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第14話 社畜、教えを乞う

 やがて、口預所へ走っていた祓部たちが、数人の陰陽師を連れて戻ってきた。黒衣に白の紐を結い、腰には細長い符の束を差している。その足取りは静かで、しかし周囲の空気を一変させるような気配があった。


 「……状況は?」

 先頭の陰陽師が、短く鋭い声で祓部に問う。報告を聞き終えると、その視線が現場全体を一巡し、わずかに頷いた。


 「ここから先は我らが預かる」

 その一言で、場の空気が引き締まる。祓部たちは自然と下がり、陰陽師たちが霊的な道具を手に陣形を整え始めた。


 年かさの祓部が、俺たちの方を振り返る。

 「今回の件は陰陽寮預かりになった。正式な調査が後日入るそうだ。今日は陰陽師方に現場を預けて解散だ。各自、負傷の手当てと休養を取れ」


 緊張と安堵が入り混じった息が、場のあちこちから漏れた。


 「それにしても……」別の若い祓部が俺をちらりと見やり、にやりとする。

 「坊主、おまえ途中で随分変わったな。あの子ぎつねと、なんかやったんだろ?」


 「おい」年かさの男が鋭く制した。

 「そういう詮索はご法度だ。軽々しく口にするもんじゃねえ」


 「おやっさん、悪かったって。ただ、ちょっと気になっちまってよ」

 若い祓部が頭をかく。


 「……いえ、私もこんなのは初めてだったので、正直驚いてますよ」

 苦笑しつつそう返すと、場の空気が少し和らいだ。


 「ほら、解散、解散だ」

 年かさの男が手を払うように言い、短い指示でその場の祓部たちはそれぞれの方角へ散っていった。


 土蔵の前には、俺と兵衛、そして例の少女だけが残った。

 昼を過ぎた陽射しが傾き、白壁の影がゆっくりと長く伸びていく。


 「……あんたたち、これからどうするの?」

 少女が弓を肩に掛けながら問う。


 「宿に戻る前に、少し話せればと思っております」

 兵衛が淡々と返す。


 「今回の小鬼、ただの群れじゃなかった。あの“鬼”もそうだが……中で見つかった霊核、あれは普通じゃない」

 少女の目が一瞬鋭く光った。


 「……やっぱり、そう思った?」

 「ああ。世情に疎い俺でも、あれは危険な代物だってわかった」


 「じゃあ、ここじゃなくて場所を変えましょう」

 少女は周囲を一瞥し、弓を軽く肩に掛け直した。

 「口預所に戻る途中で、表通りに茶屋があるわ。そこで少し話しましょう?」


 「お茶屋、ね……」

 兵衛が短くうなずく。

 「戦のあとの一服には、うってつけにございますな」


 俺も頷き、少女の後について歩き出す。表通りに戻ると、通りに面した小さな暖簾が見えた。控えめな色合いの麻布が風に揺れ、中からは煎茶の香ばしい香りが漂ってくる。


 「ここ」

 少女が暖簾をくぐると、店内は外よりひんやりしていて、薄い木の香りと茶葉の香りが混ざり合っていた。奥の隅に腰を下ろすと、店主らしき年配の女が静かに茶器を運んでくる。


 湯気の立つ茶碗を前に、少女はようやく口を開いた。

 「さて……さっきの話の続き。あの霊核、ただの小鬼のものじゃない」

 「……そうだよな」俺は茶碗を手にしながら答えた。


 少女は茶を一口含み、少し間を置いてから言葉を選ぶように口を開いた。

 「……あたしの家はね、もともと弓と陰陽術の両方を使う陰陽師の家系だったの。遠い昔はそれなりに名も通ってたらしいけど、今じゃもう、看板だけの没落家よ」

 その声音には、誇りと自嘲が入り混じっているようだった。


 「弓は父から、符術は母から教わった。今はあたし一人で細々やってるけど……一応、符の術は人並み以上に扱えるつもり」

 そう言って、腰の符袋を指先で叩く。


 「さっき蔵で見たあの霊核。形も色も、小鬼や普通の妖の霊核じゃなかった」

 少女は茶碗を置き、指で机の上に円を描いた。

 「黒く濁った霊核は、強い怨念や未浄化の魂が混じっている証拠。あれは……人の魂を、意図的に封じ込めたものだと思う」


 俺は思わず背筋を伸ばす。

 「人の魂……? そんなことができるのか」

 「できる。禁呪とされてるけどね。術者が魂を核に閉じ込めれば、妖に喰わせて力を増すこともできる。さっきの“鬼”は、たぶんその餌を与えられて育ったんじゃないかって思う」


 茶屋の奥から湯の沸く音が、ことり、ことりと静かに響いていた。外の喧騒は遠く、ここだけ時間が少し遅く流れているように感じる。


 そんな中、少女の声だけが妙に鮮明に耳に届いた。

 「もしこれが人為的なものなら、あの蔵に群れてた小鬼たちも、誰かが意図的に集めた可能性がある」


 兵衛が腕を組み、低く唸る。

 「つまり、背後に術者がいるということですな」

 「そういうこと」少女は短くうなずいた。


 その表情にはわずかな険があったが、すぐに息を抜いて肩をすくめる。

 「……まあ、後のことは私たちでどうなる話でもないし、陰陽寮様に任せときましょ」


 そう言って、茶碗を置き、こちらに視線を移す。

 「それより――符について少し教えてあげるって言ったわよね。ここでいいなら、教えてあげる」


 短い沈黙ののち、少女は腰の符袋から数枚の護符を抜き出した。指先で一枚をつまみ、俺の前に差し出す。


 「符はね、ただ持ってるだけじゃ紙切れと同じ」

 淡々としながらも、その声には確信がこもっている。

 「書いた文字と術者の気が呼応して、はじめて効力を発揮するの」


 「力を流すときは、こうやって指先を紙に触れさせて――意識で『起きろ』って念じるの」


 次の瞬間、護符の墨線がふっと淡青に光り、まるで呼吸を始めたかのように脈動する。

 「これは防御符。光っている間は衝撃や刃を、少しだけだけど逸らしてくれる」


 さらりと告げながらも、その目は真剣だった。

 「ほら、あんたもやってみなさいよ」

 俺は昨日作った、玉藻の足跡付きの護符を取り出す。少女に教わった通りに指先を紙に当て、息を整え、頭の中で「起きろ」と念じる――。


 ……何も起こらない。紙はただの紙のまま、冷たく、沈黙している。

 「力を紙に押しつけるんじゃないわ。もっと……溶かすように」少女が短く助言する。

 言われた通り、意識を深く沈める。指先からじんわりとした熱が生まれ、それが紙を伝い、墨の線に吸い込まれていくのを感じた。


 熱が円を描くように広がった瞬間――ぴし、と紙の端がわずかに震える。次いで、墨の線が淡く蒼色に光り、護符全体がふっと温もりを帯びる。胸の奥で、玉藻の尻尾がふわりと揺れるような感覚が走った。


 「……できた?」

 「初めてにしては上出来じゃない」少女が口元を緩める。


 【陰陽術スキルの熟練度が上昇しました】


 茶碗の湯気がゆらりと揺れ、ひと呼吸分の静けさが落ちる。俺は護符を見つめたまま、ふと思い切って口を開いた。


 「なあ……陰陽術って、やっぱり独学じゃ限界があるよな」

 少女は片眉を上げる。

 「まあね。型も作法も知らないままじゃ、応用はほぼ無理」


 「……だったら、どうやって学べばいい?」

 自分でも少し図々しいと思いながらも、聞かずにはいられなかった。蔵の中で見たもの、戦いの中で感じた力――あれを知らずに放っておくのは、危険だと直感していた。


 少女は湯飲みを持ち上げ、口元に運びながら少し考える素振りを見せる。

 「普通なら陰陽寮に弟子入りするのが早い。でも、今のあんたの根無し草の立場じゃ難しいでしょ」

 「……ああ」俺は苦笑する。


 少女は湯呑をくるくると回しながら、いたずらっぽく片眉を上げた。

 「じゃあ、まずは基礎だけでも私が教えてあげる。ただし――条件付き」


 俺は少し身構える。

 「……条件?」


 「その子ぎつね」

 少女の視線が、俺の肩に乗った玉藻へと向く。

 「式神じゃないでしょ。力の流れも反応も、あれはちょっと変わってる」


 玉藻がきゅっと尾を巻き、俺の襟元に顔を隠す。

 「な、何をする気だ」

 「別に害はないわ。ただ、陰陽術を教える代わりに――その子を、時々見せてもらう。力の仕組みを観察させてほしいの」


 軽く言っているが、その目は真剣そのものだ。玉藻が不満げにこちらを見上げ、耳をぴくぴく動かす。……まるで「どうするの?」と聞かれているみたいだ。


 俺は玉藻をちらりと見る。ふわふわの耳がわずかに伏せられ、尾が二本、机の上で揺れている。

 「……観察、ね」

 呟くと、玉藻は小さく「きゅぅ」と鳴き、まるで「嫌じゃないけど、ちゃんと守ってよ」とでも言いたげだった。


 「わかった。変なことしないって約束するなら」

 俺がそう答えると、少女は満足げに微笑み、湯呑を軽く傾けた。

 「約束するわ。じゃあ、今日から弟子一号ってことで」


 「……弟子?」

 「そうよ。基礎からみっちり叩き込むんだから、覚悟しなさい」

 茶屋の薄暗い空気の中、少女の瞳が妙に鋭く光った。


 そのやり取りを黙って見ていた兵衛が、ふっと口角を上げる。

 「ほう、若が弟子入りとは……。いやはや、面白くなってまいりましたな」

 「他人事みたいに言うなよ」

 「いえいえ、師がいれば成長も早い。わたくしとしても頼もしい限りにございます」


 「じゃあ、改めて自己紹介しておくか」


 湯呑を置き、俺は背筋を伸ばした。

 「俺は霧村 次郎 正虎――小国の武家の出身だ。だが、一族は“黒蓮”と名乗る陰陽師集団に滅ぼされた。生き延びた俺は、仇討ちと家名再興を胸に旅を続けている」


 隣で兵衛が静かに頷く。

 「拙者は犬飼 兵衛 重信。若が生まれる前より、その身をお護りしてまいりました」


 俺と兵衛は一瞬だけ目を合わせる。異能のことは、今はまだ口にしない――その沈黙を互いに確認する。


 美弦は茶碗を口元に運びながら、くすっと笑った。

 「はぇー、あんた、いいとこの坊ちゃんだったのね。……まあ、あたしと同じで没落してるけど」


 「あたしの名前は、桐生 美弦よ」


 視界の端に淡い光の板が浮かぶ。


 ――――――――――

 【ステータス】

 名前:桐生きりゅう 美弦みつる

 年齢:16歳

 称号:中級祓部

 流派:月華流(弓/陰陽術)

 《スキル》

・弓術  :【中伝】★★★★☆☆☆☆☆☆(8,342 / 10,000)

・陰陽術 :【中伝】★★★★☆☆☆☆☆☆(6,492 / 10,000)

・探索術 :【修練】★★★☆☆☆☆☆☆☆(3,923 / 5,000)

・裁縫  :【入門】★☆☆☆☆☆☆☆☆☆(506 / 1,000)

・筆術  :【中伝】★★★★☆☆☆☆☆☆(5,340 / 10,000)

・礼法  :【初伝】★★☆☆☆☆☆☆☆☆(1,034 / 2,000)

 ――――――――――


 茶碗を置き、ふっと視線を遠くへ流しながら続けた。

 「……あたしの家、“月華流”の本家筋だったのよ」


 「本家筋?」俺が聞き返すと、美弦は片口で笑った。

 「平安の末から続く、公家の陰陽師一族。弓と陰陽術を組み合わせた術式を代々伝えてきた。でも――そんなの、今じゃ名前だけ」


 湯気に紛れて、声にわずかな苦みが混じる。

 「うちは代々、宮中の祭祀や妖退治にも呼ばれてた。でも、父が早くに亡くなって、跡継ぎは母ひとり。……支えきれるわけないわ。頼りにしてた親族も、時勢が変わるとあっさり離れていった」


 兵衛は静かに茶をすする。言葉を挟まない。美弦は符袋を指先で軽く叩きながら続けた。

 「陰陽寮からの依頼も減り、屋敷も手放した。今じゃ“桐生”を知ってる者なんて、同業者でもほとんどいない」


 そして、少し視線を上げる。

 「だから、あたしはあたしで稼ぐの。祓部として、月華流の技を使って。――家の名がどうなろうと、技だけは絶やさない」


 その目には、悔しさと同時に、氷の芯のような強さが宿っていた。


 兵衛がふっと口元を緩め、俺と美弦を交互に見やる。

 「同じくどちらも“没落組”でございますな。これは、妙なご縁やもしれませぬ」


 美弦が目を細め、肩をすくめる。

 「変な仲間意識、持たないでよ」

 美弦はそう言ったが、その口元はほんのわずかに緩んでいた。戦場の連携とは違う――生き延びた者同士の、奇妙な絆の芽のようなものが、そこにあった。


 美弦は茶碗を置き、少し声を落として俺をじっと見た。

 「……あんた、さっき鬼と戦ってたとき、この子と何かやったでしょ」


 「何かって……」

 「とぼけないで。あのとき、あんたやたら動きが冴えてたし――なにより」

 美弦は細い指先で、俺の耳の辺りを示した。

 「狐の耳と尻尾が生えてたわ。あれは同調か、共鳴か……私には判別できないけど、あまり使わないほうがいい」


 俺は思わず眉をひそめる。

 「……どうしてだ?」

 「悪くすると、あんたの方がこの子の霊気に飲まれかねないからよ。力を借りてるつもりが、いつの間にか“借りられて”た――なんて話、陰陽師の記録には山ほどある」


 玉藻がきゅっと尾を巻き、机の上で前足を揃える。その琥珀色の瞳は、どこか拗ねたようにも、抗議しているようにも見えた。


 兵衛が腕を組み、低く頷く。

 「若、桐生殿の言はもっともにございます。いざという時はともかく、普段は自重なされませ」

 「……わかってる」

 口ではそう答えたが、玉藻が短く「きゅぅ!」と抗議の声を上げる。机の上で尾が二本、ぴしりと揺れた。


 美弦が肩をすくめ、ふっと笑う。

 「ほら、反省してないじゃない」

 俺は玉藻の頭を軽く撫でながら、苦笑いを返した。


 「ああ、そうだ」ふと思い出し、腰袋を探る。

 「教えてくれたお礼ってわけじゃないけど、この傷薬やるよ。俺が作ったんだ」

 昨夜作った、ちとめぐさの軟膏を渡す。


 美弦は受け取りながら、細い眉をわずかに上げた。

 「へえ、意外と多才なのね」

 蓋を開け、香草の匂いを確かめる。

 「……ありがたく、もらっとくわ」

 言葉は素っ気ないが、ほんの少しだけ頬が緩んでいた。

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