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「お前の代わりなどいくらでもいる」と捨てられましたが、冷徹公爵がなぜか私を離してくれません    作者: 月代
第四章 花は誰のものでもない

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第19話 花は誰のものでもない


 宰相の失脚から二日後、再び王宮から呼び出しがかかった。


「また謁見か。今度は何を企んでいる」


「ルシアン様、まだ何も言われていませんよ」


「王宮に呼ばれてろくなことがあった試しがない」


 不機嫌なルシアンを宥めながら、アネットは謁見の間に向かった。


 今回の謁見の間には、前回の緊張感がなかった。居並ぶ大臣の数も少なく、王の表情にも剣呑さがない。むしろ——どこか気まずそうにすら見える。


「ラヴロック公爵、アネット嬢。呼び立ててすまなかった」


 王が先に謝罪した。ルシアンが微かに目を見開く。


「宰相の件は遺憾だった。北方の民を苦しめる計画を看過していたのは、余の不徳だ」


「……陛下がご存知なかったとは思えませんが」


「ルシアン様」


 アネットがたしなめる。ルシアンは口を閉じたが、視線は鋭いままだ。


「公爵の言う通りだ。余は宰相の暗躍を薄々知りながら、北方復興の成果を期待して黙認していた。——恥ずべきことだ」


 王は玉座を降り、アネットの前に立った。


「アネット・レイヴンクロフト。そなたが北方で見せた力と献身は、報告で聞いている。井戸を蘇らせ、畑を育て、民の希望となった。——それは命令でできることではない」


「陛下……」


「そなたの力は、そなた自身のものだ。王家のものでも、宰相のものでもない。それを余は忘れていた」


 王はアネットに向かって、浅く——しかし確かに頭を下げた。


 居合わせた大臣たちが息を呑んだ。王が一介の令嬢に頭を下げるなど、前代未聞のことだ。


「改めて、依頼させてほしい。命令ではなく、依頼だ。北方領土の復興に、そなたの力を貸してほしい。条件はすべてそなたたちに委ねる」


 アネットはルシアンを見た。ルシアンは腕を組んだまま考え込んでいたが、やがて口を開いた。


「条件がある」


「申してみよ」


「第一に、北方復興事業の管轄は王室直轄とし、実務の責任者はアネットとする。余計な官僚の介入は認めない」


「よかろう」


「第二に、復興された土地の帰属は、元の住民に優先的に返還する。利権目当ての貴族には一切渡さない」


「これもよかろう」


「第三に——」


 ルシアンはわずかに間を置いた。


「アネットの活動は完全な自由意志に基づくものとし、いかなる場合も強制はしない。体調が優れなければ休む。帰りたくなれば帰る。その権利を、王の名において保証していただきたい」


 アネットはルシアンの横顔を見つめた。この人は最後まで、自分を守ることを最優先にしている。


「……そなたは、よほどこの娘を大切にしているのだな」


「当然です。婚約者ですから」


「それだけか?」


 王が意味深に笑う。


「……それだけです」


 ルシアンの耳が赤い。王は声を上げて笑った。


「よかろう、すべて認める。王の名にかけて保証しよう。——それと、もうひとつ」


 王は大臣に目配せした。大臣が恭しく巻物を差し出す。


「レイヴンクロフト家の件だが。現侯爵の病による領地経営の停滞については、王室から支援金を出す。北方復興に貢献するレイヴンクロフト家の令嬢に、せめてもの恩返しだ」


 アネットは息を呑んだ。


「父の——レイヴンクロフト家に?」


「そなたの父君の病状についても、王室医を派遣する。名医が揃っている」


「……っ」


 アネットの目に涙が滲んだ。父のことは、ずっと気がかりだった。公爵邸での生活に追われ、北方のことで手一杯で、何もできていなかった。


「ありがとう、ございます……」


「礼は不要だ。遅すぎた支援を、今さら恩に着せるつもりはない」


 謁見の間を辞した後、アネットはこらえきれず涙を流した。


「お父様が——お父様が、助かるかもしれない……」


「ああ。よかったな」


 ルシアンはいつものように素っ気なく言ったが、その手はそっとアネットの背中に添えられていた。


「ルシアン様。全部——全部、ルシアン様のおかげです」


「違う。お前が自分で勝ち取ったものだ。俺は隣にいただけだ」


「隣にいてくれたから、頑張れたんです」


「……そうか」


 ルシアンは短く答えて、視線を逸らした。


 だが、背中に添えた手だけは——離さなかった。


 王宮の回廊に、夕日が差し込んでいた。

 長い影が二つ、寄り添うように伸びている。


 嵐は去った。

 今度こそ、本当の意味で——新しい日々が始まる。

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