表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
126/128

番外編・小さな騎士(前編)



ノルディア城の訓練場には、朝の澄んだ空気が満ちていた。


まだ陽は高くないが、兵士たちはすでに剣を交え、鋼のぶつかる乾いた音が広い石床に響いている。



ヒストリアはその様子を少し離れた場所から眺めていた。


白い息を吐きながら剣を振るう兵士たちの姿は、どこか懐かしい。


国は違うが、かつて自分も騎士として同じように剣を握り、訓練場に立っていたのだと思うと、胸の奥がほんのりと温かくなった。



その時だった。


「わぁ…!」


小さな声が聞こえ、ヒストリアは振り向いた。


そこには、カインに手を引かれた小さな少年が立っている。


「フィニ」

ヒストリアが微笑むと、フィニアンはぱっと顔を輝かせた。


「おねえちゃん!」


まだ少したどたどしい声でそう呼びながら、ぱたぱたと駆け寄ってくる。


もうすぐ三歳になるフィニアンは、相変わらず好奇心のかたまりのような子供だった。


父親譲りの灰白色の髪を揺らしながら、訓練場をきょろきょろと見回している。


その小さな手には、一冊の絵本が握られていた。


表紙には、大きな竜の絵が描かれている。


「すごいねぇ…!」


フィニアンの視線の先では、兵士たちが真剣な顔で剣を交えていた。


剣と剣が打ち合わされるたび、甲高い金属音が響く。


フィニアンはその音に目を丸くし、まるで宝物でも見つけたかのような顔をした。


「きらきらしてる!」


ヒストリアは思わず笑みをこぼす。


「剣の練習をしているのよ」


そう言うと、フィニアンは少し考え込むように首を傾げた。



それから、ぱっと顔を上げる。


「僕もやる!」


「え?」

ヒストリアが瞬きをすると、フィニアンは真剣な顔で言い直した。


「僕『ちいさな騎士』になるんだ!」


近くで休憩していた兵士たちから、くすくすと笑いが漏れる。


「…騎士?」


ヒストリアが驚いていると、カインが苦笑しながら言った。


「…その絵本の影響です」

フィニアンが握っている本を指で示す。


「『ちいさな騎士とおおきな竜』という本でして。小さな騎士が竜と友達になって姫を守る話なんです」


少し困ったように肩をすくめる。


「それ以来、自分も騎士になると言って聞かなくて」


フィニアンはそんな父の説明など気にする様子もなく、兵士たちの剣に夢中だった。


「騎士になる!」

そう言って胸を張る。


「お、将来有望っすね」


声をかけてきたのはノエルだった。


彼は壁際に立てかけてあった訓練用の木剣の中から、小さめの短剣を一本を選ぶと、しゃがんでフィニアンに差し出した。


「これなら持てるかな?」


フィニアンは目を輝かせて受け取る。


しかし、


「…おもい」


小さな手で持ち上げた瞬間、ふらふらと体が揺れた。

兵士たちがまた笑う。


ヒストリアはしゃがみ、フィニアンの手をそっと支えた。


「剣はこうやって持つのよ」


足の位置を整え、剣を両手で持たせる。


「ここに力を入れて…」


フィニアンは真剣な顔で頷いた。


「うん!」


そして―――、


「やー!」


思いきり剣を振る。


もちろん空振りだった。


勢い余ってくるりと回り、ぺたんと尻もちをつく。


訓練場に笑いが広がった。


「大丈夫?」

ヒストリアが手を差し出すと、フィニアンはすぐに立ち上がる。


「もっとやる!」


兵士たちが興味津々で見守る中、フィニアンは何度も剣を振った。


しかしその剣は空気を切るばかりで、時々自分の足に当たりそうになっている。


ノエルが腕を組みながら笑う。


「将来は決まりっすね」


「まだ二歳だぞ」

カインが呆れたように言った。


その時だった。

訓練場の空気が、ふっと変わる。


兵士たちが一斉に姿勢を正した。


「殿下」

ヒストリアが振り向くと、入り口にセオドールが立っていた。


銀色の髪が朝の光を受けて淡く輝いている。


深い青の瞳が、訓練場を静かに見渡した。


そして、その視線が小さな影に止まる。



フィニアンだった。

彼もまた、じっとセオドールを見上げている。


やがてフィニアンが口を開いた。


「…おじちゃん!」


兵士たちの肩がぴくりと動く。


セオドールはわずかに眉を寄せた。


「殿下だ」

訂正する。


だがフィニアンは気にしていない。


「おじちゃん!」


ヒストリアは笑いをこらえるのに必死だった。


その時、フィニが突然胸を張って言った。


「僕、騎士になった!」

そして小さな指でヒストリアを指さす。


「お姫さま、まもるの!」


訓練場の空気が一瞬止まった。


ヒストリアがきょとんとする。


フィニアンは得意げだった。


「おねえちゃん、お姫さま!」

絵本の影響なのだろう。


セオドールはその言葉を聞き、ゆっくりとヒストリアを見る。


そして静かに言った。



「…それは俺の姫だ」


兵士たちの間にざわめきが走った。


ヒストリアは顔を赤くする。


「セ…セオドール様…!」


しかしフィニアンは納得していない様子で首を傾げる。


「……?」

少し考えてから言った。


「じゃあ、一緒に守る!」


その無邪気な一言に、周囲から笑いが漏れた。



セオドールは一瞬だけ沈黙したあと、ふっと小さく息を吐いた。


それからフィニアンの頭に手を置く。


「そうか」

低い声で言う。


「なら強くならないとな」


フィニアンは大きく頷いた。


「うん!」

そして元気よく宣言する。


「僕、おじちゃんより強くなる!」


訓練場が静まり返る。


カインがぽつりと呟いた。


「…大物だな」


セオドールは数秒沈黙したあと、わずかに口元を緩めた。


「楽しみにしている」

そしてヒストリアをちらりと見てから、ぼそりと言う。


「…どうやら、姫を守るための騎士団を作る必要があるようだな」


兵士たちの間から、くすりと笑いが漏れる。

ヒストリアはその光景を見つめながら、そっと微笑んだ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ