約者様についてなにかお話があったんですよね、その後、調子はいかがですか」

「あれから、色々話をしたわ。誤解やすれ違いが主因だったけれど、彼、謝罪してきたわ」

「許したんですか」

「分からないって答えたの。今後によるかなって。謝ってもほら、今後を見ないと分からないし。私は、自分が傷ついて、それを辛いって嘆きはするし馬鹿も見るでしょうけど、話し合っていく道を、選んでいきたいから」

「それに足る男ですか? 彼は」

「それも分からないわ」


 分からないけれど、彼の心の傷や話を聞く今のほうが楽なのは確かだった。


「それは良かったです」


 マリア・フィエンドは少しだけホッとした顔をして、その場を後にしようとする。


 私は、ふと気になって質問をする。


「心の傷を可視化する魔法って、なんで、研究しようと思ったの?」



 すると、いつも何でも答えてくれていた彼女が「何ででしょうね」と初めて言葉をはぐらかした。





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