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第6話 社畜、小鬼と対峙する

 俺は足元にあった枯れ枝を拾い、視界の地形図で示された“誘導ポイント”へ向かう。半透明のUIが浮かぶ視界と、ぬかるんだ土の匂いがする現実の森――その二つが同時に重なっている。木々の間を抜け、落ち葉を踏みしめる音がやけに大きく感じる。


 (……この辺りだな)


 手にした枝を振りかぶり、近くの木の幹に、思いきり叩きつける。


 バキィンッ――!


 乾いた木の裂ける音が、森に響いた。


 その瞬間、遠くの茂みがざわりと揺れた。


 (……来たか?)


 数秒の沈黙のあと、藪の向こうで、ザッ、ザザッと草を踏む音が響いた。地図の赤い点は動かないが、現実の空気は、確かに変わっていた。


 鼻を鳴らす、かすれた低音。葉の揺れる気配。


 やがて木陰から姿を現したのは、背丈こそ低いが、異様な気配を纏った人外――小鬼。


 肌は薄緑、歪んだ鉈のような刃物を持ち、濁った目で周囲を見回している。


 そして、続いて二匹。合計三体。


 俺が仕掛けた音に、興味を惹かれて現れた。……やっぱり、ゲームと同じ性質を持っている。音に反応し、好奇心で動く――それを利用する。


 俺は静かに後退し、兵衛が待つ地点へ誘導していく。


 影の中、老人が構える大太刀の刃が、わずかに光を反射した。


 「――今ですな」


 その一声と同時、夜風のように疾駆した兵衛が、一閃。


 最前列の小鬼が、反応する間もなく両断された。


 「グギャアアッ!!」


 続けざまに、兵衛の体が翻る。鍛え抜かれた動きは、まるで舞。地を蹴り、太刀を振るうたびに、空気が裂けるような音が響く。二体目も、あっという間に斬り伏せられた。


 二体目が地に崩れ落ちるのと同時に、残る一匹が甲高く鳴く。


 「ギィィッ!!」


 叫び声とともに、鉈を振り上げて俺に向かって突進してくる。


 (来る……!)


 スキルに身を任せるように、槍を構える。木立に囲まれたこの場所では、横薙ぎよりも刺突が生きる。目の前に迫る小鬼の喉元を狙って、突き出す。


 その直前――視界の端に、自動でステータスが浮かび上がった。



 ――――――――――

 名前:ーー

 種族:小鬼

 年齢:1歳

 階級:【魍魎もうりょう級】★★☆☆☆☆☆☆☆☆

 属性:陰/獣

 スキル:

 ・鉈術【入門】

 ・索敵嗅覚【入門】

 ・執念【初伝】

 ・共喰い【入門】

 ――――――――――


 (この程度なら、いけるはず……!)


 「――はっ!」


 槍の穂先が、わずかに逸れた。


 小鬼が反射的に頭を傾けたのだ。だが完全には避けきれず、槍はその肩を貫いた。


 「ギャウゥゥ!!」


 悲鳴をあげて後ずさる。しかし、こいつ……痛みにひるむ様子がない。


 すぐさま体勢を立て直し、またしても飛びかかってくる。


 (一撃で仕留めきれなかった……!)


 俺の槍術には、まだ技術も力も、そして何より経験が足りない。


 小鬼が距離を詰め、低い姿勢から鉈を斜めに振り上げる。その軌道は、避けきれるものじゃなかった。


 (避けきれ――!)


 瞬間。


 ガキィン――!


 金属が激しくぶつかる音。視界の端で、鋭い銀の閃光が走った。


 兵衛の大太刀が、小鬼の鉈を横から叩き落としたのだ。


 「若、詰めが甘いですぞ!」


 「っ、わかってる!」


 息を吐き、槍を構え直す。


 最後の小鬼は兵衛の攻撃を避けて、少し距離を取っていた。


 (次は……仕留める!)


 一気に踏み込み、穂先を低く構える。そこから、跳ね上げるように突き出す――


 「霧霞流――《霧突き》!」


 槍の穂先が腹部を貫き、そのまま持ち上げるように押し込んだ。


 「グゲ……ッ!」


 呻き声とともに、小鬼の体が宙を舞い、背から地面に叩きつけられる。


 確かな手応え。……もう、動かない。


 (やった……!)


 ようやく、戦場に静寂が戻った。


 「……終わったか」


 肩で息をつきながら、槍を支えに立つ。


 【槍術スキルの熟練度が上昇しました】

 【兵法スキルの熟練度が上昇しました】

 【陰陽術スキルの熟練度が上昇しました】


 ステータス画面を呼び出す。槍術と兵法の熟練度が、一気に跳ね上がっていた。


 (こんなに伸びるのか……!)


 そして、倒れた小鬼たちの体から、どす黒い煙のようなものが立ち昇る。


 残されたのは――


 「これ……なんだ?」


 蒼い色の珠。指先ほどのサイズで、微かに脈打つように光を放っている。


 「“霊核”……かもしれませんな」


 兵衛が、静かに呟いた。


 ゲームで見たアイテムに似ている。陰陽術の素材、あるいは式神の核――妖の本質が凝縮されたもの。

 霊核の横にお馴染みの画面が苗字される。


 ――――――――――

 名称:霊核(小鬼)

 種別:素材(陰陽術/薬術/錬成術)

 品質:下級

 効果:

 ・陰陽術の儀式に使用可能

 ・式神の核として組み込み可能

 ・粉末化し調合すると気力回復効果

 入手条件:小鬼を討伐

 備考:核を失った妖は完全に消滅する。

 ――――――――――


 俺は慎重に拾い上げ、それを袋の奥にしまい込んだ。


 (……やっぱり、この世界、“ゲーム”に似てる。でも)


 手のひらは汗で湿り、胸の奥ではまだ鼓動が鳴り止まない。


 (似てるだけじゃない。“生きる”ってことが、こんなにも重い)


 でも――その重みが、今の俺には、確かな“実感”だった。


 静寂の中に、ほんのわずかな風の音だけが残っていた。


 「……さて、問題はここからだな」


 俺は槍を軽く振って、血の気を払う。さっきまでの緊張が、まだ体を締めつけている。でも、終わってない。あくまで“外の敵”を片づけただけ。依頼の本命は――この洞窟の中だ。


 「若、参りますか」


 兵衛の声が、背後から静かに届く。


 頷いて、洞窟の入口へと視線を向ける。ぽっかりと空いたその口は、まるで異界へと通じる門のようだった。


 中からは何も見えない。ただ、冷たい風と、わずかに湿った土の匂いが漂ってくる。


 (中にまだ、小鬼がいるかもしれない。それ以外の妖が潜んでいる可能性だってある)


 “霊核”――あの素材を思い出す。あれが手に入るなら、この先にも何かあるか……?


 「……入ってみよう。慎重に、な」


 洞窟の前で足を止める。口を開けた岩の隙間からは、ひんやりとした風が流れ出し、かすかに土と苔の匂いが鼻をかすめた。


 だが――


 (暗い……これは、下手したら何も見えなくなるな)


 洞窟の奥からは、冷たい空気が肌をなでるように吹き出してくる。太陽の光は、入り口のわずかな範囲までしか届いていない。


 「若。火を用意いたしましょう」


 兵衛が俺の隣で、低く静かに言った。


 「たいまつか?」


 「はい。奥がどれほど深いかも分かりませぬ。少しでも視界を確保せねば、危のうございます」


 頷き、背負い袋を下ろす。中から火打石、油紙、小枝を取り出す。たいまつに使えそうな太い枯れ枝は、そこかしこに落ちていた。


 「よし、すぐ用意する」


 乾いた枝の先に油紙を巻きつけ、その隙間にちとめぐさの切れ端をほぐして押し込む。


 しゃがみ込んで、火打石を打つ。カチリ、カチリ……数度目で火花が油紙に燃え移り、淡い炎が立ち上がった。


 「……ついた」


 たいまつの炎が揺れながら、闇の口をなぞる。ほのかな光でも、まったくの暗闇よりは百倍ましだった。


 「先に参りますぞ、若」


 兵衛が静かに大太刀を引き抜く。その刃が炎の光に鈍く照り返す。無言でうなずき、俺も槍を構え直す。


 その背を追い、俺たちは洞窟の奥へと、ゆっくりと足を踏み入れた。


 洞窟の中は、ひんやりとした空気に包まれていた。湿気が肌にまとわりつき、壁面からは水の滴る音が時折響く。苔のような臭いと、何かが腐ったような匂いが混ざり合って、鼻をつく。


 たいまつの火が揺れるたび、岩肌の影が生き物のようにうごめいた。足元はごつごつと不安定で、細かい石に足を取られそうになる。


 (……わかってたけど、やっぱ不気味だな)


 俺は、意識を集中させてステータス画面を呼び出し、マップ表示を展開する。青白い半透明の戦術図が視界の端に浮かび、今いる通路や枝分かれの位置がざっくりと示されていた。


 (これがあれば、迷うことはなさそうだな)


 地形の把握はできる。敵の位置も……と思いながら、マップを注視して進んでいたそのとき――


 「若、左より!」


 兵衛の鋭い声に、はっと顔を上げる。


 そこに――


 「ギィッ!!」


 飛びかかってくる影。小鬼――!


 とっさに槍を構える暇もなかった。だが、銀の一閃がその動きを断ち切る。


 シュバッ!


 兵衛の太刀が、小鬼の胴を水平に斬り裂いていた。


 「……危のうございましたな」


 「す、すまん……!」


 鼓動が速まる。全身に冷や汗が流れた。


 (……マップばかり見てた。敵の気配に気づけなかった)


 地図には、敵の“存在”までは表示されない。あるいは、俺の熟練度がまだ低すぎるのか。どちらにしても――


 (この世界、“ゲーム”っぽいけど……油断が死に繋がる)


 兵衛は何も言わず、先へ進むよう顎で示した。俺は深く息を吐き、改めて槍を握り直す。


 たいまつの火を高く掲げながら、通路を進んでいく。洞窟は次第に開けていき、やがて空間の広がりを感じた。


 (部屋……か?)


 少し開けた空間の奥、たいまつの光が届く範囲の先に――赤い目が、複数、瞬いた。


 「若……あれは、間違いなく」


 「……小鬼、だな。数、三……いや、四?」


 ごつごつとした岩陰から、鉈や石斧を手にした小鬼たちが、こちらに気づき始めていた。


 「来るぞ――!」


 叫ぶと同時に、小鬼たちが吠え声をあげて一斉に駆け出してきた。


 「ギィィィィィ!!」


 四体。先頭の一体が特に大きい。手にした鉈を振り上げ、狂犬のように猛突進してくる。


 「兵衛、右を頼む!」


 「承知!」


 咄嗟に横に跳び、俺は正面の二体へと槍を構えた。狭い空間。横幅をとられると動きが封じられる。なら、こちらから間合いを潰して広間に出る!


 「――せいっ!」


 一歩踏み込み、まず一匹の胸元を正面から貫く。悲鳴とともに崩れ落ちたその横から、もう一匹が鉈を振り下ろしてくる。


 「……甘い!」


 身体をひねって回避、柄の部分で小鬼の側頭を打ち据える。ぐらついたその頭を、槍の石突きで地面に叩きつけた。


 (よし、二体――)


 「若、三体目、来ますぞ!」


 兵衛の声。その言葉と同時に、後ろから鋭い気配が迫る!


 (しまった……!)


 振り向く間もなく、背中に衝撃――と思った瞬間、兵衛の刀が目の前を閃いた。


 「……!」


 斬られたのは俺じゃない。飛びかかってきた小鬼の腕ごと、鉈が落ちる。


 「ありがとう……!」


 「お礼は後で!」


 兵衛はもう一体の小鬼に向かって飛びかかっていた。両手で大太刀を振り抜き、斬り結ぶ。火花が散り、刃がぶつかり合う音が洞窟内に反響する。


 (残り一体――!)


 背後の気配を感じ、すぐに振り返る。生き残りの小鬼が、俺を狙ってまっすぐ走ってくる。


 (この距離……今なら!)


 槍の穂先を低く構え、迎え撃つように突き出す――


 「おおおおおっ!!《霧突き》!」


 そのままの勢いで刺突。穂先が、小鬼の腹部を深く貫いた。


 「グ……ギャァ……ッ」


 小鬼は呻くような声を漏らし、そのまま膝から崩れ落ちる。


 (終わった……!)


 辺りが静まり返る。残されたのは、岩の上に転がる鉈と、どす黒い霧が立ち昇る小鬼の亡骸。


 「ふう……」


 槍を地面につき、深く息を吐いた。兵衛も数歩後ろに下がり、大太刀を静かに収める。


 「若、よくやられましたな。敵を引きつけ、隙を突き、確実に仕留める……見事にございます」


 「いや……爺がいなかったら、今ごろ俺は……」


 言いかけたとき、視界の隅に淡い光が灯る。ステータス画面だ。槍術、兵法、そしてわずかに陰陽術の熟練度が加算されている。


 【槍術スキルの熟練度が上昇しました】

 【兵法スキルの熟練度が上昇しました】

 【陰陽術スキルの熟練度が上昇しました】


 (陰陽術……? 戦いの中で、何か……)


 考えるよりも先に、視線が地面に落ちたものへと吸い寄せられた。


 「これも、“素材”か……」


 またしても蒼い光を放つ珠――霊核。だが、最も大きかった個体のそばには、それ以外にもう一つ、白く小さな物があった。


 (……角?)


 ――――――――――

 名称:角(小鬼・大)

 種別:素材(陰陽術/薬術/錬成術)

 品質:下級~中級

 効果:

 ・陰陽術の符や式神の強化素材

 ・武器に加工すると斬撃に「妖気・微」を付与

 ・粉末化し調合すると滋養強壮効果

 入手条件:小鬼(大)を討伐時、稀に入手可能

 備考:成長途中の妖の角。霊核と併用で高品質素材に錬成可能

 ――――――――――


 砂混じりの地面に転がっていたのは、刃物のように鋭い光沢を帯びた小さな黒い一本角。


 妖の力の一端……そんな予感がした。


 それを拾い、丁寧に袋へしまう。


 心臓が、まだ激しく打っている。

 背中は汗でぐっしょり濡れ、膝もわずかに震えていた。けれど――


 (……俺、生き残った。勝てたんだ……!)


 実際に命を懸けた戦い。それを終えた今、全身の神経がまだ戦場にいるかのように研ぎ澄まされている。

 体が熱い。頭が冴える。

 視界のすべてが鮮明で、空気すら肌で感じ取れる気がした。


 (こんなの……ゲームじゃ、絶対味わえなかった)


 これまでに感じたことのない興奮。たった数分の戦闘が、現実の数時間にも匹敵する密度で、俺の中に焼き付いている。


 (楽しい……怖いのに、こんなに――楽しいなんて)


 けれど、その高揚感の裏で、冷めた自分がささやく。

 ――お前は、スキルに頼っただけだろう?

 ――兵衛がいなかったら、とっくに死んでいたんじゃないのか?


 (……そうだよ。全部、借り物の力だ)


 俺の技量じゃない。俺の読みじゃない。

 “俺”が勝ったんじゃない――俺が持っていた“機能”が勝っただけだ。


 「……これで満足しちゃ、ダメだ」


 その小さな声が、自分自身への誓いだった。

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