第17話「観察者――兄から見た“弟の選んだ人”」
夜。
仕事を終えた壯介は、静かな部屋でコーヒーを飲んでいた。
スマホには、数枚の写真。
同窓会で撮られたものだ。
そこに写っているのは――
弟・潤一郎。
そして、その隣にいる女性。
みのり。
「……ほんとにややこしいことになったな」
小さく呟く。
弟が連れてきた“妻”。
それが、かつて同じ小学校・中学校で過ごした同級生だったとは。
偶然というには、出来すぎている。
(でも、まあ)
壯介は写真をスワイプする。
弟の顔。
そこには、昔とは違う表情があった。
「昔はもっと不器用だったのに」
少しだけ笑う。
――数日後。
再び三人で会った時のことを思い出す。
みのりは、昔と変わっていなかった。
いや、正確には違う。
大人になっている。
けれど根っこは変わらない。
真面目で、距離感が少しだけ不器用で。
(あいつら、似てるんだよな)
潤一郎とみのり。
どちらも、真っ直ぐすぎる。
だからこそ――
(バレたら一発で終わるタイプだ)
壯介はコーヒーを置く。
スマホが震える。
潤一郎からのメッセージ。
『大学の方、少し噂が出始めてます』
短い報告。
(やっぱりか)
想定より早い。
週刊誌も動いている。
大学の友人も、違和感に気づき始めている。
「……面倒くせぇな」
だが、嫌ではない。
むしろ。
(守る対象が増えると、やることも増える)
それだけだ。
壯介は立ち上がる。
――そして回想。
あの同窓会。
久しぶりに再会した“みのり”。
昔は、静かで目立たない子だった。
図書室で本を読んでいることが多かった。
そこに、よく居たのが自分だった。
「壯介くん、また寝てる」
「うるせぇな」
そんな会話。
懐かしい記憶。
(あいつが声優になるとは思わなかったな)
そして今。
その彼女が、弟の妻。
運命という言葉では片付かない。
だが――
壯介はスマホを閉じる。
「まあいいか」
小さく笑う。
「弟が選んだなら、それでいい」
ただし。
条件は一つ。
守り切ること。
それだけだ。
――数日後。
潤一郎の部屋。
「兄貴、最近どうですか?」
「普通」
即答。
だが少しだけ間を置く。
「お前の方がやばい」
「やっぱりですか」
潤一郎が苦笑する。
「大学の方、来てるな」
「はい」
「みのりの仕事関係も?」
「少しずつ」
壯介は腕を組む。
「完全に囲まれてきてるな」
「……はい」
だが壯介は、すぐに言う。
「でもまだ余裕ある」
「え?」
「本当に危ない時は、こんなもんじゃ済まない」
淡々とした言葉。
経験に基づいた確信。
「今は“探ってる段階”だ」
その言葉に、少しだけ安心する。
「だから今は」
壯介は潤一郎を見る。
「お前らがブレんな」
「……はい」
強く頷く。
その時。
奥からみのりが顔を出す。
「壯介くん」
「ん?」
「ありがとう」
短い言葉。
でも、真っ直ぐだった。
壯介は少しだけ目を細める。
「礼はいらねぇよ」
「弟の嫁守るの、兄として普通だろ」
軽く言う。
だがその言葉は重い。
“家族”としての線が、そこで引かれる。
みのりは小さく笑う。
「変わらないね」
「そっちもな」
静かな空気。
だが、その中には確かな“共通認識”があった。
――守る。
それだけは、揺るがない。
壯介は玄関に向かう。
振り返らずに言う。
「次、週刊誌が本気出したら」
「その時が本番だ」
扉が閉まる。
残された二人は顔を見合わせる。
「……頼もしいですね」
「はい」
短い返事。
だが、心は少し軽くなっていた。
――兄という“観察者”が加わったことで。
この関係は、さらに強くなる。
そして同時に。
嵐の前の静けさは、終わりに近づいていた。
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