真夏と女子会 ②
「それで真夏さん、大地くんとはどこで出会ったの?」
王妃の私室で始まった、少し特別な女子会。
その輪の中で、真夏のソファの隣を陣取ったゆきは、酒の入ったグラスを傾けながら、瞳を輝かせていた。
まるで、自分の娘の恋話を聞くかのような顔である。
「真夏、私も聞きたいわ」
ツバキも興味津々といった様子で、ソファから身を乗り出す。
「私も気になります」
ルファも笑顔で頷いた。
「大地くんが、どうして真夏さんの心を射止めたのか……」
「まあまあ、ルファったら」
ドゥエラーも楽しそうに笑う。
「せっかくなんだから、ゆっくり聞かせてもらいましょうよ」
「えっ……」
四人の視線が、一斉に真夏へ集まる。
真夏は少し照れ臭そうに頬を赤らめた。
「そんな……大した話じゃないですよ」
「あら」
ゆきがグラスを置く。
「恋する二人にとって、大した話じゃない恋話なんてないわよ」
「ゆきさん……」
「さあ、聞かせてちょうだい」
ゆきはニコニコしながら、真夏の肩を軽く叩いた。
「おばちゃん、こういう話、大好きなのよ」
「ふふっ」
真夏は思わず笑ってしまう。
そして――
少しだけ視線を落とした。
目を閉じると、遠い記憶が鮮明によみがえってくる。
まだ、この世界へ来る前。
「大地くんと出会うきっかけを作ってくれたのは、私のおじいちゃん……」
「おじいちゃん?」
ツバキが首を傾げる。
「はい」
真夏は小さく頷いた。
「大地くんが格闘技の大会でデビュー戦に勝って、初めてファイトマネーをもらった時のことなんです」
真夏は懐かしそうに微笑む。
「大地くんは、そのお金でおじいちゃんを食事に誘ったんです」
「へぇ……」
ゆきが興味深そうに頷く。
「それで、私はその時、おじいちゃんについて行って……」
真夏は少しだけ遠くを見るような目をした。
「そこで、大地くんと初めて会いました」
ほんの少し間を置いて――
「第一印象は……とってもやんちゃな少年」
真夏は、くすりと笑った。
女子会の空気が、静かに変わった。
ツバキも。
ルファも。
ドゥエラーも。
そして、ゆきも。
誰も口を挟まない。
真夏の言葉を待っている。
真夏はグラスを両手で包み込みながら、遠い日の記憶を思い出す。
――湯本大地。
かつて、格闘技の世界で頂点を目指していた青年。
まだ真夏が知らなかった、大地の過去。
そして――
自分が、なぜ彼に惹かれていったのか。
そのすべてを思い出すように。
真夏は、ゆっくりと話し始めた。
「少し、私のおじいちゃんと大地くんの話をするね」
真夏は、グラスを両手で包み込むように持ちながら、ゆっくりと話し始めた。
「私のおじいちゃんは、警察官をしていたの」
「警察官?」
ツバキが首を傾げる。
「この国で言うと……そうね。国の治安を守る兵士みたいな感じかな」
真夏は、海底の世界に合わせるように言葉を選ぶ。
「おじいちゃんは、身寄りのなかった大地くんのことを、ずっと気に掛けていたみたい」
真夏の表情が、少しだけ曇る。
「当時の大地くんは、いつもナイフみたいに尖っていて……」
その言葉に、ゆきが静かに耳を傾ける。
「大地くんが中学生の頃のことなんだけどね」
真夏は、遠い日の記憶を辿るように続けた。
「ある日、大人数に囲まれて、喧嘩をふっかけられたんですって」
「大人数に?」
ルファが驚いたように呟く。
「うん。それで……大地くんは、そのうちの何人かを病院送りにしちゃって」
「……病院送り」
ドゥエラーが小さく呟く。
「その結果、警察に捕まってしまったの」
真夏は少し困ったように笑った。
「その頃のおじいちゃんは、もう退職間近だったんだけど……保護司になって大地くんを受け入れたの」
「保護司?」
ツバキが聞き返す。
「悪いことをした人が、もう一度ちゃんと社会で暮らせるように支える人……かな」
真夏は簡単に説明する。
「おじいちゃんは、大地くんをただ叱るんじゃなくて、どうすればその力を正しい方向へ使えるのかを考えたみたい」
そして――
「それで、力を持て余していた大地くんを、知り合いの格闘技ジムの会長さんに預けたの」
「格闘技……」
ツバキの目が輝く。
「そこで大地くんは、どんどん実力をつけていったの」
真夏は微笑む。
「会長さんは、メキメキと強くなっていく大地くんを、とても喜んでいたみたい」
けれど――
「おじいちゃんは、そんな大地くんを心配していたわ」
「どうして?」
ゆきが尋ねる。
「だって……」
真夏は少しだけ困ったように笑った。
「人を殴って喜ばれることを覚えてしまった大地くんを、おじいちゃんはとても心配していたから」
「なるほどねぇ……」
ゆきがしみじみと頷く。
「それで……」
真夏はグラスを持ち上げた。
「高校生になって、いよいよデビュー戦を迎えたの」
真夏の瞳に、懐かしい光が宿る。
「結果は――一ラウンドKO勝利」
「一ラウンドで!?」
ツバキが驚く。
「うん」
真夏は嬉しそうに頷いた。
「リングサイドで、おじいちゃんと一緒に観戦していた私は……」
そこで一度、言葉を止める。
グラスを傾け、喉を潤す。
「初めて、格闘技の世界に触れたの」
真夏は、あの日の光景を思い出す。
大歓声。
リングの上で躍動する大地。
鍛え上げられた身体。
一瞬の攻防。
そして――勝利。
「胸の高鳴りが、抑えきれなかった」
真夏は、少し照れ臭そうに笑う。
「本の世界しか知らなかった私だったけど……」
グラスの中で揺れる酒を見つめる。
「この時、初めて私は、新しい世界を知った気がしたの」
そして――
真夏は、少しだけ頬を赤らめた。
「今なら、わかる気がする」
「……?」
ツバキたちが、黙って真夏を見つめる。
「大地くんの試合を初めて見た、この日から……」
真夏は小さく微笑んだ。
「私は、大地くんに惹かれていたのかも知れない」
「うん、良いわぁ……」
ゆきが、うっとりと頬杖をつく。
「素敵……」
ツバキも胸の前で両手を組み、目を輝かせる。
「青春ですね」
ルファも嬉しそうに微笑む。
そしてドゥエラーも――
「ふふっ。これは続きが気になるわね」
静かにグラスを傾けた。
四人の女性たちは、すっかり真夏の恋物語に夢中になっていた。
真夏はそんな彼女たちを見て、少し恥ずかしそうに笑う。
そして――
遠い日の大地との記憶を、またひとつ語り始めた。
「おじいちゃんに連れて行ってもらった食事会でね……私は緊張して、ほとんど大地くんと話せなかったの」
真夏は、少し恥ずかしそうに笑う。
「でも、試合のあとで顔を腫らした大地くんは、おじいちゃんと楽しそうに話をしていたわ」
その光景を思い出すように、真夏は目を細めた。
「私はね……その時、腫れた顔で笑っている大地くんを見て思ったの」
真夏は胸元に手を添える。
「少しでも、大地くんの役に立ちたいって」
その想いが、やがて彼女の人生を変えることになる。
「だから私、看護師を目指したの」
「まあ……」
ルファが、優しく微笑む。
「そこからだったのね」
「うん」
真夏は頷いた。
「それから高校の文化祭や体育祭では、いつも大地くんを目で追っていた気がする」
少し照れながら、真夏は続ける。
「私が卒業する前の日にはね、大地くんが『卒業おめでとう』って、花束をくれたの」
「まあ!」
ツバキが嬉しそうに声を上げる。
「どんな花だったの?」
「ピンク色のチューリップ」
「素敵……」
ルファが頬を緩める。
「でも、大地くんは花言葉なんて絶対に知らなかったと思う」
真夏はクスッと笑った。
「少し照れながら、私に花束を渡してくれたの」
その時の大地の姿を思い出しているのだろう。
真夏の頬が、ほんのり赤く染まる。
「その頃からかな……」
真夏は静かに続けた。
「私は、大地くんのことを目で追うだけじゃなくて……もっと知りたいって思うようになったの」
そして――
「私は看護大学に通いながら、ずっと大地くんを追い続けた」
真夏の声には、懐かしさが滲んでいる。
「試合がある日は、どんなに遠くても応援に行ったわ」
「すごい……」
ツバキが思わず呟く。
「大地くんは、目に見えてどんどん強くなっていった」
真夏は誇らしげに微笑む。
「もちろん、おじいちゃんも私も応援し続けていたわ」
けれど――
「大地くんが強くなればなるほど、少しずつ私たちの距離も離れていくような気がして……」
真夏の表情が、少しだけ寂しそうになる。
「もう、私のことなんて忘れてしまったんじゃないかって思ったこともあった」
しかし。
「でも、大地くんは私のことを忘れてなかった」
真夏の顔に、再び笑顔が戻る。
「私の就職が決まった時、大地くんがおじいちゃんと私を食事に誘ってくれたの」
「そしてね……」
真夏は少しだけ目を伏せる。
「腕時計をプレゼントしてくれたの」
「まあ……!」
ゆきが身を乗り出す。
「それは嬉しいわねぇ」
「うん……」
真夏は小さく頷いた。
「私、嬉しくて泣いちゃった」
けれど――
「でもね」
その声が、少しだけ低くなる。
「私の気持ちとは裏腹に……大地くんは、何かに悩んでいたような気がしたの」
真夏は、あの頃の大地を思い出す。
笑っている。
優しい。
いつもの大地。
それなのに、その奥には何かを抱えているように見えた。
「それが確信に変わったのは、ラスベガスでのタイトルマッチが決まった時」
真夏はグラスを見つめながら話す。
「会見で見た大地くんの表情が……いつもの無邪気な大地くんとは、少し違っていたの」
「何かを背負っているように見えたのね」
ドゥエラーが静かに尋ねる。
「うん……」
真夏は頷く。
「多分、大地くんは……周りの期待に応え続けるうちに、どうして自分は強くなろうとしているのか、一人で悩んでいたのかもしれない」
真夏は一度、言葉を止めた。
「何とか励ましてあげたかった」
その声に、悔しさが滲む。
「連絡を取ろうともしたの。でも……私も仕事が忙しい時期で……」
真夏は目を伏せる。
「結局、何もできなかった」
しばらく沈黙が続く。
「この時の私は……本当に駄目な女だったって、今でも後悔してる」
ゆきが何も言わず、真夏の肩にそっと手を置く。
真夏は、その手に少しだけ微笑んだ。
「そして……大地くんはタイトルマッチで負けた」
声が震える。
「下半身が動かなくなるほどの、大怪我をしたの」
「……」
女性たちは、誰も口を挟まなかった。
「私は、もうこれ以上後悔したくなかった」
真夏は、まっすぐ前を見つめる。
「だから格闘技ジムの会長さんに頼み込んで、大地くんに私が勤める病院へ入院してもらったの」
「そして病院の婦長さんにもお願いして……」
真夏は少し照れ臭そうに笑った。
「大地くんの担当を受け持たせてもらった」
その時のことを思い出すと、今でも胸が熱くなる。
「嬉しかった」
真夏は素直に言った。
「私のわがままや、独占欲だって思われても仕方ないけど……大好きな大地くんの側にいられることが、たまらなく嬉しかった」
「真夏……」
ルファが優しく微笑む。
「手術が成功して、日に日に回復していく大地くんを見ているのも嬉しかった」
真夏は目を細める。
「でもね……」
「大地くんが元気になっていくのを見ていると、同時に少しだけ寂しくもなったの」
「どうして?」
ツバキが尋ねる。
「また……あの戦いの場所に戻ってしまうのかなって」
真夏は、少し寂しそうに笑った。
「大地くんが元気になることは嬉しい。でも、それと同時に……また遠くへ行ってしまうんじゃないかって思ったの」
そんなある日。
「退院が近づいてきた頃、大地くんからデートに誘われたの」
真夏の頬が、みるみる赤くなる。
「ドキドキしたなぁ……」
思い出すだけで、胸が高鳴る。
「その日の胸の高鳴りは、今でも覚えてる」
真夏は照れながら笑う。
「目一杯おしゃれをして、デートに臨んだの」
そして――
「電車の中で、大地くんが指輪をプレゼントしてくれた」
「電車の中で!?」
ゆきが驚いた声を上げる。
「うん」
真夏は恥ずかしそうに頷いた。
「人目も憚らずに……」
思い出すだけで、顔が熱くなる。
「恥ずかしくて、顔から火が出そうだった」
それでも――
「それ以上に……飛び上がるほど嬉しかった」
真夏は、自分の指を見つめる。
左手の薬指の指輪がいつも以上に輝いている気がした。
「やっと……」
真夏は小さく呟く。
「やっと、大地くんと一緒になれたって思ったの」
女子会の誰も、言葉を挟まない。
ただ静かに、真夏の話に耳を傾けている。
「でも……」
真夏は少しだけ遠くを見る。
「その幸せな時間は、長くは続かなかった」
皆既日食が始まった。
太陽が月に覆われていく。
そして――
海から、巨大な水柱が噴き上がった。
「大地くんは、必死に私の手を掴んでくれた」
真夏は、自分の手を見つめる。
「絶対に離さないって……そう言ってくれてるみたいだった」
次の瞬間――
世界が、光に包まれた。
「そして、気が付いたら……」
真夏は静かに息を吐く。
「私は、ワダツミ王国の王宮にあるベッドの上にいたの」
そこまで語ると、真夏はグラスを口元へ運んだ。
けれど――
もう一口飲む前に、ゆきがぽつりと呟いた。
「……そりゃ、大地くんのことが好きになるわねぇ」
「うん……」
真夏は少し照れながら、微笑んだ。
「私も、そう思う」
その笑顔には――
大地と過ごした日々への、深い愛情が込められていた。
◇
お酒を嗜みながら、真夏の話に聞き入っていた女子会のメンバーたち。
誰もが、それぞれの感情を胸に抱きながら、静かに余韻を味わっていた。
そんな時だった。
ルファが、ふと何かに気づいた。
「……ツバキ様、あれ……」
ルファが指差した先。
部屋の奥に設置された、真珠のモニターに異変が起きていた。
「え?」
ツバキが振り返る。
次の瞬間――
モニターが、突然まばゆい光を放った。
「きゃあっ!」
真夏が思わず小さな悲鳴を上げ、目を覆う。
他の女性たちも、あまりの眩しさに顔を背けた。
しばらくして――
ようやく光が収まる。
真珠のモニターに再び映像が戻った。
そこに映し出されていたのは――
一匹の大きなナマズを高々と掲げる、大地の姿だった。
その周囲では、先ほどまで血気盛んに騒いでいた人魚たちが、次々と床に伏している。
「……」
しばしの沈黙。
そして――
「ふふっ」
真夏の隣で、ゆきが微笑んだ。
「アークちゃんたら……ちょっとやり過ぎかもね」
「え?」
真夏がゆきを振り返る。
「あのナマズ、知ってるんですか?」
「ええ」
ゆきは何でもないことのように頷いた。
「大地くんのお友達の、電気ナマズのアークちゃんよ」
「えっ!?」
真夏の目が大きく見開かれる。
「じゃあ……大地くんが電気を使うっていう噂は……」
「そうよ」
ゆきは笑顔で答えた。
「アークちゃんの仕業」
「……なるほど」
ツバキが頷く。
「それなら、兵士たちが言っていた電撃の正体にも納得がいくわね」
「ええ」
ルファもモニターを見ながら頷く。
「大地自身が電撃を放っていたわけではなかったのですね」
女子会のメンバー全員が、ようやく腑に落ちたような顔をする。
「それとね」
ゆきが、もう一つの噂を思い出したように口を開く。
「赤い牙は、多分……」
モニターの中で、大地が腰に差した赫灼牙を抜く。
赤黒い刀身が海水の中で鈍く輝いた。
大地はそれを指先でくるくると回している。
「私の主人が打ったナイフよ」
「……ナイフ?」
真夏が画面を見つめる。
赤い牙の正体は――
人の歯ではなかった。
武器だったのだ。
「なるほど……」
ツバキが感心したように呟く。
「じゃあ、赤い牙を生やした殺人鮫という噂も……」
「兵士さんたちの想像が、ずいぶん膨らんじゃったみたいねぇ」
ゆきが苦笑する。
「ゆきさんの旦那様は、鍛冶師か何かを?」
真夏が尋ねる。
「そうなのよ」
ゆきは嬉しそうに頷いた。
「炭谷良造っていう鍛冶師よ」
「今までは、なかなか納得できるものが造れなくて、ずっとヤキモキしてたんだけどね」
ゆきはグラスを傾けながら続ける。
「大地くんが鍛冶場の炉に熱を入れてくれたから、今はもう、生き生きと仕事をしてるわ」
「熱……ですか?」
ルファが反応する。
「そうよ」
ゆきは頷いた。
「大地くんは、熱を生み出すことができるの」
「熱を……」
真夏は驚いたようにモニターの大地を見る。
これまで自分が知らなかった大地の力。
それを知るたびに、不思議な気持ちになる。
「私の能力は、その反対ね」
ゆきは、手元のグラスへ視線を落とす。
「私は、何でも冷たくすることができるのよ」
「何でも……?」
「そう」
ゆきが指先をグラスに添える。
すると――
グラスの表面から、白い霜が広がっていく。
やがて中の酒まで、瞬く間に凍りついた。
「わぁ……!」
真夏が目を輝かせる。
「すごい……!」
「お酒が凍った……」
ツバキも興味深そうにグラスを覗き込む。
「ふふっ」
ゆきは満足そうに笑った。
「だから大地くんとは、ちょうど反対なのよ」
「なるほど……」
ルファは真夏へ視線を向けた。
「そういえば……」
そして、少しだけ考え込む。
「真夏さんも、きっと何かの能力を持っていそうね……」
「え?」
真夏が目を瞬かせる。
ゆきは何気なくそう言っただけだった。
しかし――
ルファには、心当たりがあった。
これまで真夏と過ごしてきた日々。
彼女が誰かの苦しみを引き受けるようにして見せた、いくつもの不思議な現象。
けれど、それだけではまだ確信には至らない。
ルファはグラスを傾けながら、静かに真夏を見つめていた。




