第4話「距離が近すぎる日常――同居生活の始まり」
同居生活、初日。
――とはいえ、昨日からすでに一緒にいるのだが。
「とりあえず、荷物はここでいいかな」
みのりの部屋の一角に、俺の持ってきた荷物が置かれる。
段ボール一つ分。
それだけなのに、やけに現実味があった。
「……本当に住むんですね、ここに」
「うん。もう夫婦だしね」
さらっと言われて、また心臓が跳ねる。
“夫婦”という言葉が、まだ全然慣れない。
部屋を見渡す。
落ち着いた色合いのインテリア。
整った家具。
どこか、みのりらしい空間。
そこに自分がいるという事実が、少し不思議だった。
「そんなに緊張してる?」
「……してます」
正直に答えると、彼女は小さく笑った。
「まあ最初はそうだよね」
そう言いながら、キッチンへ向かう。
「お昼どうする? 簡単なものでいい?」
「え、あの……俺やりますよ」
「いいのいいの。今日は私がやりたい気分」
エプロンをつける仕草。
その何気ない光景に、思わず見惚れる。
(……なんだこれ)
まるで、本当に“新婚生活”みたいで。
いや、実際そうなんだけど。
現実感が追いつかない。
「そんなに見られるとやりにくいんだけど?」
「す、すみません!」
慌てて視線を逸らすと、くすっと笑われた。
「別にいいけどね」
少しして、簡単な昼食ができあがる。
「はい、どうぞ」
テーブルに並ぶ料理。
「……美味しそう」
「ほんとに簡単だよ?」
そう言いながらも、どこか嬉しそうだ。
「いただきます」
向かい合って座る。
同じテーブルで食事をする。
それだけなのに、妙に意識してしまう。
一口食べて――
「……美味しいです」
素直な感想だった。
「よかった」
ほっとしたように微笑む。
その表情に、胸が温かくなる。
食事を終えて、ソファへ移動する。
「ちょっと休憩しよっか」
隣に座る。
……距離が近い。
いや、近すぎる。
肩が触れそうな距離。
(これ、普通なのか……?)
意識しているのは、たぶん俺だけだ。
すると。
「潤一郎くんってさ」
「は、はい」
「意外と大胆だよね」
「え?」
思わず聞き返す。
「だって、あんなこと2年も言い続けてたんだよ?」
「……それは……」
言葉に詰まる。
「本気、だったので」
そう答えると、みのりは一瞬だけ驚いたように目を瞬かせた。
それから、少しだけ視線を逸らす。
「……そっか」
その横顔が、ほんのり赤く見えた気がした。
「私もね」
ぽつりと、呟くように言う。
「ちゃんと、好きになってるよ」
その一言。
時間が止まったように感じた。
「……え」
思わず声が漏れる。
「最初は、ちょっと面白い子だなって思ってた」
正直すぎる言葉に、少しだけ苦笑する。
「でも、ずっと同じこと言ってくれて」
「真っ直ぐで」
「気づいたら……気になってた」
ゆっくりと、言葉を選ぶように続ける。
「だから、来たんだよ」
入学式に。
その意味が、やっと分かった気がした。
「……ありがとうございます」
自然と、そう言っていた。
すると、みのりは小さく首を振る。
「お礼じゃないよ」
そして。
ほんの少しだけ、距離を縮めて。
「これから、よろしくね」
その言葉に、胸がいっぱいになる。
「……はい」
強く頷く。
まだ始まったばかりの生活。
不安もある。
でも、それ以上に――
確かな幸せが、そこにあった。
――距離が近すぎる日常。
それは、少しずつ“当たり前”になっていく。
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