第1話「出会い――あの夏の握手会」
――あの夏が、すべての始まりだった。
高校二年の夏休み。
友達に誘われて、なんとなく足を運んだイベント会場。
正直、その時の俺は“声優”にそこまで詳しかったわけじゃない。
「絶対ハマるって! 一回見れば分かるから!」
そう言われて連れてこられたのが、人気声優・みのりの握手会だった。
会場は人で溢れていた。
同じ目的のファンたちが、列を作って順番を待っている。
「うわ……すごい人……」
圧倒されながらも、流れに乗って列に並ぶ。
この時はまだ、人生が変わるなんて思ってもいなかった。
やがて、自分の番が近づく。
ステージの上。
そこにいたのは――
「……え」
一瞬、息を忘れた。
画面越しで見ていたはずの人が、そこにいた。
優しい笑顔。
柔らかい雰囲気。
そして、耳に残るあの声。
「こんにちは」
たった一言なのに、心臓が大きく跳ねる。
(やばい……)
頭が真っ白になる。
スタッフに促されて、前へ出る。
差し出された手。
震えながら、そっと握った。
「あ、あの……!」
何か言わなきゃいけないのに、言葉が出てこない。
でも、このまま終わるのは嫌だった。
勇気を振り絞って、声を絞り出す。
「……好きです」
自分でも驚くくらい、小さな声だった。
けれど、彼女はちゃんと聞き取ってくれた。
少しだけ目を見開いて、それから優しく微笑む。
「ありがとう」
その一言で、胸がいっぱいになる。
でも、そこで終わらなかった。
気づけば、続けて言っていた。
「あなたの声に……惹かれました」
言いながら、顔が熱くなる。
周りに聞こえたらどうしようとか、そんなことはどうでもよかった。
ただ、伝えたかった。
そして――
ほんの一瞬、迷ってから。
「……結婚したいくらい、好きです」
言ってしまった。
完全に勢いだった。
でも、不思議と後悔はなかった。
みのりは、一瞬だけ驚いた顔をしたあと。
くすっと、小さく笑った。
「ふふっ……嬉しいな」
その声は、少しだけ優しくて。
ほんの少しだけ、特別に聞こえた気がした。
「また来てくれる?」
「……はい」
即答だった。
手が離れる。
それだけなのに、どこか名残惜しい。
列から外れたあとも、しばらく動けなかった。
心臓の音が、うるさいくらいに響いている。
(……なんだよ、これ)
たった数秒。
それだけの時間だったはずなのに。
――完全に、心を奪われていた。
その日から。
俺は、何度も握手会に通うようになった。
会うたびに、小さな声で同じことを言う。
「好きです」
「結婚したいくらい、好きです」
最初は冗談みたいなものだったのかもしれない。
でも回数を重ねるごとに、それは“本気”になっていった。
彼女の声を聞くたびに。
笑顔を見るたびに。
気持ちは、どんどん大きくなっていく。
――そして気づけば、2年。
高校を卒業し、大学へ進むことが決まった頃。
俺の中で、その想いははっきりしていた。
(……もう、冗談じゃない)
本気で。
本当に。
――結婚したいと思っている。
だから俺は、一通の手紙を書いた。
『大学の入学式、もしよかったら来てほしいです』
無謀だって分かってる。
来るわけがないことも。
それでも、どうしても伝えたかった。
あの時から続いている想いを。
――この夏から始まった恋が、どこへ向かうのか。
その答えは、まだ誰にも分からない。
でも確かなのは。
あの日、あの瞬間。
俺の人生は、確実に変わったということだ。
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