18
「うっしゃぁぁぁぁあああ!!!」
ガルが気張るように声を張り上げた。
竜樹奉納祭当日。
「うっさ」
王都の城下町に建造された闘技場を会場として使用する為、王立兵士養成学校の全校生徒、教員達はキャラバンを編成し、一両10人程度乗れる馬車で早朝から太陽が上に登る程度の時間を移動してきた。
城下町は色とりどりの花々や白い布の旗などで装飾され、子供たちは植物の茎をねじって双角のようにした花冠を頭に着けていた。
「見ろよエリオ、でっけー...」
丁度馬車から降りてきたクラスメイトのエリオに声を掛けたガル。
学園の校舎よりもずっと高く、円上になっているせいもあるが、少し離れなければ横幅も目視しきれない。
幾千の柱によって支えられた、まるで神殿のようにも見えるこの巨大建造物。迫力を通り越して一種の畏怖さえ感じた。
「おお...」
エリオはガルへ肩を組んできた。
「なんだ?あちーよ...って!お前顔!どした!?」
横を見るとエリオは真っ青、緑色のようにも見える顔色の悪さだった。
「酔った...吐きそう...っぷ」
どうやら長時間の馬車移動に耐えきれなかったようだ。
「うわっ!離れろっ!ゲロかけんじゃねーぞ!?」
「水...キンキンのやつ...うぷっ」
「んなもんねェーよ!!中入ったらあんじゃねーの!?センセー!エリオにゲロかけられる!!」
「なんですってー!?アキトちゃん!ちょっと頼むわよ!!」
喚きながら逃げるガルをゾンビのように追いかけるエリオ。担任のオスカーがそれを闘牛士のように釣ってそのまま三人は建物の中へと入っていってしまった。
突然仕事を丸投げされた学級代表のアキトだが、困った表情を浮かべながらも降りてきたクラスメイト達に声を掛けた。
「えぇ...一旦点呼するよ!皆背の順に並んでー!」
「「はーい」」
合計20人構成のクラスだ。
フィリア達は1年E組、校舎では最も端の、最後のクラスとなる。
「ミナ、フィリア、セレナ、ノア、リナ、ジャネット、ルカ、サラ、ダン、ケイン、レナード、カイト、アリス、ダン、エドガー、レンジ、ルーフ...で僕とガルとエリオ。オーケー、皆揃ってるね。後の二人は多分...後で合流するだろう。それじゃあ先に控え室に行くよー!闘技場内、きっともう人沢山いるから、気引き締めてこう!それじゃあ皆、今日は頑張るぞーっ!!」
「「おーっ!!」」
「おー...」
皆が張り切る中、フィリアは少し元気が無さそうに見えた。
「おい、行かないのか?」
皆が控室に向かって入口から建物の中に入っていく中、動かないフィリアにルーフが声をかけると、少しビクッとして返事をする。
「...あ、ごめん!先行ってて、用があるんだ」
「...?おう、わかった」
ルーフが行って少し経ってから。
「ようフィリア~元気そうだな?」
現れたのはゲイン、ロイスら生徒会の集団だった。
「あ、先輩...こんにちは!」
「フン、今日は頼むぞ?」
ゲインは首から腕にかけてかけられた包帯と、患部を固定するための添え木があてられている。
迅速な治療を受けたものの、二週間ではまだ包帯を外すまでに至らなかったようだ。
「はい...がんばります...」
「なんだ?緊張してるのかい?」
ロイスがフィリアに顔をずいと近付けて聞く。
「い、いえ...」
「フィリア君、嘘吐かなくていいのよ。緊張してるに決まってるじゃないの、このバカが自分で拳壊しといて、生徒会が一人分欠場になるからって無理やりフィリア君に穴埋めさせてるんですもの。フィリア君だって訓練で忙しいでしょうに、アナタの会計の仕事にまでこき使わせて...」
四年、風紀委員長のヴィオラ・クラウディア。緑靴の縦方向にまかれたカールヘアがよく似合う金髪の美女だが、後輩であるゲイン・フィンゼルへ向かって容赦のない毒舌を浴びせる。
「...フン」
「なんですのフンって?アナタそれもしかしてかっこいいと思ってますの?自分のくっだらないプライド守るために謝罪も反論もせず、後輩に不当な責任負わせてる自覚本当に持ってるのかしら?だっさい先輩ですこと~!かっこつけてるのか知らないですけど、ポケットに手ぇ突っ込んで制服もネクタイ緩めてボタン外して着崩して。後輩にモテたくて生徒会入っただけのアナタにはそれでいいんでしょうけど、私ら年上がどう思ってるのか教えてあげましょうか?『イキってんじゃねぇよこの...」
明らかに言い過ぎかけるヴィオラの口を押さえて制止するロイス。ヴィオラはロイスの手の中で何か叫んでいるが、モゴモゴと何を言っているのかまではわからない。
「はいはいヴィオラくんそこまでそこまで!見て、可愛い後輩が後ろ向いて、肩を震わせて泣きそうになりながらも頑張って耐えてるじゃないか!大丈夫だよゲイン、誰だってネクタイ緩めて制服を出来る限りお洒落に見えるように着たい時期はある!僕も朝食の卵をエッグカップ無しでワイルドに食べたくなる時あったな~!」
「あの、ロイス先輩、あんまりフォローになってないかもです」
そういってゲインの震える背中をさする三年、書記のエレノア・ベルクリア。
「あれ?そう?」
フィリアは慌てて手を振った。
「大丈夫です!僕のせいじゃないとしても一因なのは間違いないし、何より貴重な機会ですし...!」
「あら本当?...まあ、ならいいんですけど!」
「だ、だろ?平民の一年が生徒会に入れる機会なんてそうそう無いんだ、俺に感謝するといい」
フィリアのフォローにより調子を取り戻したゲイン。今度はヴィオラが後ろを向いた。
「...ふむ」
軽く顎に手を当て、観察するようにフィリアを見る。
「緊張、だけじゃないみたいだね?」
「え?」
「いや、なんでも無いさ」
にこやかな笑顔に戻るロイス。しかしその視線だけは、ほんの僅かに鋭かった。
闘技場の外周、城下町で既に祭りの喧騒が高まっている。
楽団の音が石壁を伝って低く響き、観客たちのざわざわとした声が波のように押し寄せてきた。観客たちの中には有力な兵団の視察員VIPルームのような所へ案内されていくのも見える。
歓声。期待。熱気。
それら全てが混ざり合って、普段と違う空気を肌に感じた。
フィリアは無意識に胸元に手をやった。
「...」
理由はわからないが、この場所に来てから、いや、ゲインを怪我させた辺りから、心臓の鼓動が合っていないような気がする。寝ようにも、どうにも落ち着かないこの感じ。胸がざわざわする。
奉納祭へ向けて、気が上がっているのだろうか。
「...くん?フィリアくーん?」
ヴィオラが首を傾げた。
「もう行きますわよ?貴方本当に大丈夫?無理はなさらない方が...」
「だ、大丈夫ですーーー」
言いかけた瞬間、低い地響きのような振動が足元を伝った。
「...今の、太鼓か?」
ゲインが眉をひそめる。
確かに祭りの太鼓は鳴っている。だが今のは違った。リズムが合っていないし、何よりもっと深く、地面の奥から響いたような音だった。
フィリアの視界が一瞬だけ白く瞬く。
脳裏に、巨大な樹の影がよぎった。
天を貫く枝。
空を覆う葉。
そして、この星の全てを鷲掴みにするような、根。
無数の根が、地中で蠢いている。
「っ...!!」
息が詰まる。
「おい、大丈夫か!」
倒れかけたフィリアの体をゲインが庇う。
その瞬間、フィリアは現実へ引き戻される。
「うっ...はい、すみません...ちょっと、ぼーっとして」
「ハァ...ん。」
跪いて背中を向けるゲイン。
「え?」
「早くしろ。お前まで使い物にならなくなったら俺の面子が立たん」
ぶっきらぼうな声だったが、明らかに気遣いが混じっていた。
ヴィオラが腕を組み、じろりとゲインを見る。
「珍しいですわね。後輩を気遣うなんて。まるで惚れた女に対する扱いじゃないですの」
「ブッ!!」
我慢できずに吹き出すロイス。
「うるせぇ!!」
「...あら?なに?もしかして図星ですの!?あららららぁ?照れてますの?ねえ、照れてますの??」
「違ぇ!!俺は...俺が男なんか好きになる訳がないだろ!?」
自分に言い聞かせるように叫ぶゲイン。
「...というか、アナタさっきから先輩に対してその口の聞き方はなんですの?」
「...いや、」
「『いや』じゃありませんわよ、何度言わせますの?まずは謝罪からーーー」
ロイスがくすりと笑う。
「さてさて、生徒会漫才はそこまでにして。僕達も入ろうか。開会式、もう始まる頃だ」
その言葉と同時に、巨大な鐘の音が鳴り響いた。
空気が震える。
観客の歓声が一斉に爆発した。
「やべ、急がないと」
ゲインが闘技場の入口を見る。
巨大な石扉の向こうから、光と熱気が溢れていた。
「フィリア君」
ロイスが眩い逆光を浴びながら、立ち止まって軽く振り返る。
「今日はね、見られる日だよ」
「見られる...?」
「うん。観客にも、教師にも、兵団にもーーそれから」
一瞬だけ言葉を切る。
「世界に。」
冗談めかした口調だった。
だが、今日が自分の未来に関わる、重要な日であることを改めて理解した。
「それじゃまた後でね!もう始まるから、君らも急いだほうがいいよ〜」
生徒会の面々が中へ入っていく。
フィリアも遅れて歩き出した。
石の通路はひんやりとしており、外の祭りの熱気が嘘のようだった。
大量の人間が行き交うが、自分たちの足音が簡単に聞き分けられる程に反響する。
一歩一歩進むたび、胸が高鳴った。
そして、視界が開ける。
「...わぁ」
思わず声が漏れた。
巨大な円形闘技場。
観客席は何層にも重なり、埋め尽くされた人々が旗を振っている。中央の競技場は白砂が巻かれ、陽光を反射して眩しく輝いていた。
空には祝祭用の花弁の詰まった籠を咥えた白鳩が旋回し、風に乗ってひらひらと舞い落ちる。
まるで英雄譚の舞台のようだった。
「すっげぇ...」
いつの間にか後ろから来ていたガルが口を開けて立っていた。
「お前遅えぞフィリア!エリオがさっきーー」
「うぷ」
「うわ来たぁ!!」
顔面蒼白のエリオが再び現れ、ガルが全力で逃げ出す。
周囲の生徒たちが笑い声を上げた。
その光景を見て、フィリアも小さく笑った。
少しだけ胸の落ち着かなさが軽くなったように感じた。
その時、観客席最上段、誰も気づかないような場所で。
黒い外套を纏った人影が、静かに立っていた。
「あれが...」
低めの少女の声。
その視線の先には、フィリア。
「予定より早いね、やっぱりあの子が...」
売店で購入した塩味のポップコーンを食べていると、二人の男に話しかけられた。
「おいお嬢ちゃん、そこ俺らの席なんだけど?なに?俺らと一緒に見たいわけ?」
「顔見せてよ...ってうわ、なんだコイツ!?バケモンじゃねぇか!?」
深く被った頭巾を無理やり剥がされると、重い火傷のような痕で顔の半分から首にかけて爛れているのが露わになった。
男二人に醜いものを見る目で嘲笑される少女。
「...ごめんごめん、すぐ邪魔にならないようにするから」
「あ?なんて言った?早くどいてくんね?可愛い子なら良かったけど、お前みたいのはお断りだわ」
少女の金色の瞳が縦に裂ける。
「まずっ」
「おい、お前何して...あれ、ジェーク?どこいった!?」
隣にいたはずの男の友人がいつの間にかいなくなっていた。
「ワタシ、キレイ?...なんつって」
男の顔を見る少女。
先程の醜い火傷の痕が消えていた。
金色の眼、長いまつげ、白く透き通るような肌、艶のある髪。
まごうことなき、美人。
「は?あれ、可愛...ひっ!?」
消えていた火傷の痕が黒く変色し、変形する。
それはやがて口に成り、いつの間にか男の眼前を覆っていた。
「ばくり」
男の首から上が虚空に消し飛ぶ。吹き出した血と残った体に少女が触れると、それはコーラ三杯と大量のポップコーンに変わった。
「やったー、広く使えるや!」
余りに一瞬で静かな出来事だった。
誰もこの世から二人の男の存在が消滅した事に気づかなかった。
「あ、すいませーん!ちょっと買いすぎちゃったんで、良かったら食べません?」
前で座っていた三人の家族に声をかける少女。
「え!いいの?」
子供が無邪気にポップコーンを受け取ろうとする。
「うん、勿論!美味しいものは皆で分け合わないとねー!ふふ」
「いいんですか?ありがとうございます、この子たくさん食べるので、助かります!良かったね、ほら、お嬢さんにお礼言いなさい」
「おねーさんありがとー!」
「美味しく食べてね」
「うん!」
目の前の家族は、自分の焼け爛れた顔面を見ても、少しも表情を曇らせなかった。
少女は何か心変わりしたように言う。
「...あ、すいませーん、やっぱそっちのいちご味私が食べたいんで、こっちの塩味と交換してもらってもいーですか?」
「え?ああ、勿論!...あれ?いちご味なんて売ってたっけ...?」
「どうもー」
「...やっぱりまずっ」
いちご味のポップコーンは、やけに鉄の香りがした。
鐘が再び鳴った。
第一種「強化」か第三種「操作」型の契約者と思われる司会の【声を拡げる力】が闘技場全体に響き渡る。
『レディース・アーンドジェントルメンッ!!お待たせ致しました本日司会、実況を務めさせていただくロアンと申します...これよりッ!【竜樹奉納祭・武】を開会致します!!』
この闘技場での大会は奉納祭の中の一つのイベントでしかない。街の装飾や屋台、出店、世界樹への感謝を捧げるのも含め竜樹奉納祭なのだ。
とはいえ殆どの祭りの参加者達は、この大会を目的に訪れる。
また大会の出場者は王立兵士養成学校の生徒達だけではなく、全国指折りの兵士達や一般人もいる。
有力な兵団や各地の貴族たちに自分達の力を誇示するために。
歓声が爆発した。
地面が揺れるほどの熱狂。
しかし、フィリアの耳にはその歓声の奥に、別の音が入ってきた。
ドクン。ドクン。
まるで大地そのものが鼓動しているような音。
胸騒ぎだけでは無かった。
理由は分からないが、確信だけがあった。
二日間に渡って行われるこの祭りで、何かが起きる。
取り返しのつかない何かが。
フィリアは無意識に空を見上げた。
快晴の青空だった。
闘技場の高い壁に阻まれた空にすら、世界樹の葉は覗いている。




