第3話「初めての朝――夫婦としての距離」
――目が覚めた。
見慣れない天井。
ふかふかのベッド。
そして、すぐ隣に感じる人の気配。
「……っ」
ゆっくりと顔を向ける。
そこにいたのは――みのり。
少しだけ寝息を立てながら、穏やかな表情で眠っている。
(……夢、じゃない)
昨日の出来事が、一気に頭の中に流れ込んでくる。
入学式。再会。
そして――プロポーズ。
「結婚してください」
「いいよ」
あのやり取り。
全部、本当にあったことだ。
(俺……結婚したんだよな……)
しかも相手は、ずっと好きだった人。
現実感がまるで追いつかない。
じっと見ていると、みのりのまつ毛がわずかに動いた。
「……ん」
ゆっくりと、目が開く。
視線が合う。
数秒の沈黙。
「……潤一郎くん」
寝起きの、少し柔らかい声。
それだけで心臓が跳ねる。
「お、おはようございます……!」
思わず姿勢を正してしまう。
そんな様子を見て、みのりはくすっと笑った。
「なにそれ、硬いよ」
「いや、その……」
何をどう話していいか分からない。
距離も、関係も、全部が急すぎて。
すると、みのりは少しだけ体を寄せてきた。
「……夫婦なんだよ?」
その一言に、息が詰まる。
次の瞬間。
そっと――唇に、柔らかい感触。
「……っ!?」
一瞬、思考が止まる。
ほんの数秒。
軽く触れるだけのキス。
けれど、それだけで頭が真っ白になる。
離れたあと、みのりは何事もなかったかのように微笑んだ。
「おはよう」
まるで、それが当たり前みたいに。
「……え、あの……今……」
「キスしたけど?」
さらっと言われて、言葉を失う。
「夫婦の朝って、こんな感じでしょ?」
悪びれる様子もない。
むしろ少し楽しそうですらある。
「……無理です」
「なにが?」
「心臓が持たないです……」
正直な本音だった。
すると彼女は、少しだけ驚いた顔をしてから。
また小さく笑った。
「慣れていこうね」
その言葉が、やけに優しく響く。
「これから毎日なんだから」
「……毎日……」
その一言の重み。
嬉しさと、恥ずかしさと、色々な感情が混ざる。
ベッドの中、少しだけ近い距離。
「潤一郎くん」
「は、はい」
「昨日のこと、後悔してない?」
その問いに、迷いはなかった。
「……してないです」
即答だった。
「むしろ……すごく嬉しいです」
そう言うと、みのりは少しだけ目を細めた。
「そっか」
安心したような、柔らかい表情。
「じゃあ、ちゃんと続けていこうね」
「……はい」
夫婦として。
まだ何もかもが不慣れだけど。
少しずつ、距離を縮めていく。
そんな予感がした。
そしてその朝。
俺は初めて知った。
――“おはよう”の意味が、こんなにも特別になるなんて。
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