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第29話 社畜、上司は選べない

 捕らえた三人は、縄で後ろ手に縛り上げられ、廃屋の外の空き地に並ばされていた。服は薄汚れ、靴もぼろぼろで、顔は日に焼けてやせ細っている。

 (……貧民街の住人か)

 その目は、俺たちを見上げながら怯えと諦めを混ぜた色をしていた。


 ステータスを確認したが、取り立てて優れたスキルはないようだ。


 兵衛が一歩前に出て、無言で槍の穂先を地面に突き立てる。

 「……話せ」

 その低い声と、殺気を帯びた視線に耐えられなかったのか、真ん中の男がすぐさま口を開いた。


 「ひっ……! お、俺たちは……橋場宿の西裏の貧民街に住んでる……!」

 言葉がしどろもどろになりながらも、男は続ける。

 「数日前だ……あの日、妙な奴が来たんだ。顔を隠してて……そいつが俺らに、こいつを渡してきた」


 男が懐から取り出したのは、薄く黄ばんだ符。墨の色は異様に濃く、禍々しい紋様が刻まれている。

 「これで妖怪を操れって……どうやってもいい、好きに使えって言われたんだ。……出来心だったんだよ! そりゃ、こんな符渡されりゃ……!」


 ――――――――――

 名称:式神操符(黄)

 種別:呪符

 品質:中

 効果:

 ・対象の式神または造られた妖を一時的に操る

 ・操縦時間は術者の霊力と符の品質に依存

 製法:

 ・霊墨に乾燥血粉を混ぜ、操縦用の式文様を描く

 備考:

 ・術者の霊力が弱い場合、符が暴走し対象の制御を失う危険がある

 ・末端の者に渡されることが多く、使い捨て前提

 ――――――――――


 「で、人を襲って荷を奪ったわけか」俺が低く問い返す。

 「そ、そうだ。……なぁ、見逃してくれ。この符と荷物はやるから……出来心だったんだ、本当だ」


 そのやり取りの間、美弦は無言で符を受け取り、指先でなぞるように調べていた。

 「……これは、妖怪じゃないかもしれないわね」

 「どういうことだ?」

 「構造が式神に近い。自然発生した妖怪ではなく、作られた存在かもしれない」


 その時――外に繋いでいた獣が、突如低く唸り声を上げた。

 「……ッ?」

 美弦が符を持ったまま視線を向けた瞬間、獣の瞳が赤く光り、封印を引きちぎる勢いで暴れ出した。


 「うわっ!」

 近くにいた二人の貧民が、避ける間もなく爪で薙ぎ払われた。血飛沫が地面に散り、二人はその場に崩れ落ちる。

 「やめ――!」と叫んだ三人目に向かって、獣が口を開いた瞬間――

 「させぬ!」

 兵衛が割って入り、槍の石突きで獣の顎を弾き飛ばした。


 俺は素早く護りの陣符を足元に展開し、霧丸を前に出す。暴れ狂う獣を見据えながら、美弦が短く言い放った。

 「……外から指示が入ったわね。おそらく、この貧民たちを消すためよ」


 (つまり――この背後にいる奴が、証拠ごと始末しようとしてるってわけか)

 背筋に冷たいものが走る。

 「兵衛、美弦! 先に獣を抑えるぞ!」

 霧丸が霧を巻き上げ、獣の動きを封じるべく跳び出した。


 獣の咆哮が、森の空気を裂いた。血に濡れた牙が夕陽を反射し、爛々と光る眼がこちらを射抜く。


 俺は最後の一人――縄で縛られたまま腰を抜かしている若い男の前に立ち、護りの陣符を展開した。

 「動くな! 後ろに下がってろ!」

 男は恐怖で顔を引きつらせながらも、必死に頷く。


 獣は低く唸りながら地面をえぐるように踏み込み――次の瞬間、稲妻のような速さで距離を詰めてきた。

 「くっ……!」

 俺は起符を放り、炸裂と同時に護りの陣を強化。白光が壁のように立ち上がり、獣の爪とぶつかる。


 火花と砂塵が舞い、衝撃で足が半歩後退する。

 (……やっぱり力が桁違いだ!)


 霧の中から、霧丸が音もなく飛び出した。

 「今だ、霧丸!」

 霧をまとった白銀の体が、獣の左脇に滑り込み、鋭い牙でその後ろ足を噛む。獣が怒りの咆哮を上げ、霧丸を振り払おうとする。その隙に、俺は火符を三枚重ねて投げ込んだ。


 火花の爆ぜる音と共に炎が獣の胸元を包み、焦げた匂いが広がる。しかし、炎を突き破ってそのまま突進してくるあたり、やはり只者ではない。

 「下がれ、若!」

 兵衛が大太刀を振り抜き、獣の肩口に深く食い込ませた。


 だが、傷を負っても止まらない。逆に兵衛へ爪が振り下ろされ――

 「やらせねぇ!」

 俺は護りの陣を兵衛の足元に展開。爪が白光に阻まれ、火花のような霊光が飛び散った。


 美弦の声が後方から飛ぶ。

 「式神なら、核を壊せば止まるはず! 胸の中心か、額よ!」


 次の瞬間、弦が鳴り、一直線に飛んできた矢が獣の顔面すれすれをかすめた。矢羽には光符が巻かれており、命中と同時にまばゆい白光が弾ける。獣が咆哮を上げ、目を細めて動きを止めた――一瞬だが、それで十分。


 「霧丸、額だ!」

 俺の声に、霧丸が一瞬だけこちらを振り返り、次の瞬間には獣の背に跳び乗っていた。角で額を貫くように狙い、渾身の力で突き刺す。


 獣が絶叫し、暴れながらも膝を折る。俺は起符を額に貼り付け、同時に雷符を叩き込んだ。雷光が獣全体を包み、硬直したまま地面に崩れ落ちる。


 荒い息を吐きながら、俺は最後の一人を振り返った。

 「……もう終わった。立てるか?」

 男は呆然と頷くが、その瞳には獣よりも、俺たちへの恐怖の色が濃かった。


 兵衛が血を拭いながら低く呟く。

 「どうやら、黒幕を引きずり出す必要がありそうですな」


 俺は霧丸を抱き上げ、その温もりと息づかいを確かめながら、静かに頷いた。


 獣が沈黙すると同時に、その体は霧のように崩れ始めた。骨格をなぞっていた霊の光が一つひとつほどけ、最後には黒ずんだ塊だけが地面に残る。


 「……核だな」

 拳大の塊は、表面がひび割れ、まるで光を呑み込むような深い黒をしていた。俺は膝をつき、手を伸ばしかけ――


 「素手で触れないで」

 鋭い声とともに、美弦の手が俺の前に差し出される。彼女は懐から白布を取り出し、その布越しに核を静かに掴み上げた。しばらく目を細めて観察していたが、やがて低く呟いた。

 「やっぱり……前回のと同じ性質」

 「同じ?」

 「人の魂を一部抜き取る式。魂を削られた者は意識を失い、長く放置されれば命そのものが削れていく」


 胸の奥が冷たくなる。

 「じゃあ……街道で気絶していた商人たちは……」

 「魂を抜かれかけていたのよ。それで、一時的に意識を失っていたのかも」

 美弦は核のひびを指先でなぞる。

 「核を持っていたのが、ただの獣や野良妖じゃない。式神として造られた存在。つまり、造った術者がいる」


 兵衛が険しい声で言う。

 「では、あの西裏と北堀端での一件は……」

 「あれは終わっていないわ」美弦の返事は短く、冷ややかだった。


 胸の奥で何かがざわつく。前回の事件が再び動き出している――いや、ずっと地下で息を潜め、俺たちを見ていたのかもしれない。




 生き残った一人を縄で引きつつ、俺たちは街道を戻った。盗品の入った荷車は兵衛が引き、玉藻と霧丸は左右から見張るように歩いている。

 「盗品はどうする?」

 俺の問いに、美弦はちらりと荷車を見やり、

 「依頼主に返すのが筋よ。口預所に預けましょう」

 「了解」




 口預所に到着すると、当直の役人が目を丸くした。

 「これは……また大仕事をされましたな」


 俺たちは生き残りの男と盗品を引き渡し、証拠の符とひび割れた核を机の上に並べた。核は布に包んであっても、周囲の空気をじわりと重くする。役人はちらと眉を寄せ、それを慎重に遠ざけるように手を伸ばした。


 「……これで依頼は達成だな」

 ひと息つきながらそう言った俺に、役人は首を横に振る。


 「依頼としては完了ですが――」

 わずかに声を落とし、核に目をやる。

 「この品がどうにも気になります。調査官が戻り次第、確認してもらいたい。しばらくお待ちいただけませんか」


 俺は一瞬だけ視線を美弦と兵衛に流した。美弦は湯呑を置き、静かに頷く。兵衛も腕を組んだまま「致し方なし」といった面持ちでうなずき返す。


 「……わかった。じゃあ、調査官が来るまで待つ」

 核の黒い輝きが視界の端で脈動している気がして、無意識に拳を握りしめた。

 (どうせ、これで終わりじゃない。次がある)




 しばらく後、入口の戸が勢いよく開き、書記が早足で入ってくる。

 「調査官が戻られました。……以前の西裏、北堀端の件で話があるそうです」


 戸口から現れたのは、長身痩躯の男だった。藍の狩衣をきっちりと着こなし、髪は高く結われ、切れ長の目がまっすぐこちらを射る。腰には短めの太刀、肩からは符を束ねた巻物袋が垂れていた。


 「またあなた方か。この一件とは、よくよく縁があるようだな」

 低い声に、鋭さと皮肉が混じる。


 男はゆっくりとこちらへ歩み寄り、俺たちの前で立ち止まった。

 「まだ名乗っていなかったな。九条 理一だ。……知っての通り、陰陽寮所属で調査官をしている」

 淡々とそう告げ、軽く会釈を寄こす。その声音には一切の揺らぎがなく、言葉以上のものを語らせない固い壁のようなものを感じた。


 俺たちもそれぞれ名を名乗る。


 ――――――――――

 名前:九条くじょう 理一りいち

 年齢:28歳

 称号:調査官(陰陽寮)

 流派:京陰流(陰陽術)


 《スキル》

 陰陽術 :【皆伝】★★★★★☆☆☆☆☆(12,480 / 20,000)

 祓霊術 :【中伝】★★★★☆☆☆☆☆☆(8,120 / 10,000)

 兵法  :【修練】★★★☆☆☆☆☆☆☆(3,453 / 5,000)

 軍略  :【修練】★★★☆☆☆☆☆☆☆(4,294 / 5,000)

 探索術 :【修練】★★★☆☆☆☆☆☆☆(4,565 / 5,000)

 交渉術 :【修練】★★★☆☆☆☆☆☆☆(3,880 / 5,000)

 礼法  :【皆伝】★★★★★☆☆☆☆☆(10,950 / 20,000)

 筆術  :【皆伝】★★★★★☆☆☆☆☆(15,234 / 20,000)

 占術  :【修練】★★★☆☆☆☆☆☆☆(3,045 / 5,000)

 ――――――――――


 (おっ、見れた。名前が分かれば、やっぱいけるんだな。ーー頭脳明晰って感じ?)


 九条は机の上の核と符、そして縄で縛られた生き残りを一瞥すると、

 「……なるほど。今回の件でも、魂を抜き取る式が使われていたか」

 「やっぱり、前と同じだと?」俺が問うと、

 「間違いない。核の造りも、符に記された式文も酷似している」

 九条の表情は変わらないが、声にはわずかに緊張が混じっていた。


 美弦が腕を組み、

 「つまり、この黒幕の根は同じってことね。前回も今回も、式神を媒介に魂を削っている」

 「そして、式神を操るための符を、こういう末端に渡しているわけですな」兵衛が続ける。


 九条は椅子に腰を下ろし、俺たちを順に見渡した。

 「黒幕を追い詰める方法は二つ。式神の核や符から痕跡を辿るか、生き残った者を囮にして呼び出すか」

 「痕跡を辿れるんですか?」俺の問いに、

 「確実ではないが、式神と術者の間には微弱な霊的“糸”が残ることがある。これを辿れれば居所を特定できるだろう」


 兵衛が顎をさすりながら、

 「囮作戦は危険も大きいが、うまくいけば直接捕縛が可能ですな」

 「どちらにせよ、準備と警戒は必須ね」美弦も同意する。


 九条はそれ以上言葉を重ねず、机上の核を白布で包み直した。

 「時間が惜しい。霊的痕跡は並行して調べるが――今回の主軸は囮作戦とする」


 「そんなに簡単に決めてしまっていいのですか?」俺は思わず口を挟む。

 (……こうして現場は、いつも“簡単じゃない仕事”を上から降らされるんだよな)


 「簡単だからではない」九条の声は氷のように冷たく研ぎ澄まされていた。

 「業腹なことだが、以前の西裏で回収した“魂の核”も、北堀端で確保した欠片も、すべて何者かに奪われた」


 「……奪われた?」思わず声が漏れる。

 陰陽寮の保管庫といえば、幾重もの結界で守られ、内部の者ですら容易に立ち入れないように思える。そんなところから盗み出すなど、ほとんど不可能だろう。


 「内部犯か外部犯か、いまだに尻尾は掴めていない」

 九条は包んだ核を軽く叩き、低く続けた。

 「だが一つだけ確かなことがある――やつらは核を放置しない。核は術者にとって財であり、証拠であり、術式の痕跡そのもの。再利用も証拠隠滅も兼ねて、必ず回収しに来る」


 視線が鋭く俺たちを射抜く。

 「だからこそ、これを餌にして釣り上げる。核に執着する以上、この方法が最も確実だ」


 美弦が口角を上げ、「なるほど、確かに性格が読める相手には有効ね」と同意する。


 俺は玉藻と霧丸を膝の横に呼び寄せながら、

 (……今回こそ、決着をつける)

 胸の奥で、固くそう決意した。


 報告と相談がひと段落したところで、ふと胸の奥に引っかかっていた疑問が口を突いて出た。

 「そういえば……前に捕まえた、あの術者はどうなったんですか?」


 九条は視線をわずかに伏せ、答える前に短く息を吐いた。

 「――事情聴取の最中に命を落とした」

 「死んだ?」思わず声が強くなる。

 「毒だ。尋問の直前、体内で符が燃え尽きた形跡があった。恐らく、術者自身に“口封じ”の術を施していたのだろう」


 美弦が低く舌打ちをする。

 「つまり、黒幕にとっては捨て駒。情報を渡すくらいなら消す、ってわけね」

 兵衛が眉をひそめた。

 「随分と徹底しておりますな……裏にいるのは相当手慣れた相手と見えます」


 九条は俺の方に視線を戻す。

 「だからこそ、次は“生きたまま”捕らえることが重要だ。完全に口を塞がれる前にな」


 (……やっぱり、こいつらのやり口は根が深い)

 握った拳に力がこもった。

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