第5話「外では他人、家では夫婦――秘密のルール」
同居生活が始まって、数日。
少しずつ、この生活にも慣れてきた――とはいえ。
「……やっぱり不思議だな」
大学のキャンパスを歩きながら、思わず呟く。
周りには同じ学生たち。
友達同士で笑い合ったり、講義の話をしていたり。
どこにでもある、普通の光景。
その中に、自分もいる。
でも――
(家に帰れば、みのりさんがいる)
しかも、ただの同居人じゃない。
“妻”。
そう思うだけで、現実とのギャップに頭が追いつかなくなる。
「おーい潤一郎!」
「ん?」
後ろから声をかけられて振り返る。
同じ学部の友人だ。
「今日の講義さ、マジで長くなかった?」
「あー……まあ、ちょっとな」
適当に相槌を打ちながらも、どこか上の空になる。
――絶対にバレちゃダメ。
頭の中に浮かぶのは、みのりとの約束。
『外では他人。これは絶対ね?』
あの時の真剣な表情。
芸能人である彼女にとって、それは当然のことだった。
スキャンダルになれば、仕事に影響が出る。
最悪の場合――
(……守らないと)
強く、そう思う。
講義を終えて、帰り道。
スマホを見ると、一件のメッセージ。
『おかえり、気をつけてね』
差出人は――みのり。
それだけで、顔が緩みそうになる。
(やばい、外だ……)
慌てて表情を引き締める。
返信は短く。
『はい』
それだけでも、どこか嬉しい。
誰にも見せられないやり取り。
それが、この関係の“現実”だった。
――そして夜。
玄関のドアを開ける。
「ただいま」
自然と口から出る言葉。
するとすぐに。
「おかえり」
キッチンの方から、みのりの声。
その一言で、一気に空気が変わる。
外の世界とは、まるで別。
「今日どうだった?」
「普通に講義でした」
そんな何気ない会話。
でも、それが妙に温かい。
「ご飯、もうすぐできるよ」
「手伝います」
「いいよ、今日はもうできてるから」
エプロン姿の彼女。
その光景に、少しだけ見慣れてきた自分がいる。
食事を終えて、ソファで並ぶ。
自然と距離が近くなる。
昼間とは違う空気。
「……やっぱり、この差すごいよね」
ぽつりと、みのりが言う。
「え?」
「外と中」
少しだけ苦笑しながら続ける。
「さっきまで他人だったのに、今は夫婦」
その通りだった。
「でも、その方がいいでしょ?」
「……はい」
迷いなく答える。
すると彼女は、少しだけ安心したように微笑む。
「じゃあ、ルール確認しよっか」
指を一本立てる。
「外では絶対に距離を取ること」
二本目。
「連絡も最低限。怪しまれないように」
三本目。
「誰にも言わない。絶対に」
どれも当たり前だけど、重いルールだった。
「……守れそう?」
試すような視線。
でも答えは決まっている。
「守ります」
即答だった。
「ちゃんと、守ります」
もう一度、強く言う。
すると、みのりは少しだけ目を細めて。
「そっか」
小さく頷いた。
そのあと。
ほんの少しだけ、体を寄せてくる。
「じゃあ、これは“家の中限定”ね」
そう言って。
そっと、肩にもたれかかる。
一瞬で、心臓が跳ねる。
「……ずるいですよ、それ」
「なにが?」
「切り替えが……」
昼間とのギャップが大きすぎる。
すると彼女は、くすっと笑う。
「これが秘密の夫婦ってやつでしょ?」
楽しそうな声。
でも、その裏にはちゃんとした覚悟も感じる。
「潤一郎くん」
「はい」
「バレたら終わりだからね?」
その一言に、空気が少しだけ引き締まる。
「……はい」
静かに頷く。
この関係は、普通じゃない。
でも――
「でも」
みのりが、少しだけ優しく言う。
「その分、家ではちゃんと夫婦でいようね」
その言葉に、胸が熱くなる。
「……はい」
強く、答える。
外では他人。
家では夫婦。
その境界線を守りながら――
俺たちの生活は、静かに続いていく。
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