表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「お前の代わりなどいくらでもいる」と捨てられましたが、冷徹公爵がなぜか私を離してくれません  【続編連載開始】  作者: 月代
第二章 咲き誇る想い

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/18

第10話 これからも、ずっと


 薔薇のアーチに、白薔薇が咲いた。


 公爵邸に来て六週間。アネットが丹精込めて育てた白薔薇が、ようやく最初の花を開いたのだ。


「咲きましたよ、ルシアン様!」


 朝一番に庭に出たアネットは、歓声を上げた。朝露に濡れた白薔薇は、朝日を受けて真珠のように輝いている。


「ああ——咲いたな」


 ルシアンはアーチの下に立ち、花を見上げた。

 その横顔に浮かんだ表情を、アネットは見逃さなかった。無表情の奥に潜んでいた——あまりにも深い感慨。


「お母様も、喜んでいらっしゃると思います」


「……そうだな」


 ルシアンはしばらく白薔薇を見つめ、それからアネットに向き直った。


「アネット。今日の夜、ここに来い」


「夜?」


「日没後だ。庭に来い」


 それだけ言って、ルシアンは屋敷に戻っていった。いつもより足取りが速いのは気のせいだろうか。


 その日のアネットは、まったく落ち着かなかった。

 庭仕事をしていても手元が狂い、温室で水やりをすれば鉢を倒しかけ、ルーシーとの会話もどこか上の空。


「アネット様、今日はどうされたんですか?」


「え? な、なんでもないわよ」


「お顔が赤いですよ」


「日焼けよ、日焼け」


「温室の中で?」


 ルーシーのツッコミを聞き流しながら、アネットは日没を待った。


 そして——夜。


 庭に出たアネットは、息を呑んだ。


 薔薇のアーチから続く小道に、無数の小さなランタンが灯されていた。温かなオレンジ色の光が、花壇の花々を幻想的に照らし出している。

 噴水の水面には月が映り、月光花が静かに光を放っている。

 まるで——夢の中の庭園。


「ルシアン、様……」


 アーチの下に、ルシアンが立っていた。

 いつもの黒い外套ではなく、白いシャツに深い紺色のベスト。整えられた漆黒の髪。そして——


 その手に、小さな箱を持っている。


「来たか」


「……はい」


 アネットはゆっくりとアーチに近づいた。心臓がうるさいくらいに鳴っている。


「アネット。俺は口下手だ。気の利いた言葉は言えない」


「知っています」


「感情を表に出すのも苦手だ」


「それも知っています」


「だが——」


 ルシアンは手の中の箱を開いた。

 中には、銀色の指輪が入っていた。リングの中央に、小さな緑の石——翠玉石が嵌め込まれている。その石の中で、淡い光がゆらめいていた。まるで、アネットの緑命の力のように。


「月光花の蜜から精製した石だ。この庭で、お前が咲かせた花から生まれたもの」


「……っ」


「お前は六週間前、雨の中で倒れていた。行く宛もなく、誰にも必要とされていないと思い込んでいた」


 ルシアンの銀灰色の瞳が、まっすぐにアネットを射抜く。


「俺も同じだった。この屋敷で十年、誰も必要とせず、誰にも必要とされず。——枯れた庭と同じだ。生きてはいたが、咲いてはいなかった」


 アネットの目に涙が滲んだ。


「お前が来て、庭が咲いた。屋敷が変わった。——俺が、変わった」


 ルシアンは膝をつかなかった。代わりに、まっすぐに立ったまま、アネットの目を見据えて言った。


「アネット・レイヴンクロフト。俺と——」


 一度、言葉が詰まった。氷の公爵の仮面が、最後の抵抗を見せるかのように。

 だが、ルシアンは自分の意志でそれを砕いた。


「俺と、夫婦になってくれ」


 庭に静寂が落ちた。ランタンの光がゆらめき、月光花が柔らかく輝いている。


 アネットは涙を流しながら——けれど、満面の笑みで答えた。


「はい。喜んで」


 ルシアンの指が、アネットの左手の薬指に指輪を通した。その手が、かすかに震えていた。


「……サイズは合っているか」


「ぴったりです。いつ測ったんですか?」


「……クラウスが勝手にやった」


「嘘ですね。視線が右にずれました」


「……」


 ルシアンはばつが悪そうに目を逸らした。その耳が真っ赤に染まっているのを見て、アネットはくすくすと笑った。


「ルシアン様——いえ、ルシアン」


「……なんだ」


「大好きです」


 ルシアンの表情が、一瞬にして崩れた。

 無表情でも、仏頂面でもない。ただ純粋に——嬉しそうな顔。


「……俺も、だ」


 ぶっきらぼうな告白。でも、それがこの人らしくて。

 アネットはルシアンの胸に額を預けた。大きな手が、おそるおそるアネットの背中に回される。


 白薔薇のアーチの下で、二人はしばらくの間、ただ寄り添っていた。

 庭の花々が祝福するように揺れ、月光花が一層明るく輝いた。


 ——これが、始まりだった。


 二人がささやかな幸せを噛みしめていたその頃。

 王都の宮殿では、ある会議が行われていた。


「陛下。ラヴロック公爵領にて、月光花が開花したとの報告がございます」


「月光花? あの伝説の——」


「はい。さらに、枯死したはずの希少薬草が多数蘇生しているとのこと。緑命の力を持つ者が、公爵邸にいる可能性が高いかと」


 玉座に座る王は、深く考え込んだ。


「緑命の力——建国の聖女が持っていたとされる、失われし力か」


「さようにございます。もしこの力を王家の管理下に置くことができれば、荒廃した北方領土の再生も——」


「うむ。ラヴロック公爵に勅命を出せ」


 王の言葉に、大臣が一礼する。


「公爵夫人候補となる女性——アネット・レイヴンクロフトの、王宮への出頭を命ずる」


 幸せの傍らで、新たな嵐が静かに近づいていた。


 ——けれど、二人はきっと大丈夫だ。


 だって、枯れた庭に花を咲かせた二人だ。

 どんな嵐が来ても、また花を咲かせることができる。


 これは、捨てられた令嬢と氷の公爵の——終わりではない。

 物語は、ここからが本番だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ