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奉納祭まで残り三日と差し掛かった。
あの後フィリアが医務室へ向かうと、ゲインは既に治療中だった。
この学園の医務室は普通の学校の保健室とは違い、軽い診療だけではなく本格的な診察や施術が出来る。それを可能にしているのは十日前フィリアと話した教師、ノクス・アシュレイである。
彼は第二種【変質型】の契約者であり、【触れた植物の性質を変えられる力】を持つ。
ただの雑草が治癒効果のある薬草や、麻酔効果のある毒草に早変わりするのだ。
治療系の【契約者】は非常に貴重の為、毎年奉納祭三,四年生の新たな治療系の契約者の誕生は各兵団から注目されている。
フィリアとゲインとの間にあった事故に関しては当事者間で話し合われ、特に周囲の人に音沙汰は無いままこの十日間、校庭で行われていた模擬戦が中止される事はなかった。
フィリアはあれからの十日模擬戦に参加する事は一切無く、寮に帰るまでの数時間、特殊格技室に籠りっきりだった。
学校生活中も、休み時間になると直ぐに教室から出てどこかへ行ってしまい、食事時間も姿を見せない。
寮から帰ってきても直ぐに寝てしまう。
最近ガルとルーフがフィリアと話す機会は自然と少なくなっていた。
夜、寮部屋。
ガルが風呂から上がると、フィリアがベランダで柵に凭れ掛かりながら星を眺めていた。
自分で飲もうと思い購買で買ってきたラムネをフィリアの頬に押し当てた。
「っ!冷た...くれるの?ありがとう!」
「あげねーよ!...ジョーダン、やる。...お前、最近大変そうだなー?だいじょぶか?」
汗一つかかず毎日の鍛錬をこなすフィリアがこんなに疲弊しきった姿。まだ数か月の仲だけど、今まで見たことが無かった。
「...?うん!全然大丈夫。身体が疲れるってどんな感じかあんまりわかんないんだー。」
夏の夜の風とよく冷えたラムネが、火照る身体を心地良く冷ましてくれる。
「コレ、どうやって飲むの?」
「あ?はは、ホントお前、頭は良いのに知らない事だらけだなー。貸してみ」
ラムネの瓶の頂点に着いたビー玉を押すと、ポンと小気味よい音を立てて、瓶の中に落ちる。
炭酸の抜ける音と共に、爽快な香りが鼻を駆け抜けた。
「わぁ!...甘い!美味しい!!僕これ好き!」
「俺のやったラムネだかんな。あたりめーだぜ。...そーやって笑ってんのが良いよ、年相応ってやつ?」
ガルは強めにフィリアの頭を撫でて、くしゃっと笑いながらそう言う。
昔、誰かにそんな言葉を掛けられたような気がした。
「年相応って...」
同期の同学年へ向ける言葉じゃない。
ガルはまたくだらない冗談を言う。
「...お前さ、ホントは俺らよりずっと年下だろ?...あ、見た目とかで言ってる訳じゃねーよ!?」
「...え」
「お前は俺とルーフより、いやきっとこの学校の誰より強いだろうけど、子供だよ。ちっせー子供。まだママに抱き着いてたいくらいのガキンチョだ。...ホントはそうしてないとダメなんだ。」
「...はは、僕、お母さん居ないし、そんな事思ったこともーーー」
その続きを言おうとすると、ガルは優しくフィリアの口を手で塞いだ。
「いーや、母さんはいるよ。お前が覚えて無くても、いるんだ」
ずっと、考えないようにしていた。
この学園に来る前の生活。
自分の過去。
家族。
「...いるの?」
「おう、いるぜ。...フィリア。何回も言うけどさ。お前の身体はつえーよ。普段のお前を見てても確かに疲れないのかもなんて思っちまう。でもさ、ココは?お前の心はどうなんだよ?」
ガルは自分の胸を拳で叩きながらそう聞いた。
いつも訳のわからない罪悪感に苛まれている。何に対してなのかもわからない。
「俺とアイツのとーちゃんさ、地元じゃ有名な騎士だったんだ。魔法みたいなチカラもあって、そんなとーちゃんの血ぃ引いてる俺らも最強だと思ってた。でも、ここに入学する前、変な竜種に村ごと全部、一晩で焼き尽くされて。俺のとーちゃんもルーフのとーちゃんもその時死んだ。俺でも泣いたんだぜ?最強のハズの二人が成す術もなく目の前で殺されたんだ。でもな、あの時死んだのはあの二人だけだった。皆寝てる時間の襲撃だったのに。寝てる皆全員起こして、燃える家の中に子供助けに飛び込んで。全員逃げるまでの時間も稼いだ。家族親戚村の連中全員、俺もルーフもたった二人で全部救ってみせた。」
ガルは拳を空に掲げ握り締める。
「...それって、悲しいよ」
なんと言えばいいのか分からなかったが、フィリアは正直に、心で感じた事を口にした。
「...ああ、悲しい事かもな。でもさ、俺は自分犠牲に全員守ったとーちゃんたちに憧れたんだ。俺はまだ弱いから全部は守れない。だからせめて、自分の周りの人だけは守る騎士でいるんだ。これが俺の心の柱。あの竜種にも何にも倒せない、折れない絶対の柱だ。これが折れるようなら、俺は自分のハラ切って死んでやる」
強い決意の目だった。瞳の奥で、静かに炎が燃えていた。
「心の柱、か」
自分の心の柱ってなんだろう?
夢なんか無い。毎日を目立たず普通に過ごすのに精いっぱいなのに。
こんなに自分の事を信頼してくれる二人にも、隠している事だらけで。
隠しているものが何なのか、自分ですらわかっていないのに。
「ま、皆が皆、持ってるモンじゃねーよ!ただ...ソレを持ってる方がきっといざという時、後悔しねぇ」
真っ直ぐ遠くの空を見ている。
自分は一生、こんな目を出来ない気がした。
「あれ」
急にどっと眠気が襲って来た。
立っているのがしんどく、どうしても横になりたい気分だった。
「おっと!?...はは、やっぱ疲れてんじゃねーか」
フィリアのさらさらとした髪がガルの腕にかかり、フィリアの方を見ると、瞼が重そうに、欠伸をしながらこくりこくりと頭を揺らしながら自分に倒れ掛かってきていた。
「はいはい、お休みよがきんちょ...ぶぁっくしょん!...湯冷めしたか?」
フィリアを肩でおぶり、空いた片手でフィリアが残したラムネを飲みながら部屋へ戻ると、窓の向こう側でルーフが立ち聞きしていた。
「たまには良い事言うな」
ガルを小突くと、驚いたように顔を赤くしたかと思うと
「なっ!?お、お前聞いてたのかよ!?...ま、まあ良い事言うのも俺の騎士道の一つだからな!」
「騎士道、ね」
開け放たれた窓越しに吹く夏の夜風が揺らすカーテンに頬を撫でられる。少しこそばゆいが、心地良かった。




