第5話 社畜、依頼を請け負う
木々の合間から、ぽっかりとひらけた集落が見えた。
山あいの村。地図にも名前が載ってなさそうな、小さな集落だった。
「……ここが、最寄りの人里か」
肩に落ちた陽光が、じわりと背中の疲れを炙る。朝から歩き詰めだった足が、勝手に村のほうへ向かっていった。
が――
「誰だ、お前たちは!」
最初に出てきたのは、竹槍を構えた若い男だった。すぐに周囲の家から人が集まってきて、ざわめきが起こる。
俺の姿を見た瞬間、一瞬ざわっ……と空気が変わったのが分かった。
(……あ、これ、警戒されてんな)
旅装、武装、年齢……とにかく“いかにも訳あり”な格好なんだろう。しかも、こっちは二人だけ。下手すりゃ野盗扱いだ。
そんな空気を一変させたのが――爺だった。
兵衛が一歩前に出ると、腰を折り、深く礼をした。
「突然の訪れ、失礼つかまつる。我ら、流浪の身にて、道を借りたく参上仕った。決して害意あってのことではござらぬ」
言葉は丁寧だが、芯がある。俺が何か言うより先に、村の空気が少しずつ和らいでいったのが分かった。
「……若いのは?」
「拙者の主にございます。名は霧村 次郎様。今は旅の途上にて、武者修行の折、道を外れてこちらに」
「ふん……聞いたことのない名だな」
そう返した男――たぶん村長だ――の目はまだ鋭いままだったが、敵意は少しだけ後退していた。
俺はさりげなくステータスを覗こうとした。……が、視界の端に浮かぶはずの情報が、何も出てこない。
(……ん? おかしいな)
もう一度試すが、やはり空白のままだ。まるで、そこに“記録”が存在しないかのように。
(何か条件があるのか……? 顔姿は見えてる。じゃあ、後は名前とか?)
不意に、妙な違和感と小さな苛立ちが胸の奥で混ざった。
しばしの沈黙のあと、彼は渋い顔で言った。
「一夜だけなら……泊まっていってもいい。ただし、ひとつ頼みを聞いてもらえれば、だがな」
「頼み、ですか」
「裏山の洞窟に……最近、小鬼が住み着いてな。家畜が襲われたんだ。村の者だけじゃ手に負えん。どうだ、退治してくれんか」
爺は眉をひそめ、俺を一瞬だけ見た。
そして、深くうなずいた。
「承知仕った」
……ああ、はいはい、ですよね。
村人Aに依頼されてサブクエスト発生、みたいな。つくづく、ゲームっぽい展開だな。
ただ、これはゲームじゃない。痛みもあるし、命もかかってる。油断してたら、マジで死ぬやつだ。
ふと、まだ胸に引っかかっていた疑問を口にする。
「そういえば……村長さん、お名前は?」
男はわずかに目を細めたあと、短く答えた。
「……庄吉だ」
次の瞬間、空白だった視界に一気に情報が流れ込んできた。
名前:庄吉
年齢:56歳
称号:村長
流派:なし
《スキル》
農耕術:【皆伝】★★★★★☆☆☆☆☆(13,450 / 20,000)
交渉術:【修練】★★★☆☆☆☆☆☆☆(4,200 / 5,000)
統率術:【初伝】★★☆☆☆☆☆☆☆☆(1,550 / 2,000)
(ステータスを見る条件として、少なくとも名前が必要みたいだな)
(……でも、ちとめぐさは見つけた瞬間に見えたよな。あれは固有名がないからか?)
(ってことは、人間は名前を知らないと見られないってことか。……仕様としては地味に不便だな)
村の外れ、小屋の一角を貸してもらえることになった俺たちは、ひとまず荷を下ろす。
風通しのいい軒下に、道中で拾った薬草を広げて干す。ちとめぐさ、くさやなぎ、かぎわらび――名前も形も、なんとなく覚えがある。たしか、ゲームの公式サイトの図鑑か、チュートリアルの説明文かで見た気がする。
(まさか、本当に“生きるため”に素材を集める日が来るとはな……)
ステータス画面を開くと、「薬術」の熟練度がほんの少しだけ上がっていた。使えば伸びる。行動すれば育つ。――実にゲームらしいシステムだけど、今はそれがありがたい。
けど、今回のメインは薬草じゃない。
――小鬼退治。
「さて、若。件の洞窟へ、参りましょうか」
「ちょっと待ってくれ、準備する」
干した薬草をちらりと確認しながら、自然と自分の装備に視線が移る。
手にした槍は、昨日より少しだけ馴染んで感じる。腰には、太刀と小太刀の二振り。背中には弓。矢筒には、残り十本の矢。
鎧は簡素で、ところどころ泥に汚れている。だけどそのぶん動きやすく、今の俺にはちょうどいい。
背負い袋の中には、水を入れた竹筒、干し飯と干肉が数日分。それと木の椀、小さな鉄鍋。火打石に油紙、火付けに使う小枝、あと包帯――最低限、生き延びるための道具が揃っている。
……これが、“今の俺”の全装備だ。兵衛は槍だけじゃなくて大太刀も背負ってるけど、大差はない。基本、似たり寄ったりの武装ってやつだ。
俺と兵衛は、村の裏手へと続く山道を登っていく。
夕暮れの陽が木々の間からこぼれ、ちらちらと足元を照らしていた。
“道”とは名ばかりで、実際はほとんど獣道。枝をかき分け、ぬかるんだ地面に足を取られながら、兵衛と肩を並べて進む。
森の中は思った以上に暗い。昼間のはずなのに、まるで夕方を過ぎたような薄暗さだった。
「小鬼、か……」
あのとき、村の依頼を聞いた瞬間――どこかで聞いたような名前だと思った。
たしかこの『戦刻異聞録』ってゲーム、公式ページか何かで、“妖を倒すと素材が手に入る”って項目があったはずだ。陰陽術とか薬術の素材になるって。
そのときは「へぇ、そういう仕様か」くらいにしか思ってなかったけど――まさか、その“素材集め”を、自分がやる羽目になるなんてな。
まだ、この世界のことはほとんど知らない。ゲームの細かい仕様なんて、正直あやふやだし、敵の行動パターンなんて、分かるはずもない。
だけど、だからこそ――今、確かめてみたい。
妖を倒すと、ほんとに素材が出るのか。倒せば熟練度は伸びるのか。俺のこの“異能”が、どこまで通用するのか。
もちろん、危険は承知してる。でも、それでもなお――今の俺には、“情報”が何より欲しかった。
日が傾き、空が茜色に染まり始めたころ、洞窟があるという山の裏手へと到着した。
「若、ここでしばしお待ちを」
そう言って、兵衛が一人、森の影に消えていく。
俺はその場で静かに腰を下ろし、息を潜めた。冷たい風が、額に張りついた汗を撫でる。気温の低下とともに、緊張がじわじわと体に沁みてきた。
どれくらい時間が経っただろうか。
「戻りました」
音もなく、兵衛が戻ってきた。その動きは、風が葉を揺らすように自然で、気配すら感じさせない。
「小鬼が三匹、洞窟の前に屯しておりました。が――中の様子は窺えませぬ。奥がどうなっているかは、今の時点では不明にございます」
「……そっか。なら――どう戦うか、考えてみるか」
そう呟いた、その瞬間だった。
目の前の景色が、突然“変わった”。
視界の隅に、青白い光がにじみ――その中心から、半透明の地図のような映像が浮かび上がる。
「……え?」
目を凝らす。そこに表示されたのは、洞窟周辺のざっくりとした地形図……のようなものだった。線は不鮮明で、まるで墨がにじんだようにぼやけている。洞窟の前あたりに、小さな赤い点が三つ――おそらく、小鬼の位置。けれど、その点はぴくりとも動かない。
「……な、なにこれ。作戦図? まさか、兵法スキルまで、こんな感じで……?」
「若、どうされました?」
背後からの声に振り向きもせず、俺は答える。
「地図が見えるんだ。爺から聞いた洞窟の様子と、小鬼の居場所が、なんとなく可視化されてる感じ。ただ、すごくざっくりで……動きは反映されてないみたい」
少しの沈黙。そして――
「ほほう……また便利な異能が増えましたな」
兵衛の声には、驚きというより、どこか感心したような響きがあった。
「やはり、若は選ばれておりますな」
「選ばれたって……俺はただのゲーマーだったんだけどな」
「されど、その“異能”は、戦場でこそ真価を発揮する。軍略図とは、武将にとって宝にも等しいもの。使いこなせば――勝利は、より近くなりましょう」
俺の肩に手を置いた兵衛の瞳は、まっすぐだった。
俺はその言葉にうなずく間もなく、画面の中のマーカーを見つめる。
これは、間違いなく“兵法”スキルの作用だ。戦術を考えようとした瞬間に、こうして図が展開される……なんだこれ、チートじゃないか?
でも、驚いてばかりもいられない。
「……中がわからないまま突っ込むのは、リスクが高すぎる」
そう口に出したとき、兵衛が深く頷いた。
「左様。まずは、目に見える敵を確実に仕留め、備えを整えるのが得策にございます」
「だよな……なら、まずはこの三匹だけを、外へおびき出す」
視界に浮かぶぼやけた作戦図に、指先でなぞるように線を引く。地形の高低差、木の位置、岩陰の影――妙にリアルな情報量が、現実とゲームの境目を曖昧にしてくる。
「小鬼って、たしか音に敏感で、好奇心も強いって設定って見た気が……」
うろ覚えの知識だけど、今はそれを信じるしかない。
「焚火の音……それか、金属音……いや、木を折る音が一番自然か?」
自分に問いかけるように、ぽつりぽつりと案を出しながら、俺はしゃがみこんだ。足元の湿った土に、指先でざっくりと地形を書き写していく。
「ここが俺たちの位置……この先に洞窟、その前に赤い点が三つ。これが小鬼」
UIに浮かぶ半透明の地図を見ながら、現実の地面に同じ線をなぞる。木の位置や岩陰まで、記憶を頼りに描き込むと、土の上に簡易の作戦図ができあがった。
兵衛は腕を組み、真剣に見下ろしている。
「じゃあ俺が、この辺り――」俺は地面の一点を指で突く。「ここで少し大きめの音を出す」
「そのあと、ここまで後退して、誘導。この岩陰のあたりに入り込んだところで……」
「拙者が仕留める、というわけですな」
「そう」
兵衛は小さくうなずき、大太刀の柄に手を添えた。その目は、俺が描いた土の地図と、実際の森の景色を交互に見比べている。
冷たい風が頬をかすめ、森の奥から湿った空気が流れてくる。洞窟の口は闇に沈み、その影の縁――ほんの数歩先に、赤い点で示された敵が息を殺していた。まるで、こちらの動きを待ち構えるかのように。
「……行くぞ」
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