表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「お前の代わりなどいくらでもいる」と捨てられましたが、冷徹公爵がなぜか私を離してくれません  【続編連載開始】  作者: 月代
第三章 王宮の嵐

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/19

第11話 勅命


 プロポーズの余韻が残る翌朝、それは届いた。


 朝食の席に、クラウスが白い顔で現れた。長年仕える老執事がここまで動揺するのを、アネットは初めて見た。


「旦那様。王宮より使者が参っております」


「……朝から何の用だ」


「勅命です」


 ルシアンの手が止まった。


 使者は応接室で待っていた。王室の紋章入りの礼服を纏った若い官吏が、恭しく巻物を差し出す。


「ラヴロック公爵閣下に申し上げます。国王陛下よりの勅命でございます」


 ルシアンは無言で巻物を受け取り、封を切った。

 目を通す間、表情は動かない。だが、アネットにはわかった。巻物を持つ指の関節が白くなっている。


「……内容は理解した。下がれ」


「御返答は——」


「追って書面で回答する。下がれと言っている」


 氷の声に射すくめられた使者は、逃げるように応接室を出ていった。


 二人きりになった応接室で、ルシアンは巻物をテーブルに置いた。


「見ろ」


 アネットは巻物に目を通した。読み進めるにつれ、血の気が引いていく。


 ——ラヴロック公爵領において、伝説の月光花が開花。希少薬草の異常な蘇生も確認。緑命の力を有する者が公爵邸に滞在していると推察される。王国の安全保障と国益のため、当該人物の王宮への出頭を命ずる。


「……私を、王宮に?」


「ああ。お前の力を王家の管理下に置きたいらしい」


 管理下。その言葉の冷たさに、アネットは身震いした。


「どうやって月光花のことを……」


「庭師を追い払った後も、王家は定期的にこの領地の状況を探っていた。母の薬草園に目をつけていたんだろう。月光花が咲けば、嗅ぎつけるのは時間の問題だった」


 ルシアンの声は冷静だが、その奥に押し殺した怒りが滲んでいる。


「行かなければなりませんか」


「勅命だ。拒否すれば公爵家そのものが取り潰される可能性がある」


「そんな……」


「だが」


 ルシアンはアネットに向き直った。銀灰色の瞳には、昨夜のプロポーズの時とは違う——けれど同じくらい強い光が宿っている。


「お前を一人で行かせるつもりはない。俺も同行する」


「ルシアン様……」


「それと、ひとつ確認しておく」


 ルシアンはアネットの左手を取った。昨夜はめた翠玉石の指輪が、朝日を受けてきらりと光る。


「この指輪の意味を、お前は理解しているな」


「はい」


「なら、何があっても外すな。——お前は俺の婚約者だ。王であっても、お前を奪うことは許さない」


 その言葉は宣言だった。氷の公爵が、王家に対して牙を剥く覚悟の表明。


「……はい。外しません」


 アネットは指輪をそっと握りしめた。


 出立は三日後と決まった。

 その間、ルシアンは書斎にこもりきりになった。何やら大量の書類を取り寄せ、古い文献を引っ張り出している。


「旦那様は王宮での交渉に備えて、法的な防御策を練っておられるのです」


 クラウスがアネットにそう教えてくれた。


「法的な防御策?」


「緑命の力が王家の管理対象になるかどうか、過去の判例や法令を調べていらっしゃいます。さらに、婚約を正式に成立させるための手続きも」


「婚約の手続き……」


「ええ。アネット様がラヴロック公爵家の正式な婚約者であれば、王家といえども簡単には手出しできません。公爵家の人間を勝手に拘束することは、貴族法に抵触しますので」


 ルシアンは感情だけで動いているのではなかった。冷徹な頭脳で、アネットを守るための布石を打っている。


「……クラウスさん」


「はい」


「ルシアン様は、いつもこうなんですか。大切なものを守るとき」


 クラウスは穏やかに微笑んだ。


「旦那様は不器用な方です。ですが、一度守ると決めたものは、命に代えてもお守りになります。——奥様がご存命の頃も、そうでいらっしゃいました」


 出立の前夜。

 アネットは庭に出た。月光花が静かに輝いている。


「怖いか」


 背後からルシアンの声。振り返らなくても、その気配だけでわかるようになっていた。


「少しだけ」


「正直だな」


「ルシアン様に嘘はつかないと言いましたから」


 ルシアンがアネットの隣に立った。二人で月光花を見上げる。


「王宮に行っても、この庭のことを忘れないでください」


「忘れるわけがないだろう」


「帰ってきたら、薔薇のアーチの下でお茶しましょうね」


「……ああ」


「それから——」


 アネットはルシアンの手をそっと握った。


「一緒に帰ってきましょう。必ず」


 ルシアンの大きな手が、アネットの手を握り返した。

 無言で。けれど、どんな言葉よりも雄弁に。


 明日から、二人は嵐の中に飛び込む。

 だが、この手を離さなければ——きっと、大丈夫だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ