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番外編・小さな騎士(中編)



剣の稽古が終わったあとも、訓練場の熱気はすぐには冷めなかった。


だが、その中心にいたはずの()()()()()()は、すでに木剣を手放し、別の場所で元気いっぱいに動き回っていた。



「おねえちゃん!」


ヒストリアの手をぎゅっと掴み、離そうとしないフィニアンに、彼女は思わず笑顔になる。


「そろそろご飯の時間よ?」


「やだ!まだ遊ぶの!」


きっぱりと言い切るその様子に、周囲の騎士たちからくすくすと笑いが漏れた。


カインが額に手を当てる。


「…すみません。すっかり懐いてしまって」


「大丈夫です。こんなにかわいいので」


ヒストリアはそう言って、フィニアンの頭を優しく撫でた。


小さな体はまだ温かく、先ほどまでのはしゃぎぶりがそのまま残っているようだった。




少しして、夕食のために一行は食堂へと移る。


広い食堂には、暖かな灯りがともされ、外の冷たい空気とは対照的に穏やかな空気が流れていた。


ヒストリアの隣には、当然のようにフィニアンが座っている。


足は床に届かず、ぶらぶらと揺れていた。



「ちいさな騎士は、おおきな竜にりんごをあげるんだよ!」


食事の最中も、その話は尽きない。


「そうなんだ」

ヒストリアは微笑みながら頷く。


「小さな騎士さんは優しいのね」


「友達だから、わけてあげるの」


その言葉に、ヒストリアはくすりと笑った。


やはり絵本の影響が大きいらしい。



「素敵ね、それ」


「うん!」

フィニアンは満足そうに頷く。


そして、食後に出されたデザートのりんごを手に取ると、さらに嬉しそうに言った。


「竜に会いたいなぁ。りんごあげるのに」


小さな手でりんごを持ち上げながら、誇らしげに言う。


その無邪気な姿に、思わず頬が緩む。



その時だった。


食堂の扉が、控えめに開かれる。



一人の女性が、遠慮がちに中へ入ってきた。


柔らかな茶色の髪をまとめ、質素ながらも精錬された衣服に身を包んだ、美しい女性だった。


どこか控えめで、それでいて芯のある佇まい。


ヒストリアが視線を向けた、その瞬間、



「ママ!」

フィニアンがぱっと椅子から飛び降りた。


そして、そのまま女性のもとへ駆け寄り、ぎゅっと抱きつく。


女性は少し驚いたように目を見開いたが、すぐに優しく微笑み、しゃがんで抱きしめ返した。


「フィニ」

安堵したような声だった。


ヒストリアはその様子を見て、小さく瞬きをする。


「ママ…?」

思わず呟くと、カインが一歩前に出た。


「…妻のナユです」


「カイン様の奥様ですか…!」

ヒストリアの瞳が、ぱっと輝いた。


だがナユは、すぐに深く頭を下げた。


「このようなところまで来てしまい、申し訳ありません…」


どこか遠慮がちな様子で、言葉を続ける。


「すぐにフィニを連れて帰りますので…」


それを見たヒストリアは首を横に振った。



「よかったら、一緒にお茶をいかがですか?」

柔らかく誘う。


しかしナユは、慌てたように手を振った。


「とんでもないです…!両殿下とご一緒に

など…」


そう言って、フィニアンの手を取ろうとする。


「ほら、フィニ。もう帰りましょう」


だがフィニアンは、ぶんぶんと首を振った。


「やだ!」

はっきりとそう言う。


「まだここにいる!」


「もう遅い時間だからだめよ」


ナユが諭すように言う。


しかしフィニアンの顔がみるみる歪んでいく。


「やだ…ぁ…っ」

そして、ぽろぽろと涙をこぼし始めた。


「フィニ…」

ヒストリアが困ったように声をかける。


「ほら、泣かないの。また遊びに来ればいいわ」


だが大きく首を振り、泣き声を大きくするばかりだった。


その時、椅子に座っていたセオドールが静かに立ち上がる。


空気がわずかに張り詰めた。


彼はゆっくりとフィニアンの前まで歩み寄る。


深い青の瞳が、泣いている小さな騎士を見下ろした。


「…騎士のくせに泣き虫なのか?」

低い声だった。


フィニアンの泣き声が、ぴたりと止まる。


涙で濡れた目で、じっとセオドールを見上げた。


「…ううん、違う」

小さく、しかしはっきりと答えた。


「僕は強い騎士になる!」


その必死な声に、セオドールは一瞬だけ目を細める。


「なら泣くな」

短く言い切る。


そして、ゆっくりと窓の方へ視線を向けた。


「竜も見ているぞ」


その言葉に、フィニアンがきょとんとする。


「竜…?」


ヒストリアもつられて視線を窓へ向ける。


次の瞬間―――、

窓の外、夜の闇の中に巨大な影があった。


月明かりを受けて淡く光る鱗。


静かに佇む、圧倒的な存在感。



氷竜だ。


セオドールが使役する、その巨大な氷竜が、じっとこちらを見下ろしていた。


「……!」


フィニアンの目が、一瞬で大きく見開かれる。


「おおきな竜…!!」


さっきまでの涙など、すっかり消えていた。


窓に駆け寄り、小さな手をガラスにぺたりとつける。


「竜がいる!」

大興奮で声を上げる。


手には、まだりんごが握られたままだった。


「僕、友達だよ!りんごあげる!」


一生懸命、竜に向かって掲げる。


その無邪気な姿に、場の空気がふっと緩んだ。


「セオドール様…」


ヒストリアは思わず笑い、カインは深く息を吐いた。


ナユは呆然としながらも、どこか安心したようにフィニアンを見つめている。


そしてセオドールは、そんな光景を満足そうに見ていた。



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