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贖いのユグドラシル  作者: 熊猫パンダ
第二章 兵士養成学校編

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木の上に逃げ隠れてから暫く経ったが、大猿はまるで自分達を逃がすつもりは無いとでも言うように、抉った樹皮を握りしめたままその場からピタリとも動かない。


何も考えていないように見えて、自分達があの一瞬で逃げられない事を察したり、攻撃のタイミングを計っていたりと、自分達の一挙手一投足に注意していたのだろうと今は思える。


一息付くのにも緊張が走る。


大猿は今、自分も静止する事で少しの気配も見逃さないつもりだろう。


木が倒れる音で掻き消されていたタイミングで木のかなり高い所まで登れたので、風が木の葉を擦る音や鳥の鳴き声などで薄れる分、大猿との間に二人が小声で話せる程度の距離はあった。


しかし、大猿の索敵思考回路の中に樹上が生まれ、上を見られればすぐに気付かれるだろう。


そうなれば...




いや?...待てよ...?



ルーフが突然、枝の先を折って大猿に向かって投げ付けた。


「バッ!お前何やってんだ!?ビビってイカれたか!?」


余りの行為につい叫んでしまったガル。


完全に位置が特定され、大猿の首がぐるりと回転しこちらを向いた。


「落ち着け。此奴の身体よく見てみろガル」


「はぁ!?身体ってそりゃ...」


子供が二人入れそうな太さの前腕。大人二人分の体躯。それも脂肪で傘増しされているなどではなく、全身にパンパンに筋肉が詰まっている。


推定体重、1トン近く。


「あんな図体したヤツが木に登ろうとしてみろ、殆どの木はポッキリ折れちまうだろうな」


「あ、確かに」


「じゃあ跳ぶか?20mはあるだろうな。あんな短い足で?歩くだけで土が捲れる程の体重で?」


「...確かに?」



2人は静かに目を合わせ、そしてルーフに続きガルも大猿に向かって枝を投げ付けた。




「...やーい、サル。こっち来てみろや〜...」


「...やーい、木偶の坊。登ってこいよー...」


その瞬間、大猿は自分より圧倒的に弱いはずの生き物に罵倒されている事に気がついた。


人の言葉など分からない。しかし、目の前にいる人間の顔が、表情がまるで自分がまだ小さく弱かった頃、自分を虐めた猿達そっくりの、悪意と愉悦に満ちた顔だったから。


「あれれぇ?まさかお前、猿のくせに木登りも出来ないんでちゅかぁ?」


「ちょっと奥さん!そんな事言っちゃ可哀想でしょうよ、まさかウッキッキーの癖に木にも登れないなんて、ワタクシだったら恥ずかしくてしょうがないわァ!!」


バシバシ尻を叩いて煽るガル。



不気味な程のポーカーフェイスがあられも無くなった大猿は顔を赤く染め、眉間に皺を寄せ、口角が下がり、瞼に力が込もる。


2人の木を掴んで揺さぶり、その木がミシミシと音を立てて倒れ出す。


しかし、乗っている木が折れれば別の木に飛び移る程度の身体能力は2人ともあった。


「ほいっ。...ぎゃはは!これじゃ俺らの方が猿みてーだなルーフ!」


上手く罵倒出来ているのか分からないが、ガルは大猿を罵り続けた。


「ああ...ん?おいガル、あいつなんか...」


「んお?怒ってる?」


顔が赤く染まり出したという程度ではなく、原色のような赤色だった。


「...そんな気にしてたのかよ、悪かったって!木登り出来ない猿が居たって仕方ねーよ。俺だって人間なのに勉強できねーし!」


「・・・お前、昔から無理に褒めるのも無理に貶すのも下手くそだよな・・・ん?おいガル!やっぱあいつなんかおかしいぞ!!」


フシュウウウというような蒸気の音を立てて、赤い大猿の身体から立ち込める湯気がその身体を隠していく。


バキン、バキンと筋繊維が急激に変容する音が聞こえた。


「あ、あれぇ...?」



腕だけが異常に発達していたバランスの悪い図体の大猿だったはずが、立ち込める湯気が開けた時にその場に立っていたのは、全身の毛が抜け落ちた、大人と同じ程度の体躯の白い猿。

身体だけ見れば小さくなったが、二人が受けた殺気、脅威は先程の非ではなかった。



無表情から怒りの表情へ染まっていた大猿の顔が、今度は笑みへと移り変わる。


木の上で自分を嘲け笑っていた人間の顔が、再び焦燥と恐怖の表情へ戻ったからだ。


大猿の姿が目の前から消え、足の形に凹んだ地面だけが残る。



「げっ!?」




一瞬、小鳥でも乗ったかのようにほんの少し木が揺れた。



「ルーフ、逃げーーー」


ガルの後ろに白い猿が見えたと思った瞬間、ガルと彼の乗っていた枝分かれした木の幹だけが消えた。



「...は?」


何が起きたのか見えなかったが、恐らくあの猿がガルが乗っていた幹ごと吹き飛ばしたんだろう。


瞬きの間に白猿が自分と目を合わせたかと思うと跳躍した。


上空をよく見ると、逆光に照らされてよく見えないが、人影が二つ。恐らく白猿とガルだろう。


「ガル...!!」


破裂音に近い打撃音が空から鳴り響く。


「あ...?」


空中で殴られているのかと思いきや、白猿がガルを軽く叩いただけだった。


殺すつもりじゃなかったのか...?


ルーフが不思議そうに眺めていると、白猿分の影が消えて自分の目の前に現れた。


「ーーーあ、テメェ、待て」


満面の笑みを浮かべた白猿はルーフの体を持ち上げ、そのまま再び空へ跳躍する。


あまりの速度に一瞬気が飛ぶが、白猿のビンタによって目が覚めた。



「ってーな、この野郎!!」


「ギャギャッ!!」


自分達が気が付くと白猿はどこか嬉しそうに、更に上へと二人を放り投げる。



「くそっ、このままじゃ地面に叩き付けられて死ぬぞ...!?」


「なあルーフ、あいつ何がしてえんだ?」


妙に落ち着き、頬を腫らしたガルが空中で胡座をかいて疑問げに言う。


「は!?何がしたいって、俺らを殺す事だろうが!!」


「あいつのビンタ食らって生きてるぜ?木も軽くなぎ倒せる様な奴の。上級兵ならまだしも、あれはまだペーペーの俺らが耐えられるような攻撃じゃねーよ」


「だから何が言いてえんだよ!?どうせこのまま落とされたら死ぬんだぞ!?...あいつは笑ってた、オレらのことなんざすぐ壊れるオモチャ程度に楽しめれば良いとでも思ってるんじゃないのか?!」


「オモチャ...楽しい...あ!なあルーフ、あいつ遊びてーんじゃねーの?」


「はぁ?!」


ポンと手を叩いたガルに呆れ、一瞬自分達が死の間際に立たされている事を忘れそうになった。



「ギャギャッ!!」


白猿は自分達を地面に触れさせまいと、空中でキャッチして地面に優しく着地した。



「...は...?」


「なあお前、俺らの言葉分かるのか?」


ガルが白猿に問う。しかし、勿論返答はなかった。


「キャ?」


首を傾げる白猿。しかし、先程の表情から変わった事を不思議に思ったのだ。


敵意に近い恐怖ではない。自分が行った行動がこの二人になんらかの変化を齎したのだ。


頑丈な人間だ。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




その猿は孤独だった。


猿は幼少期に親猿に捨てられた。理由は恐らく栄養不足か病気か。先が無いと判断されたのだろう。

自然界ではごく普通の事だった。


猿は赤狒々の群れに、自分達の同種だと勘違いされ拾われた。


しかし、この猿の親が居ないことから、この群れの一員ではないことはすぐに気付かれた。


群れから追い出されそうになっても、蹴られても、飯を奪われても、自分一人になれば直ぐに死んでしまうと分かっていたから、無理にでも着いて行った。



そうして数年が経ち、ある日の事だった。

猿は同じ歳の赤狒々の子供ら数人にいつものように虐められていた。


獲物は普段から一人で食べ切れないほど多く取った。自分が群れについて行くために、ついて行かせてもらう為に赤狒々達が要求した見返りだった。



赤狒々達はいつの間にかぶくぶくと太り、猿はどんどんと強くなっていった。


猿はいつの間にか同じ歳の赤狒々達より一回りも二回りも大きくなっていた。



数十年を生きると、次第に先代は死んで行き、同世代は衰え弱って行った。自分の種族こそ疑えど、実力至上主義の赤狒々にとってシルバーバックとして、群れの長として認められる事に疑いなど無かった。


長になれば、この孤独とも別れを告げられると淡い期待を持っていたのだ。



猿には力しか無かった。


友など居る訳もなく、遊び相手など一生巡り会えないものだと思っていた。


自分を他所に楽しそうにじゃれ合う同世代の赤狒々達を見て、心底羨ましかった。


下っ端や別の動物、人間など、様々なもので遊ぶしか無かった。


誰かと遊ぶ、は諦めて、誰かで遊ぶ。


そうやってずっと生きてきた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「さる、取ってこーい!」


木の枝を空へ投げるガル。


それを軌道が放物線を描く前に捕ってガルへ手渡す白猿。


困惑するルーフ。



「さる、どっちが早いか勝負だ!」


同時にガルと白猿が森の中を走り出す。


木の上をまるで猿のように駆け回るガル。


地面の気を薙ぎ倒しながら直線で進む白猿。


呆れるルーフ。



「こうなったら男と男の真剣勝負だ!さる!」


白猿が手刀で用意した切り株に肘を乗せ、ガルと白猿は腕を組み合わせた。


ドーンという音と共に、ガルごと地面にめり込んだ。


仮眠を取るルーフ。





白猿は、今日が生まれてから一番、幸福で楽しかった。


念願の遊び相手だった。


自分よりずっと弱いのに、恐れず立ち向かってくる生物は初めてだった。


いつも通り暇潰し位になれば良いと思っていたけど、まるで友を得られたような気がした。


同種や意思疎通など、どうでも良かった。




ーーー今日は白猿が、初めて敗北を喫した日だった。





「キャキャッ!!」


今度は高く跳ぶ勝負をしようと、赤髪の青年よりも先に空に跳んだ。


「行けねーよんなとこォ!!」


「...ん?なんだあれ?」



ルーフが見たのは、赤い飛行物体。


はるか遠くからその飛行物体が尾を引くような速度でこちらへ向かってきているのが見えた。




「あんのサル公、舐めやがって〜...とうっ!!」


ガルの跳躍力は精々が木の枝に飛び乗れる程度と行ったところだろう。


常人からすれば驚異的な身体能力だが、白猿に並ぶには不十分だった。


「キャキャーーーギャッ!!」


飛来する赤い物体。そのスピードは常軌を逸していた。空中では身動きが取れない。


「ギャギャーーー」


大きな衝突音が空中で轟き、何かが白猿の腹を凹ませていた。


白猿は泡を吹いて気絶し、そのまま地面へと力無く落下する。



「...おっと、君達、大丈夫だったかい?ファイザ、起きて」


抱き抱えられた少年は、多幸感を感じる表情ながらも白猿の様に気絶している様子だった。


「...は...?」


あの猿を、一撃で?


赤い羽根の生えた脚。形状も人間の脚部とは掛け離れている。先程赤い箒星のように見えたのはこの脚が尾を引いていたんだ。


珍しい、極東の国の人間の容姿。

ここらでは初めて見た。




「誰だ、アンタ...?」



「見た所、無事みたいだね?良かった...まさかこんな人里の近くに夜叉猿が生息していたとは。上に報告しないとな...怪我は無いかーーーって、わあ!」


ガルが懐のナイフを女へと投擲し、そのナイフが女へ到着するタイミングで挟み込むように攻撃を仕掛けた。


「...」


「おい!ガル!」



ガルは兵学校で自分が貴族に弄られているのに気付かない程に鈍感だ。


人が良すぎるのか単に馬鹿なだけなのか知らないが、ルーフはいつの間にかそんな彼にあてられて自分も安い挑発は受け流せるようになっていた。


ガルが数度本気で怒った時は、何者かが自分の友達や家族に危害を加えようとした時だった。


誰が止めても聞く耳を持たず、言葉を発することも無く、ただただ敵と認識した相手の命を奪おうとするのだ。


その姿は正しく、野生の獣のようだった。



「どうしたんだい?!私がっ!何かっ!したかなっ!?」


「...」


「ガル!止めろ!!猿は死んじゃいねえよ!気絶してるだけだ!!」


ルーフが暴れるガルを羽交い締めにして言葉を掛けると漸く我を取り戻した様子だった。



「...はぁ〜!生きてんのか!良かったぁ〜...」


「生きてんのかじゃ無いですよこのアホンダラ!お前ごとき低俗な野蛮人がヒバナ様に勝てるとほんの少しでも勘違いした事実を一生恥じろ!!」


目を覚ましていたらしい少年が無呼吸連打の口撃をガルに浴びせる。


しかし、少年の言う通りガルの必死の攻撃を避けずに受け流し続けていた女性には少しの傷も無かった。


「すんません、このバカには後でキツく言っとくんで...」


まだ不満そうにヒバナを睨むガルの頭を抑えて共に謝罪するルーフ。


「あ、ああ...大丈夫。少年、私は何か君にしてしまっただろうか?私としてはてっきり命の恩人だと感謝さえされかねない事をしたつもりだったんだけど...」


「...フン」


そっぽを向いて鼻から溜息を付くガルの脳天をゴンと叩いた。




「...多分、その猿を友達認定したんじゃねーかなと...」


「...?え?これを?」


後ろに横たわり気絶した白猿を指差した。



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