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双子の姉妹

 (……先輩、真夏先輩……守れなかった……)


 座り込みながら、血の滲んだ拳を見つめる。


 (ふっ……なんて様だよ。タイトルマッチまでいった男が……惨めなもんだ)


 自嘲気味に笑みが漏れる。


 (だから……なんだよな。だからあの時も負けた。そしてまた負けた……。どんだけ弱いんだよ、俺はっ!)


 太い縄で編まれた投網の中で、大地はもう一度高く拳を振り上げた。


 「ちくしょーーーーーッッ!!」


 叫び声とともに拳を振り下ろそうとした、その瞬間。


 「ダメっ!」


 女性の必死な声とともに、大地の腕ががっちりと掴まれた。


 「もう、こんなに血が出るまで自分を傷つけて……」


 「放っておけよ、美萩。報告どおりなら、一緒に来た子が連れて行かれたんだ。そんな気持ちにもなるさ」


 「もう、千萩はいつもそうなんだから。少しは同情してあげたらどうなの? 可哀想だと思わないの? 血が通ってないの? もしかして青い血でも流れてるの?」


 「バカ言うな! ちゃんと真っ赤な血が流れてるわ!」


 二人の言い争いに、大地はゆっくりと顔を上げた。


 そこには、自分と同じ人間の女性が二人立っていた。


 顔立ちは驚くほどよく似ている。


 まるで鏡写しのような双子だった。


 しかし、醸し出す雰囲気は正反対だ。


 一人は今にも泣き出しそうなほど心配そうな表情。


 もう一人は腕を組み、どこか呆れたようにため息をついている。


 そして何より目を奪われたのは、その体格だった。


 二人とも百八十センチはあろうかという長身。


 さらに、その均整の取れた抜群のスタイルは、一度見たら忘れられないほどの存在感を放っていた。


 「……で、デカい」


 思わず本音が口をついて出た。


 「……え?」


 美萩は一瞬きょとんと目を丸くし、次の瞬間、耳まで真っ赤に染めた。


 「ちょっ……初対面で、そ、そんなところ見るなんて最低っ!」


 両腕で胸元を隠しながら、大地を睨みつける。


 「新人くん、いい度胸してるじゃねえか」


 千萩は誤解だと気付いた様子だったが、面白そうに口元を緩めるだけだった。


 「え? いや、俺は身長のことを――」


 「言い訳は聞かないわ!」


 美萩は大地の腕を掴むと、そのまま容赦なく肩関節を極めた。


 「……えっ?」


 ぐにゃり、と肩があり得ない方向へ曲がる。


 「……痛くないの?」


 「……はい」


 肩関節が明後日の方向を向いているにもかかわらず、大地は平然と返事をした。


 「美萩、これが新人の『能力』なんじゃねえか? 『無痛』とか……」


 「えっ……そんな能力、怖いよ……。血も出てるのに痛くないなんて……。ひょっとして骨が折れてるとか……どうしよう、千萩……」


 美萩の顔はみるみる青ざめていく。


 さっきまで怒っていたのが嘘のように、大地の腕をそっと支えた。


 「と、とりあえず網を外すぞ! それから考えよう」


 「う、うん」


 二人は投網が傷口に引っ掛からないよう慎重に縄をほどき、大地を網の中から助け出すのだった。


 ◇


「新人、すまなかったな。とりあえず自己紹介でもしとくわ。


 アタイは鳴海千萩。さっきまでお前の関節を極めてたのが、双子の妹の美萩だ。


 アタイは茶髪、美萩は黒髪だから、顔は似てても見分けくらいはつくだろ?」


 「よろしくね、新人くん」


 美萩は千萩の隣で、ぺこりと丁寧に頭を下げる。


 対照的に千萩は腕を組み、堂々と仁王立ちしたままだった。


 「おいおい、新人。聞きたいことが山ほどあるって顔してるな。まずは自己紹介くらいしたらどうだ?」


 その言葉に、大地はゆっくりと立ち上がった。


 「す、すみません……。助けていただいて、ありがとうございます。 俺……いえ、わたしは湯本大地といいます。 ここは……どこなんですか? どうして俺……わたしは、こんな場所に……。 それに人魚が……先輩が連れて行かれて……『能力』って何なんですか……? それに俺、痛くなくて……」


 混乱した頭では考えがまとまらない。


 次々と言葉だけが口から溢れていく。


 「大地くん、落ち着いて」


 美萩は優しく微笑み、大地の震える両手をそっと包み込んだ。


 「そうだぞ、新人。とりあえず村まで行こう。話はそこでゆっくり聞いてやる」


 「……で、でも……先輩が……。助けないと……早く、早く助けないと……」


 大地は美萩の手を振り払おうとする。


 しかし、美萩は優しく、それでいて決して離そうとはしなかった。


 「……私も保証はできない。でも、王様のコレクションにされた人は、大切に扱われるって聞いてるから。」


 「……でも……」


 バァンッ!


 突然、千萩が大地の背中を力強く叩いた。


 その勢いのまま肩を組み、真正面から睨みつける。


 「納得できねぇのは分かる。 でも今のお前じゃ、助けに行っても返り討ちだ。 ……帰るぞ。アタイたちの村へ。 分かったな?」


 「そうよ、大地くん。 まずはこの世界のことを知って。 それから考えても遅くないから。 ……大丈夫。 私たちを信じて」


 二人の真っ直ぐな瞳を見つめ、大地はゆっくりとうなずいた。


 「……はい」


 一歩、足を踏み出す。


 ――カクッ。


 突然、膝から力が抜け、その場によろめいた。


 「足、悪いのか?」


 「はい……。 ここへ来る前まで、ずっとリハビリをしていて……。 やっと歩けるようになったばかりだったのに……」


 悔しそうに視線を落とす。


 「えっ……。 大地くん、そんな身体で人魚兵と戦ったの?」


 「……はい。でも、負けました」


 その言葉に、千萩と美萩は静かに顔を見合わせた。


 やがて千萩が小さく笑う。


 「……違うな、新人。 お前は負けてねぇよ」


 「もう、千萩ったら。 『お前』じゃなくて、大地くんでしょ?」


 美萩は少し頬を膨らませてから、大地へ優しく微笑みかけた。


 「すごいよ、大地くん。 だって、生きてるんだから。 それだけで十分すごいことなの」


 「……でも」


 「しょうがねぇなぁ。 ほら、大地。おんぶしてやる。 遠慮しないで乗りな」


 そう言って千萩は背中を向け、少しかがむ。


 「もう……千萩は素直じゃないんだから」


 美萩がくすりと笑う。


 大地は少しだけ表情を和らげると、素直に千萩の背中へ身を預けた。


 三人はゆっくりと歩き出す。


 大地を乗せた千萩の足取りは驚くほど力強く、その隣を美萩が優しく寄り添うように歩いていく。


 こうして大地は、二人に導かれながら村へと向かうのだった。


 ◇


 村への道中。


 岩肌を縫うように泳ぐ千萩の背中で、大地はぼんやりと天井のように広がる海を見上げていた。


 先ほどまで張り詰めていた空気とは違い、どこか穏やかな時間が流れている。


 「ねえ、大地くん」


 隣を泳ぐ美萩が、にこりと微笑んだ。


 「これから私のこと、『お姉さん』って呼んでいいのよ」


 「……えっ?」


 突然の一言に、大地の顔がみるみる赤くなる。


 「何言ってるんだ、美萩」


 千萩が呆れたように振り返る。


 「双子の姉はアタイだろ?」


 「だって、これから村で家族みたいに一緒に暮らすんだから。早い者勝ちでしょ?」


 「何が早い者勝ちだよ。姉は最初から決まってるだろ」


 「でも、千萩はもうルシーに『姉ちゃん』って呼ばれてるじゃない」


 美萩は頬を膨らませる。


 「だから、大地くんのお姉さんは私でいいでしょ?」


 「だから、それがややこしいって言ってるんだ!」


 「全然ややこしくないもん!」


 二人は互いに譲る気配もなく言い合いを続ける。


 その勢いに挟まれた大地は、おずおずと口を開いた。


 「あ、あの……二人とも……」


 二人が同時に大地を見る。


 「俺の気持ちは……その……っていうか、俺の意見って、どうでもいいような……」


 「「どうでも良くない!!」」


 二人の声は寸分違わず重なった。


 「えぇ……」


 大地は思わず苦笑いを浮かべる。


 真夏を助けられなかった悔しさも、この世界への不安も、決して消えたわけではない。


 それでも──。


 目の前で言い争う双子を見ていると、ほんの少しだけ肩の力が抜けた。


 (……変な人たちだ……)

 

 (…少しだけ、安心した)


 そう思った瞬間。


 この世界へ来て初めて、大地の口元に小さな笑みが浮かんだ。


 三人の笑い声は静かな海へと溶け込みながら、ゆっくりと村へ向かっていくのだった。



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