第12話「疑惑――近づく日常と隠しきれない違和感」
大学の昼休み。
「なあ潤一郎、今日暇?」
声をかけてきたのは、白濱恒星。
明るくて距離の近いタイプで、入学してすぐに仲良くなった一人だ。
「まあ、講義は午後だけだけど」
「じゃあメシ行こうぜ」
その一言で、自然と三人組に合流する。
「お、潤一郎も来たんだ」
新島木乃香が手を振る。
落ち着いた雰囲気で、でもどこか鋭い観察眼を持っている女子。
その隣には――
「お疲れー」
菅洞明日香。
明るくてよく喋る、場の空気を回すタイプ。
この三人といると、自然と会話が弾む。
「でさ、聞いてよ昨日の話!」
明日香が勢いよく話し始める。
「例の声優のさ、新作アニメ!」
その単語に、心臓が一瞬止まりかける。
(……まずい)
でも表情は崩さない。
「めっちゃ良かったんだけど!」
「へぇ、誰出てるの?」
恒星が興味なさそうに聞く。
「みのりさんだよ!知らないの?」
その名前。
完全に核心だった。
「……あー、聞いたことあるかも」
なるべく自然に返す。
すると木乃香が、じっとこちらを見る。
「潤一郎くんって、あんまり芸能詳しくないよね?」
「まあ……あんまり見ないから」
無難な答え。
でも。
「ふーん」
その視線が、少しだけ長い。
(……勘、鋭いな)
内心で冷や汗が流れる。
「てかさ!」
明日香がまた話題を変える。
「この前、駅前でめっちゃ似てる人見たんだよね!」
「誰に?」
恒星が聞く。
「みのりさん!」
その一言で、空気が止まる。
(……え?)
「マジで?」
「うん、でもさ」
少しだけ考えるように言う。
「隣に男の人いてさ」
「彼氏じゃね?」
恒星が軽く言う。
「いやー、でもなんか違ったんだよね」
明日香が首を傾げる。
「もっと……こう」
言葉を探すように続ける。
「自然っていうか、距離近い感じ」
(……完全に俺じゃん)
心の中で叫ぶ。
顔に出ないよう必死に抑える。
「でもさ、芸能人だし」
木乃香が冷静に言う。
「普通に考えて、そんなとこ歩かないでしょ」
「だよねー」
明日香も納得したように笑う。
(助かった……)
ひとまず安心する。
でも。
「……でもさ」
木乃香が、ぽつりと呟く。
「ゼロじゃないよね」
その一言。
視線が、またこちらに向く。
「もし本当だったら、面白いのに」
冗談っぽく笑う。
けれど、その目はどこか鋭い。
(……危ない)
確実に、“違和感”は残っている。
「まあいいや!」
恒星が空気を変える。
「そんなことより、今日の課題やばくね?」
「それな!」
明日香がすぐに乗る。
会話は、いつもの日常に戻っていく。
でも――
潤一郎の中では、違った。
(……バレる可能性、普通にあるな)
現実として突きつけられる。
今までは“特別な世界”だった。
でも、ここは日常。
距離は、確実に近づいている。
――夜。
「……ってことがあって」
みのりに話す。
ソファに並んで座る、いつもの時間。
「なるほどね」
落ち着いた声。
でも、少しだけ真剣な表情。
「完全にセーフ、ではないね」
「……ですよね」
苦笑するしかない。
「でも」
みのりが、少しだけ微笑む。
「ちゃんと回避できてる」
その言葉に、少しだけ救われる。
「無理に隠そうとしすぎると逆に怪しいから」
「自然にね」
「……はい」
頷く。
「それに」
みのりが、少しだけ距離を詰める。
「もしバレそうになっても」
「ちゃんと、一緒に考えるから」
その言葉に、胸が温かくなる。
「……ありがとうございます」
自然と笑みがこぼれる。
大学という“日常”。
そこに潜む、小さな違和感。
まだ、バレてはいない。
でも――
確実に、“近づいてきている”。
それでも。
二人は、そのすべてを回避していく。
――絶対に、守るために。
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