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第4話 社畜、爺と相談する

 朝靄の残る森の小道。


 露に濡れた葉が、斜めに差し込む朝日を反射して、きらきらと輝いていた。俺と兵衛は、焚火の残り香のそばに胡坐をかいて座っている。


 今朝の告白。そして、兵衛の変わらぬ態度。


 あのやり取りが、心の奥でまだ揺れていた。


 「なあ、爺……さっきの“ステータス”の話だけど」


 俺がそう切り出すと、兵衛は穏やかに頷いた。


 「お話は、しかと覚えておりますぞ」


 「これ……人に話すのって、やっぱマズいか?」


 俺の問いに、兵衛は少しだけ思案するように目を伏せ――落ち着いた声で、低く答えた。


 「左様にございます。それほどの異能、人に知られれば、命を狙われることもあろうかと。特にこの乱世、“人ならざる力”と知れれば、討たれるやもしれませぬ」


 「……やっぱ、そうだよな」


 異世界もの“あるある”――だけど、実際に直面すると、洒落にならない。


 「でも、これ……言葉にしないと出せないのが、ちょっと不便でさ」


 そう呟いて、俺は試しに小声で「ステータス」と唱えた。


 ――視界の端に、ふわりと文字が浮かび上がる。


 (やっぱ、音声トリガーか……)


 次に、試しに黙って“念じて”みる。声を出さずに、強く、明確にイメージする。


 ――ステータス、出ろ。


 次の瞬間、視界に青白い光がにじみ、情報のパネルが浮かび上がった。


 (……マジか。意志だけでもいける)


 これなら、周囲に気づかれずに使えるかもしれない。


 目をそっと開けると、兵衛がじっとこちらを見ていた。静かに、だが確かに、俺の変化を見逃すまいとしている目だった。


 「……解決したようですな?」


 「うん。声に出さなくても……いけるっぽい」


 ステータスの起動。最初は音声だけだったけど、強く念じれば、意志だけでも引き出せる。それが分かった。


 兵衛はふっと頷いて、口元に小さく笑みを浮かべた。


 「それは重畳。周囲に気づかれず使えるのは、良きことにございます」


 その落ち着いた声音が、妙に安心感をくれる。


 俺は、そのまま爺さんに“異能”――ステータスの仕組みについて説明した。


 名前、年齢、称号、流派、そしてスキル。等級に、熟練度。まるでゲームのキャラデータみたいな内容を、ひとつずつ。


 兵衛は真剣な表情で聞いていたが、やがて静かに口を開いた。


 「称号というものは、今ひとつ捉えどころがありませんな。ただ……その者の流派と技能が見えるというのは、大いなる利点です」


 少し言葉を切ってから、彼は俺の目を見て言った。


 「そして――どれほどの深さで修めているかも分かる。これは、修練を積む者にとって、何よりの道標となりましょう。己と“頂”との距離が見えるのは、大きい」


 「……たしかに。数字でわかるのって、ちょっと怖いけど……やりがいあるよな」


 自分のスキル一覧を思い浮かべる。まだまだ未熟な数字ばかりだが、それでも確かに“道がある”と感じられた。


 あと、爺――兵衛の方が、スキルの種類が圧倒的に多い。それが何よりの証拠だ。


 つまりこれは、「訓練すれば、新しいスキルが習得できる」ってことだ。


 俺のスキル一覧を見ても、どうやら熟練度が100を超えると、スキルとして可視化されるっぽい。


 ――なら、目に見えていない“種”は、まだまだ眠ってるってことか。


 「なあ、爺。俺、これから……どうすればいいと思う?」


 空になった竹筒を地面に置きながら、俺はふと、朝空を見上げる。


 「異能があっても、それだけじゃ生き残れない。俺にはまだ、何も足りてない。スキルも低級だし……力が要るんだ。きっとこれから……何をするにも」


 兵衛は湯を飲み干し、静かに竹筒を置いた。


 「左様。仇を討ち、家名を再興なさるおつもりならば……まず、相応の“力”をお持ちにならねばなりませぬ」


 「やっぱ、そうか……」


 薪のはぜる音が、ぽん、と木霊した。


 「じゃあ……“力をつける”には、どうすれば?」


 問いかけると、兵衛はしばし黙した。焚火を見つめ、言葉を選ぶように唇を引き結ぶ。


 「武の道においては、実戦と修行。この二つが要にございます」


 「修行、か……うん、そりゃそうだよな」


 「加えて、若におかれては、その異能の“目”がございます。それを活かす道を探すのも、また一手にございましょう」


 「スキルは経験で伸びる。つまり、行動すれば、熟練度が上がるってことか」


 「左様。ならば修行のみならず、実地で“試す”ことも肝要にございましょう」


 「実戦……」


 思わず、口を噤んだ。昨日の戦いを思い出し、手が微かに震える。


 でも、それを乗り越えなければ――


 「爺。実地で経験する方法ってどんなのがある? 誰かの下で働くとか、そういう選択肢も含めて」


 兵衛は少しだけ目を細め、それから真面目な口調で応じた。


 「そうですな。“傭兵”はどうですかな?」


 「傭兵……?」


 「勢力に属さず、戦場ごとに雇われて戦う者。危険はございますが、そのぶん、実戦経験を積むにはうってつけにございます」


 「命懸け、ってことか」


 「はい。しかし、生き延びれば、生きた技……“すきる”でしたかな?が身に付きまする」


 俺は言葉を飲み込んだ。


 (……でも、それが現実的かもしれない)


 兵衛の声が、少しだけ低くなる。


 「あるいは、“隠密”や“間者”としての道。若の異能の“目”を活かすには、そちらの方が向いておるやもしれませぬ」


 「忍……ってことか」


 「さよう。影に潜み、人の動きを読み、仕掛ける。相手の素性を見抜けるのであれば、大きな武器となりましょう」

 兵衛は、ふっと遠くを見るような目をした。

 「……拙者も若き日、ある忍び衆と行動を共にしたことがございます。その折に学んだのは――己の足跡を、影すら残さぬこと」

 その声音には、懐かしさと、わずかな警戒の色が混じっていた。まるで、その頃の仲間が今もどこかで息を潜めているかのように。


 俺は、額に手をあて、長くため息をついた。


 「……なんか、やること多すぎて、頭がパンクしそうだ」


 「急ぐことはございません。まずは、一歩ずつ、確かに進めばよろしい」


 兵衛の声は、いつもどおり穏やかだった。


 「……うん。ありがとう、爺」


 焚火が、小さく音を立ててはぜた。


 その音は、俺の心の奥に――確かな決意の印として、焼きついた。




 「――ひとまず、人里まで向かいましょう。こちらに道があったはずです」


 兵衛がそう言って、森の奥を指差した。


 朝靄の中、俺たちは静かに歩き出す。焚火のぬくもりを背に、足元には湿った落葉が音もなく敷き詰められていた。


 (……人里、か)


 どんな町があるんだろう。宿場町か、城下町か。それとも農村か。


 情報を集める意味でも、まずは街に出るのは正解だろう。


 ただ、それとは別に――


 (スキル……育てておきたいな)


 ステータスを思い出し、そっと呼び出す。


 薬術。


 昨日、あまり深く見ていなかったが、たしか補助系のスキルに選んだはずだ。


 (スキルって、使えば熟練度が上がるのか? とりあえず――今のうちに試してみるか)


 目を細め、素材を探しながら周囲の草木に意識を向けてみる。


 すると――


 (……あれ?)


 森の一角。道の脇に茂る灌木の根元に、微かに光るような、青い縁取りの“枠”が見えた。


 (まさか、これ……)


 近づくと、そこに生えていたのは、手を広げたような形をした草――よもぎに似てる。だが、葉の縁がわずかに青く光を帯びていた。


 その瞬間、“ちとめぐさ”という表示が、ふわりと視界に浮かび上がる。


 ――――――――――

 名称:ちとめぐさ

 種別:素材(薬術)

 品質:並

 効果:

 ・乾燥後、すり潰し軟膏として使用可

 ・切創の治癒、化膿の予防に効果あり

 ・長期保存で効果が減衰

 採取条件:山間・湿地帯

 備考:乾燥葉を油紙に包むと保存性が向上

 ――――――――――


 薬術スキルが自動で素材を識別し、効果や用途まで補足表示してくれるらしい。まるでインベントリ画面を開いたときの、あの説明ウィンドウだ。


 (……うん、完全にゲーム仕様だな)


 驚きと同時に、ちょっとした安心感も覚える。


 「爺、少し待ってくれ」


 「……若?」


 兵衛が振り返ると、俺はしゃがみ込んでその草を丁寧に摘み取りはじめていた。


 「なにを……?」


 「これ、薬の材料になりそうなんだ」


 「それも……“目”で確認を?」


 「ああ。なんとなく、わかるんだ。見たときに、素材の情報が浮かぶっていうか……」


 「まことに……興味深い」


 兵衛は興味深げに目を細めた。


 「そのような目があれば、ただの野草も財にもなりましょうな。戦でも傷薬は貴重にございます」


 「だよな。薬術の技能もあるし……使えるかもしれない」


 摘み取った薬草は、背中の袋にしまう。


 【薬術スキルの熟練度が上昇しました】


 異世界のリアルな空気の中に、突然差し込まれるシステム的な挙動。違和感と親しみが入り混じる。


 「よし、爺。行こう」


 「心得ました」


 二人、ふたたび道を歩き始める。


 その背後で、小鳥のさえずりと、風に揺れる葉音が交錯した。


 森は静かに、その新たな歩みを見送っていた――。

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