男爵令嬢の後悔
生きているのが嫌になった。
理由は精神干渉魔法が得意な男爵令嬢という肩書きで人々が想像するのは、誰かの大事な人を奪う悪女だから。
当然、自分の大切な人のそばにはいてほしくないし、その肩書を聞いた瞬間、相手は私を疑う。
当たり前だ。正しい危機管理である。ナイフを持った不審者に子供を近づけたい親はいないし、なにかするのではと疑って当たり前だ。むしろナイフを持った不審者がいるのに「無闇に人を疑ったらだめ」なんて言って平気な親がいたら、人としてどこか崩れている。
可哀そうと考えてくれる人だって、私を好きでではないだろう。
同情してくれて、近づいてきた人間に対して私は返せることはなにもない。相手の優しさに対し周囲は洗脳されているだろうと私を疑う。同情されたくないとか、同情なんていらないと思えるほど、私は高潔ではいられない。同情されたい。否定されたくない。肯定されたい。
そして誰かに分かってもらおうとしても、膨大な事前共有が必要になるし、言い訳と区別がつかない。
だからもう、生きていていい未来が見えないのだ。だってこの先、どうしたって最低限の人権を得られる未来が見えない。
誤解されて、解いてを繰り返して。
分かってもらえる人は増えたけど、期待したくない。疲れた。生産性がない。話をして、分かってもらえなくて、手を変え品を変え頑張る間に相手は私を責めるわけで、でもそれは当たり前で、こんなに不利で、それがずっと。
ずっと続く。
またいつ逆戻りになるか分からない。それにもうなんか、疲れた。変に成功体験を得ても、どうせ今後また、精神干渉魔法が得意な男爵令嬢という肩書きにより、誤解した人間がそれを前提としてこちらに話をしてくるから。
精神干渉魔法が得意で、もしそれを自分の好きに使えるのなら、私は自分の親に使っていただろう。でもそれは叶わなかった。
私はちゃんと孤児。ちゃんと孤児なんて言い方、文脈上おかしいし、どうせ「孤児だって愛される未来がある!」なんて言い出す人間はいるけど、私の傍には居てくれないし私を愛さない。
だからもういい。
自殺する気はなかった。人を殺す魔法の開発は法に触れる。
氷の魔法でつららを作って人を殺すことは駄目だけど、氷の魔法でつららを作ることは許される。
でも氷の魔法で作ったつららに自動的に人を狙う機能を付与するのは駄目。この国の司法はそういう仕組みだから。ナイフで人を殺せるけど、料理でも使うので販売を禁止してないのと同じ。
今まで私が令嬢たちと会った場所は、魔法の実験の為の場所だった。
人の生死に関わらない、法律的には全く問題のない魔法。
──私の存在が誰にも認識できなくなる魔法。
──マリア・フィエンドの存在の記憶が無くなる魔法。
私そのものの物体を消したり透明人間にする魔法は、法に触れる。役所の戸籍を勝手に消すわけにはいかない。
いるけどいない人。
私はそうなる。出欠は取られるけど、どんな相手か思い出すと鍵がかかったように思い出せず、また、思い出そうとすればするほど、本人の中で私の優先順位が下がる。そういう精神干渉だ。
合わせて使うのが、三つの魔法だ。
対象の心の傷を可視化する魔法。これで、私の心の傷を手帳に記録するつもりだった。いつかの未来で、同じように特別な能力を持つ男爵令嬢みたいな、私と似た属性の人間が苦しんでいる時に届くように。一人じゃないと伝えられるように。
対象の取扱説明書を発行する魔法。これは私の心の取扱説明書を、その未来の誰かに託すためだ。きっと、私と似たような目に遭うだろうし、もしかしたら私のようにこうした研究気質はもってないかもしれない。だから誰にどうされたいか、何を言ってほしいのか、自分でも分からないかもしれない。助けになればと思って。
最後に、対象の心をドールハウスにする魔法だ。そのドールハウスに、心の傷の手帳と、私の取扱説明書を隠した上で、封印を行う。精神干渉魔法を持たなければ解けない魔法だ。
そうして、未来の誰かを一人ぼっちにしないようにして、私は消える。
そう思っていたけど。
「だからこれからもよろしくねマリアさん」
よりによって、次期王妃が私に笑いかけてくる。私の間を次期騎士団長の婚約者、次期宰婚約者が挟み、逃げられない。こんなつもりじゃなかった。しかも三人とも婚約者がややこしい。放っておけない。しかもそう簡単に人は変わらないし。消えるのはしばらく駄目そうだ。なにより、存在を失くす魔法は、私そのものへの関心の薄さが必要になってくる。この三人がいる以上、この三人を物理的に消してからになる。最悪だ。そんなことしたくないし。
こんなはずじゃなかったのに。
三人によって私の確定済みの進路は変わってしまったし、存在を失くす魔法に費やした時間は全部おしゃかだ。それどころか私の存在を失くすことでその魔法の存在も処分する気だったので、色々後始末が大変だ。私は辟易しつつも頷いた。
「どうぞよろしくお願いいたします」




